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	<title>人気コンテンツ &#8211; ヒューマンケア株式会社</title>
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	<description>特殊清掃のパイオニア実績20年</description>
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	<title>人気コンテンツ &#8211; ヒューマンケア株式会社</title>
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		<title>特殊清掃「ラブレター」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Oct 2026 18:35:04 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[別れの柩に手紙を入れる人は多い。 故人に宛てたものがほとんどだろうが、すでにアノ世へ先立った人へ、言葉を託したものもあるのかもしれない。 生きている間には、照れ臭くて言えなかったこと。 毎日の生活に追われて、つい言いそび [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>別れの柩に手紙を入れる人は多い。</p>
<p>故人に宛てたものがほとんどだろうが、すでにアノ世へ先立った人へ、言葉を託したものもあるのかもしれない。</p>
<p>生きている間には、照れ臭くて言えなかったこと。<br />
毎日の生活に追われて、つい言いそびれてしまったこと。<br />
「今さら言うのもなぁ」と、妙な意地を張ってしまったこと。</p>
<p>そんなものが、死という大きな区切りを前にすると、不思議なくらい素直な言葉になって出てくる。</p>
<p>「ありがとう」<br />
「大好きだった」<br />
「もっと話をすればよかった」<br />
「ごめんなさい」<br />
「本当は大切に思っていた」</p>
<p>普段なら、口にするだけで顔が赤くなりそうな言葉ばかりである。</p>
<p>そして、そんな場面に立ち会うたびに思う。</p>
<p>「できることなら、生きているうちに、そういう想いを伝えられればよかったのに……」</p>
<p>人間、一度死んでしまうと、かなり話が難しくなる。</p>
<p>電話をしても出ない。<br />
LINEを送っても既読にならない。<br />
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と思っても、もう聞けない。</p>
<p>当たり前の話なのだが、当たり前すぎることほど、普段は忘れている。</p>
<p>一緒に生きていられる時間には限りがある。</p>
<p>だから、本当は照れている場合じゃない。</p>
<p>……とは言うものの、私自身がそんなに立派に実践しているわけではない。</p>
<p>「感謝しているよ」なんて、家族に面と向かって言ったことがあるかと聞かれれば、かなり怪しい。</p>
<p>たぶん、言った記憶がない。</p>
<p>言おうと思ったことはある。</p>
<p>しかし、いざ本人を目の前にすると、</p>
<p>「……まあ、元気でいてくれ」</p>
<p>くらいになってしまう。</p>
<p>日本人の照れ性は、なかなか手強い。</p>
<p>その点、アメリカ人などを見ていると羨ましくなる。</p>
<p>「I love you！」</p>
<p>などと、映画では当たり前のように言っている。</p>
<p>こっちは「愛してる」どころか、「ありがとう」の一言を言うにも少し腰が引ける。</p>
<p>日本人にとって「臭い」と思われがちなセリフを、あれだけ堂々と言えるのはたいしたものだと思う。</p>
<p>もっとも、アメリカ人が全員あんなに情熱的なのかどうかは知らない。</p>
<p>映画を見て「アメリカ人はみんなこうなんだ」と思っているなら、私の国際理解も相当いい加減である。</p>
<p>私は、葬式にはイヤというほど関わっている。</p>
<p>しかし、結婚式には縁がない。</p>
<p>何年かに一度、誰かの結婚式に招かれるくらいだ。</p>
<p>葬式ばかり経験していると、結婚式がとても新鮮に感じる。</p>
<p>会場には花があり、笑顔があり、料理があり、写真を撮る人がいて、みんな妙に幸せそうな顔をしている。</p>
<p>普段なら他人の幸せを見て、多少なりとも嫉妬する私でさえ、結婚式のあの幸福感に満ちた空気は好きだ。</p>
<p>たぶん、人間というものは、他人の幸せを素直に喜べる瞬間が少しくらいあったほうがいい。</p>
<p>……できれば、結婚式場の外に出ても、その精神を維持していただきたい。</p>
<p>結婚式では、普段なら照れ臭くて言えないようなセリフが、これでもかというくらい登場する。</p>
<p>新郎が新婦に向かって愛を語る。</p>
<p>新婦が新郎に感謝を伝える。</p>
<p>そして、親に宛てた手紙を読む。</p>
<p>「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう」</p>
<p>ここで泣く。</p>
<p>本人も泣く。</p>
<p>親も泣く。</p>
<p>友人も泣く。</p>
<p>司会者も少し泣いているように見える。</p>
<p>会場全体が泣く。</p>
<p>私はこういう場面が嫌いではない。</p>
<p>むしろ好きだ。</p>
<p>「普段言えないことを、こういう機会に言う」というのは、とてもいいことだと思う。</p>
<p>ただ、少しだけ気になることもある。</p>
<p>結婚式が終わって数日もすると、いつものノリに戻る。</p>
<p>「お父さん、また勝手に冷蔵庫のもの食べたでしょ！」</p>
<p>「あなた、靴下そこに脱ぎっぱなしにしないで！」</p>
<p>「うるさい！」</p>
<p>「こっちがうるさい！」</p>
<p>……あの感動的な手紙は、いったいどこへ行ったのだろう。</p>
<p>あの日の涙は何だったのだろう。</p>
<p>結婚式当日のテンションと、三日後の生活との落差がすごい。</p>
<p>もちろん、それが悪いわけではない。</p>
<p>むしろ、そうやって喧嘩できること自体が、生きている証なのだろう。</p>
<p>人間は、毎日感謝しながら生きるほど聖人君子ではない。</p>
<p>好きな人ほど腹が立つ。</p>
<p>近い人ほど遠慮がなくなる。</p>
<p>愛しているからこそ、「なんで分かってくれないんだ」と思う。</p>
<p>だからこそ、結婚式の日だけではなく、普段の生活の中でも、ほんの少しだけ「あの日の気持ち」を思い出せればいいのだと思う。</p>
<p>心当たりのある人、結構いるでしょ？</p>
<p>私も含めて。</p>
<p>たまには照れを捨てて、大事な人に大事な想いを伝えてみたらいい。</p>
<p>口で言うのに抵抗があるなら、手紙でもいい。</p>
<p>今ならメールでもLINEでもいい。</p>
<p>昔の人からすれば、手紙を書くのに便箋を用意して、筆記具を探して、切手を貼って、郵便ポストまで行かなければならなかった。</p>
<p>今はスマホを取り出して、数秒で送れる。</p>
<p>便利になった。</p>
<p>便利になったのだが、便利になったぶん、なぜか人間は言葉を大事にしなくなったような気もする。</p>
<p>「了解」<br />
「OK」<br />
「笑」<br />
「スタンプ」</p>
<p>これだけで会話が成立してしまう。</p>
<p>そのうち、</p>
<p>「ありがとう」</p>
<p>もスタンプ一個で済ませる時代になるのだろうか。</p>
<p>いや、もうなっている。</p>
<p>便利である。</p>
<p>非常に便利である。</p>
<p>私など、文章を打っている途中で漢字が出てこなくなると、スマホに助けてもらっている。</p>
<p>読める。</p>
<p>意味も分かる。</p>
<p>でも、書けない。</p>
<p>昔は「手紙を書く」と言った。</p>
<p>最近は「手紙を打つ」のほうが実感に近い。</p>
<p>そのうち「手紙を書く」という言葉そのものが、古典になったりするかもしれない。</p>
<p>そして百年後くらいに、</p>
<p>「昔の日本人は、紙というものに文字を書いていたらしい」</p>
<p>などと博物館の解説員に説明される。</p>
<p>「へえー。面倒くさそう」</p>
<p>……そう思われるかもしれない。</p>
<p>そんなことを考えていた頃、ある老婆が亡くなった。</p>
<p>子供は長女と長男の二人。</p>
<p>二人ともすでに中年になっていた。</p>
<p>それぞれの家族も集まり、遺族として葬儀の準備をしていた。</p>
<p>柩の中には、故人が大切にしていたものが少しずつ納められていた。</p>
<p>その中に、一枚の古ぼけた葉書があった。</p>
<p>長男は、その葉書を柩に納めるかどうか迷っていた。</p>
<p>長女もしきりに相談を受けていたが、なかなか決断できない。</p>
<p>二人とも、どうしたものかと迷っていた。</p>
<p>それは、六十余年前に亡き夫が故人宛に書いたものらしかった。</p>
<p>戦地から送られた手紙だった。</p>
<p>今なら国際郵便になるのだろう。</p>
<p>いや、当時はそんな便利な言葉で片付けられるものではなかったのかもしれない。</p>
<p>手紙を書いて、届ける。</p>
<p>それだけのことが、今とは比べものにならないほど遠い行為だったはずだ。</p>
<p>その手紙を出して間もなく、夫は戦死したらしい。</p>
<p>二人の子供たちはまだ幼く、父親の顔もはっきりとは覚えていないという。</p>
<p>私は、野次馬根性から、その手紙を読んでみたくなった。</p>
<p>正直に言えば、かなり興味があった。</p>
<p>「読ませてほしい」</p>
<p>と言うほど図々しくはなれなかったので、黙って作業の手だけを動かしていた。</p>
<p>すると、私の興味深そうな視線に気づいたのか。</p>
<p>それとも、柩に入れるべきかどうか、第三者の意見を聞きたかったのか。</p>
<p>長女が、</p>
<p>「見て下さい」</p>
<p>と言って、その葉書を渡してくれた。</p>
<p>受け取った小さな紙片には、六十余年という時間と、一人の人間の命の重みがあった。</p>
<p>紙は黄ばんでいた。</p>
<p>文字もかなりかすれていた。</p>
<p>文章として読むことは、ほとんどできなかった。</p>
<p>それでも、そこに残っている筆跡から、若い夫が一生懸命に文字を書いたことだけは感じられた。</p>
<p>聞けば、内容は遺書のようなニュアンスを含んだものだったという。</p>
<p>妻と子供たちのことを案じ、これからの生活を励ますような内容だったらしい。</p>
<p>私は、その場では黙って葉書を見つめていた。</p>
<p>今の時代に生まれ育った私には、戦地から家族へ手紙を書くということが、どれほどのことだったのか想像することすら難しい。</p>
<p>「人間はいつ死ぬか分からない」</p>
<p>「自分の死について考えておいたほうがいい」</p>
<p>そんなことを、私は普段から偉そうに言っている。</p>
<p>しかし、それは結局、死との間に適当な距離を置いているから言えるだけなのかもしれない。</p>
<p>明日死ぬかもしれない。</p>
<p>そう思いながらも、明日の朝飯のことを考えている。</p>
<p>死について語りながら、病院の検査結果にはビクビクする。</p>
<p>「いつ死んでもいい」</p>
<p>などと言いながら、電車に乗れば席が空いていることを期待する。</p>
<p>人間なんて、そんなものである。</p>
<p>死を達観しているつもりでも、実際に死が目の前まで迫ってきたら、たぶん私は相当うろたえる。</p>
<p>だからこそ、戦地にいる人間が、家族のことを思いながら書いた一枚の葉書を前にすると、自分の言葉の軽さを思い知らされる。</p>
<p>ただし、ここで戦争を美化するつもりはない。</p>
<p>兵士の仕事を賞賛したいわけでもない。</p>
<p>戦争によって、人が人を殺し、人が愛する人から引き離されることが、悲惨であることに変わりはない。</p>
<p>その悲惨な状況の中でも、人間が誰かを想う。</p>
<p>そのことだけを、私は考えたかった。</p>
<p>この夫は、どんな気持ちでこの手紙を書いたのだろう。</p>
<p>当時の戦況を考えれば、日本に生きて帰れないことを覚悟していたとしても不思議ではない。</p>
<p>妻に何を書けばいいのか。</p>
<p>子供たちに何を残せばいいのか。</p>
<p>「必ず帰る」と書いたのか。</p>
<p>「元気でいてくれ」と書いたのか。</p>
<p>あるいは、書きながら自分でも、もう二度と会えないかもしれないと思っていたのか。</p>
<p>そして、妻はその手紙をどんな気持ちで受け取ったのだろう。</p>
<p>夫の生還を祈りながら、それでも生きて再会できない可能性を、どこかで感じていたのかもしれない。</p>
<p>想像すると、言葉に詰まる。</p>
<p>私は最初、</p>
<p>「故人が六十余年も大事にしていた手紙なのだから、柩に入れてあげたほうがいいのではないか」</p>
<p>と、自分なりの考えを伝えた。</p>
<p>ところが、その後、故人の安らかな顔を見ているうちに、その考えが急にしっくりこなくなった。</p>
<p>そして、すぐに言葉を撤回した。</p>
<p>「天国で二人が再会しているのなら、もうこの手紙は必要ないのではないか」</p>
<p>「むしろ、この手紙がこの世に残った人の心の支えになるのなら、大事に持っておいたほうがいいのではないか」</p>
<p>そんなことを伝えた。</p>
<p>結局、その後の通夜や告別式で、二人の子供たちがその手紙を柩に納めたのかどうかは、私は知らない。</p>
<p>それでいいのだと思う。</p>
<p>正解がある話ではない。</p>
<p>手紙一枚をどうするか。</p>
<p>それは、そこに生きてきた家族にしか決められない。</p>
<p>ただ、私にはその葉書が、とても不思議な存在に思えた。</p>
<p>夫が戦地から送ったその手紙は、それまでは大事な妻のために生きていた。</p>
<p>そして妻が亡くなったあと、その手紙は今度は大事な子供たちのために生きることができる。</p>
<p>もし子供たちがその葉書を残しておけば、さらにその子供たちへと渡っていくかもしれない。</p>
<p>一枚の紙が、何十年もかけて人から人へ、記憶から記憶へ渡っていく。</p>
<p>書いた本人は、とっくにいない。</p>
<p>受け取った人も、もういない。</p>
<p>それでも、そこに残された文字には、書いた人の時間が残っている。</p>
<p>ひょっとすると、手紙というものは、相手に届いた瞬間に役目を終えるものではないのかもしれない。</p>
<p>何十年後か、あるいは何百年後かに、誰かがそれを読んだとき、もう一度だけ生き返る。</p>
<p>そう考えると、少しだけ不思議で、少しだけ温かい。</p>
<p>愛というものが本当にあるのかどうか、私にはよく分からない。</p>
<p>「愛とは何か」などと聞かれても、たぶん上手に答えられない。</p>
<p>だが、六十余年前に書かれた一枚の葉書を見ていると、少なくとも「誰かを想った時間」は、簡単には消えないのだと思う。</p>
<p>書き手の命が消えても、想いまで一緒に消えるとは限らない。</p>
<p>受け取る人がいるかぎり、記憶されるかぎり、言葉は残る。</p>
<p>そう考えると、手紙というのは、紙に書いたラブレターであると同時に、小さなタイムカプセルなのかもしれない。</p>
<p>だったら私も、たまには誰かに手紙を書いてみようかと思う。</p>
<p>「いつもありがとう」</p>
<p>くらいなら書けるかもしれない。</p>
<p>……いや、実際に便箋を前にしたら、たぶん十分くらい悩む。</p>
<p>「いつもお世話になっています」</p>
<p>から始めてしまうかもしれない。</p>
<p>それではラブレターではなく、取引先への挨拶状である。</p>
<p>「拝啓　春暖の候」</p>
<p>などと書き始めたら、もう完全に方向を間違えている。</p>
<p>それでもいい。</p>
<p>完璧な愛の言葉でなくてもいい。</p>
<p>気の利いた文章でなくてもいい。</p>
<p>誤字脱字があってもいい。</p>
<p>最近の私は、読めるけど書けない漢字が増えているから、いっそ全部ひらがなでもいい。</p>
<p>いや、ひらがなばかりだと、それはそれで幼稚園児のラブレターみたいになる。</p>
<p>それなら絵文字でもいい。</p>
<p>そのうち絵文字や顔文字が辞書に載るようになるかもしれない。</p>
<p>「&#x1f642;＝相手に好意を持っているが、あまり重く受け取られたくないときに使用」</p>
<p>なんて国語辞典に載ったら、私はもうついていけない。</p>
<p>でも、時代がどう変わっても、「誰かに何かを伝えたい」という気持ちだけは、たぶん変わらない。</p>
<p>メールでもいい。</p>
<p>LINEでもいい。</p>
<p>手紙でもいい。</p>
<p>直接言ってもいい。</p>
<p>「ありがとう」<br />
「元気でいてね」<br />
「好きだよ」<br />
「大切に思っているよ」</p>
<p>そんな言葉を、死んでからではなく、生きているうちに伝えられれば、それに越したことはない。</p>
<p>もちろん、毎日そんなことを言っていたら、今度は言われる側がうっとうしいかもしれない。</p>
<p>「分かったから、もう寝なさい」</p>
<p>と言われる可能性もある。</p>
<p>それもまた、悪くない。</p>
<p>言葉にして、相手が笑う。</p>
<p>照れる。</p>
<p>困る。</p>
<p>場合によっては、ちょっと嫌な顔をされる。</p>
<p>それでも、言わないよりはいいのかもしれない。</p>
<p>人間は、死んだあとにいくら立派な言葉を並べても、その本人には届かない。</p>
<p>だから、生きているうちに。</p>
<p>伝えられるうちに。</p>
<p>恥ずかしければ、手紙でもいい。</p>
<p>短くてもいい。</p>
<p>下手でもいい。</p>
<p>たった一言でもいい。</p>
<p>そして、いつか自分がいなくなったあと、その言葉が誰かの中に残ってくれたら、それだけで十分なのだと思う。</p>
<p>遺言ばかり書いていると、どうにも辛気臭くなる。</p>
<p>だから私も、たまには誰かにラブレターを書いてみようかなと思う。</p>
<p>……ただし、送る前に読み返して恥ずかしくなり、保存したまま送信ボタンを押せない可能性は高い。</p>
<p>それでもいい。</p>
<p>送信できなくても、書こうと思った時間は、自分の中に残る。</p>
<p>そして、もし勇気が出て送れたなら。</p>
<p>相手が少しでもHappyになってくれれば、それでいい。</p>
<p>人生なんて、結局そういう些細なことの積み重ねなのかもしれない。</p>
<p>大げさな愛の言葉じゃなくてもいい。</p>
<p>一枚の古びた葉書が六十余年を越えて人の心を動かしたように、たった一言の「ありがとう」が、思っている以上に長く生きることだってある。</p>
<p>だから私は、今日のところはスマホを置いて、紙とペンを探してみようと思う。</p>
<p>……漢字が思い出せなかったら、ひらがなで書く。</p>
<p>それでも足りなかったら、絵文字にする。</p>
<p>最後は、</p>
<p>「&#x2764;&#xfe0f;」</p>
<p>だけになるかもしれない。</p>
<p>それでもまあ、ラブレターには違いない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>特殊清掃「善と悪の間で」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Oct 2026 18:33:51 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[自殺した女性が、腐乱死体で発見された。 もちろん、私には自殺の動機など分からない。 現場に行ったからといって、故人の人生まで分かるわけではない。むしろ、現場に残されているのは「死んだ」という結果だけで、その結果に至るまで [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>自殺した女性が、腐乱死体で発見された。</p>
<p>もちろん、私には自殺の動機など分からない。</p>
<p>現場に行ったからといって、故人の人生まで分かるわけではない。むしろ、現場に残されているのは「死んだ」という結果だけで、その結果に至るまでの長い時間は、本人と一緒にあの世へ持っていかれてしまう。</p>
<p>独り暮らしだった故人の自宅は賃貸マンションだった。</p>
<p>身寄りはないらしい。</p>
<p>賃貸契約の保証人も、親族ではなく有料の保証会社が請け負っていた。</p>
<p>依頼者である大家さんは、保証会社の対応に少々ご立腹だった。</p>
<p>まあ、無理もない。</p>
<p>人が一人亡くなれば、悲しみだけで済む話ではない。賃貸物件なら、残された部屋の処理、荷物の整理、原状回復、特殊清掃、次の入居者のこと、費用負担の問題……と、現実的な問題が次から次へと出てくる。</p>
<p>人間が一人死ぬと、関係者は「命」について考える暇もないほど「契約」について考えなければならない。</p>
<p>なんとも世知辛い話である。</p>
<p>このままだと、大家さんと保証会社の間でトラブルが発生するのは明白だった。</p>
<p>私としても、できれば揉め事にはなってほしくない。</p>
<p>もちろん、私は裁判官でもないし、大家さんと保証会社の仲裁人でもない。</p>
<p>ただの清掃屋である。</p>
<p>しかし、こういう仕事をしていると、なぜか掃除以外のことまで考えさせられる。</p>
<p>「人間、死んだ後まで人間関係がついて回るんだな」</p>
<p>などと、余計なことを考えながら現場に入った。</p>
<p>今回、汚染されていたのは玄関と、その外側の共有部分だけだった。</p>
<p>ウジやハエも玄関フロアに集中していた。</p>
<p>室内に入ると、少し意外だった。</p>
<p>女性らしい雰囲気の部屋だった。</p>
<p>そして、きれいに片付いていた。</p>
<p>私は独身女性の部屋に対して、ほとんど免疫がない。</p>
<p>仕事だから勝手に入っているのだが、妙な気後れがある。</p>
<p>「いや、仕事なんだから堂々と入れよ」</p>
<p>と自分に言い聞かせながら入る。</p>
<p>それでも、</p>
<p>「すみません、お邪魔します」</p>
<p>と、誰もいない部屋に心の中で挨拶してしまった。</p>
<p>考えてみれば、清掃業者が故人に挨拶する必要などない。</p>
<p>しかし、こういう現場では、妙なところで礼儀正しくなる。</p>
<p>人間、死者の前では多少まともになるらしい。</p>
<p>ところが、片付けを進めているうちに、故人が私と同じ年齢だったことが分かった。</p>
<p>それを知った瞬間、急に気持ちが悪くなってきた。</p>
<p>さっきまで「知らない女性の部屋」だったものが、突然「自分と同じ年齢の女性が暮らしていた部屋」に変わってしまった。</p>
<p>年齢という数字には、不思議な力がある。</p>
<p>同じ年だと知っただけで、それまで他人だった人が、急に自分の人生の隣に立ってくる。</p>
<p>「もし自分だったら」</p>
<p>そんなことを考え始める。</p>
<p>これはいけない。</p>
<p>仕事にならない。</p>
<p>私は頭の中で、余計な想像を追い払った。</p>
<p>我ながら勝手なものである。</p>
<p>女性には失礼な偏見になるかもしれないが、私は男性の自殺より女性の自殺の方が、何となく気持ち悪く感じる。</p>
<p>これまで私が遭遇してきた自殺体や自殺現場は、圧倒的に男性の方が多かった。</p>
<p>だから単純に免疫がないのかもしれない。</p>
<p>あるいは、世俗に伝わる怪談や、テレビや映画などで刷り込まれたイメージのせいなのかもしれない。</p>
<p>理由は自分でもはっきりしない。</p>
<p>とにかく、女性の皆さん、申し訳ない。</p>
<p>ちなみに、動物の場合は犬より猫の方が気持ち悪い。</p>
<p>これも理由はよく分からない。</p>
<p>猫には猫なりの事情があるだろう。</p>
<p>たぶん私の側の問題である。</p>
<p>玄関で首を吊るケースには、たまに遭遇する。</p>
<p>「なんで玄関なんだろう？」</p>
<p>作業をしながら、私は考えた。</p>
<p>もちろん、故人に聞いたわけではない。</p>
<p>だから以下は全部、私の勝手な想像である。</p>
<p>一つ目。</p>
<p>できるだけ早く発見してもらいたかったのかもしれない。</p>
<p>二つ目。</p>
<p>部屋を汚したくなかったのかもしれない。</p>
<p>三つ目。</p>
<p>たまたま、そこが都合のいい場所だったのかもしれない。</p>
<p>この三つのうち、どれが本当だったのかは分からない。</p>
<p>そもそも、全部外れているかもしれない。</p>
<p>人間の最後の行動ほど、他人には分からないものだ。</p>
<p>もし、私の想像が当たっていたとしたら、ちょっと切ない。</p>
<p>死んでからも醜態を晒したくなかったのか。</p>
<p>部屋を汚して大家さんに迷惑をかけたくなかったのか。</p>
<p>誰にも迷惑をかけたくないという気持ちが、最後の最後まで残っていたのか。</p>
<p>もちろん、そんなことは分からない。</p>
<p>ただ、きれいに片付けられた部屋を見ていると、故人が何らかの配慮をしていたような気がしてならなかった。</p>
<p>しかし、皮肉なことに、結果として腐敗によって玄関周辺は汚染されていた。</p>
<p>人間、死んだ後は自分の意思だけではどうにもならない。</p>
<p>生きている間は「こうしたい」と思って行動できる。</p>
<p>ところが死んだ瞬間から、身体は自分のものではなくなる。</p>
<p>時間に任せて変化し、周囲を汚し、臭いを出し、最後には誰かに片付けてもらう。</p>
<p>生前は自分の部屋をきれいにしていた人が、死後は自分の身体のために誰かを呼ぶことになる。</p>
<p>なんとも皮肉である。</p>
<p>そして私は、その「誰か」だった。</p>
<p>自分と同じ年齢であること。</p>
<p>身寄りがない孤独な身の上だったこと。</p>
<p>きれいに片付いた部屋から、何となく人柄を感じたこと。</p>
<p>そんなものが少しずつ積み重なって、私の気持ちは微妙に動いていった。</p>
<p>明らかに、故人への同情心が働いていた。</p>
<p>仕事をしている以上、感情を持ち込まない方がいい。</p>
<p>そう思っている。</p>
<p>特殊清掃という仕事は、ある意味では「感情を切り離す技術」が必要なのだと思う。</p>
<p>毎回、いちいち感情移入していたら、身が持たない。</p>
<p>死んだ人の人生を全部背負っていたら、こちらまで先に成仏してしまう。</p>
<p>だから普段は、</p>
<p>「ここを掃除する」</p>
<p>「これは廃棄する」</p>
<p>「これは残す」</p>
<p>と、作業として淡々と判断する。</p>
<p>ところが今回は、少し違った。</p>
<p>故人と自分が同じ年齢だと知ってしまったことで、どうしても「人」として見てしまった。</p>
<p>そうなると、仕事の線引きが少し難しくなる。</p>
<p>故人も、大家さんも、保証会社も、できれば事を大きくしたくないはずだった。</p>
<p>そして現場がきれいなら、無闇に事が大きくなるのを防ぐことができる。</p>
<p>そう考えると、事の大小は私の清掃作業の仕上がりにかかっている。</p>
<p>私は、偽善だろうが何だろうが、とにかく黙々と玄関を掃除した。</p>
<p>腐敗液が流れ出た跡も擦り洗った。</p>
<p>目に見えにくい人の脂や腐敗臭は、そう簡単には消えない。</p>
<p>表面がきれいになったからといって、それですべてが終わるわけではない。</p>
<p>普段なら、時間の経過に任せるところも、この現場ではできるだけ人為的に処理した。</p>
<p>通常なら一日仕事の作業を、二日がかりで念入りにやった。</p>
<p>別に誰かに褒めてもらいたかったわけではない。</p>
<p>いや、本当は少しくらい褒めてもらいたかったかもしれない。</p>
<p>人間なんて、そんなに高尚なものではない。</p>
<p>「俺、頑張ったな」</p>
<p>と自分で自分を褒めながら掃除するくらいの俗物である。</p>
<p>それでも、仕上がりには満足できた。</p>
<p>現場確認に気が進まなそうな大家さんを呼んできて、半ば強制的に見てもらった。</p>
<p>汚染現場を見るのが怖くて、それまで確認していなかった大家さんは、汚染の痕跡がほとんど見えなくなった現場を見て、少し驚いていた。</p>
<p>私は、大家さんから現場のBefore・Afterを写真に撮っておくよう依頼されていた。</p>
<p>約束なので一応撮影しておいた。</p>
<p>しかし、きれいになった現場を見た大家さんにとって、その写真の必要性は急速になくなっていった。</p>
<p>私は、</p>
<p>「妙なものが写っていたらマズいですからねぇ」</p>
<p>と、少し意味深なことを言った。</p>
<p>大家さんは写真の必要性について、しばらく考えていた。</p>
<p>そして結局、写真はいらないという判断になった。</p>
<p>私は、不要になったカメラを捨てた。</p>
<p>ここから先は、私の中で「善悪」の話になってしまう。</p>
<p>「ここの汚染は軽いものでした」</p>
<p>「あとは通常の空室リフォームとハウスクリーニングで充分でしょう」</p>
<p>そう伝えた。</p>
<p>それが正しかったのかは分からない。</p>
<p>いや、正しいとか間違っているとか、そんな簡単な話でもない。</p>
<p>私は常に、偽善と悪を併せ持っている。</p>
<p>表立って他人から非難されることはない。</p>
<p>しかし、自分が偽善者であることは、自分が一番よく知っている。</p>
<p>仮に誰かから、</p>
<p>「お前は偽善者だ」</p>
<p>と罵られても、たぶん私は腹を立てない。</p>
<p>「はい、その通りです」</p>
<p>と答えると思う。</p>
<p>そのくらいの自覚はある。</p>
<p>そもそも、人間は善人か悪人かの二種類に分類できるほど単純ではない。</p>
<p>親切にしたいと思いながら、自分の利益も考えている。</p>
<p>人を助けた直後に、</p>
<p>「俺っていい人だな」</p>
<p>と思ってしまう。</p>
<p>誰かのために何かをしたつもりが、実は自分が気持ちよくなりたかっただけかもしれない。</p>
<p>では、それは偽善なのか。</p>
<p>偽善だから悪いのか。</p>
<p>誰かのためになったのなら、それでいいのか。</p>
<p>では、最初から純粋な気持ちでなければ善とは呼べないのか。</p>
<p>そう考えていくと、だんだん分からなくなる。</p>
<p>人間の心なんて、玉ねぎみたいなものだ。</p>
<p>剥いても剥いても何か出てくる。</p>
<p>最後まで剥いたら、たぶん涙しか残らない。</p>
<p>私は昔から、善悪について考えることがある。</p>
<p>善と悪の境界線はどこにあるのか。</p>
<p>偽善と真善はどこで区切られるのか。</p>
<p>善悪の判断基準は、誰が決めるのか。</p>
<p>法律なのか。</p>
<p>世間なのか。</p>
<p>宗教なのか。</p>
<p>本人の良心なのか。</p>
<p>それとも、死んだ後に誰かが下す評価なのか。</p>
<p>いまだに答えはない。</p>
<p>今回の私の行動だって、どう評価すればいいのか分からない。</p>
<p>故人に対する同情だったのか。</p>
<p>大家さんへの配慮だったのか。</p>
<p>保証会社とのトラブルを避けるためだったのか。</p>
<p>仕事に対する責任感だったのか。</p>
<p>それとも、</p>
<p>「俺はこれだけきれいにできるんだ」</p>
<p>という、職人としての自己満足だったのか。</p>
<p>たぶん全部だと思う。</p>
<p>人間の行動なんて、そんなものだろう。</p>
<p>一つの理由だけで動いていることの方が少ない。</p>
<p>善意があって、打算があって、自己満足があって、ちょっとした見栄もある。</p>
<p>それらが全部ごちゃ混ぜになって、「行動」という形になる。</p>
<p>だから私は、この故人に対して偽善的だったのかと聞かれても、よく分からない。</p>
<p>ただ、汚れていた玄関を掃除した。</p>
<p>それだけは事実である。</p>
<p>故人がどう思ったかも分からない。</p>
<p>大家さんがどう感じたかも分からない。</p>
<p>保証会社がどう判断したかも分からない。</p>
<p>私自身だって、何が正しかったのか分からない。</p>
<p>もしかしたら、あの世にいる故人だけが知っているのかもしれない。</p>
<p>「余計なことしやがって」</p>
<p>と思っているかもしれない。</p>
<p>「ありがとう」</p>
<p>と思っているかもしれない。</p>
<p>あるいは、そんなことにはもう興味がないかもしれない。</p>
<p>死んだ人間の気持ちは、結局のところ生きている人間には分からない。</p>
<p>だから私は、自分がしたことを「善」と決めつけるつもりはない。</p>
<p>ましてや、</p>
<p>「故人のために頑張りました」</p>
<p>などと格好のいいことを言うつもりもない。</p>
<p>そんな立派な人間ではない。</p>
<p>私はただ、目の前の汚れを見て、</p>
<p>「もう少しきれいにしてやろう」</p>
<p>と思った。</p>
<p>それだけなのだと思う。</p>
<p>それだけでもいいのではないか。</p>
<p>善人になろうとすると、どうも肩が凝る。</p>
<p>悪人になろうとしても、それはそれで疲れる。</p>
<p>結局、人間というのは、善と悪の間を行ったり来たりしながら生きていくしかないのだろう。</p>
<p>今日は善だった。</p>
<p>明日は悪かもしれない。</p>
<p>昼間は人助けをして、夜は居酒屋で他人の悪口を言っているかもしれない。</p>
<p>そんなものである。</p>
<p>完璧な善人なんて、たぶん存在しない。</p>
<p>いたとしても、私はちょっと信用しない。</p>
<p>あまりにも出来過ぎていて怖いからである。</p>
<p>私なんかは、善と悪の間でウロウロしているくらいがちょうどいい。</p>
<p>疲れたら、居酒屋にでも行って気分転換をしよう。</p>
<p>人生について難しく考え過ぎると、頭が腐敗する。</p>
<p>頭の中まで特殊清掃が必要になったら大変だ。</p>
<p>やっぱり、身体の外側には消毒用エタノール。</p>
<p>そして身体の内側には、飲用アルコール。</p>
<p>外側を消毒して、内側を酔わせる。</p>
<p>これで今日一日の善悪の帳尻くらいは、何となく合う気がする。</p>
<p>……もちろん、これは完全に私の主観である。</p>
<p>善でも悪でもない。</p>
<p>ただの酔っ払いの理屈である。</p>
<p>人生なんて、そんなものでいいのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>特殊清掃「格差社会」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 27 Oct 2026 19:32:17 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[午前――都内の高級住宅地で その日は、雲一つない青空が広がる、いかにも気持ちのいい朝だった。 車を走らせながら、「今日は暑くなりそうだな」と思ったことを覚えている。 最初の現場は、都内でも有数の高級住宅地だった。 道路は [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><strong>午前――都内の高級住宅地で</strong></p>
<p>その日は、雲一つない青空が広がる、いかにも気持ちのいい朝だった。</p>
<p>車を走らせながら、「今日は暑くなりそうだな」と思ったことを覚えている。</p>
<p>最初の現場は、都内でも有数の高級住宅地だった。</p>
<p>道路はきれいに整備され、街路樹は丁寧に手入れされている。歩いている人たちもどこか落ち着いた雰囲気で、犬の散歩をしている人、ジョギングをしている人、ベンチで新聞を読んでいる年配の男性――そんな何気ない日常の風景さえ、自分が普段仕事で訪れる街とは少し違って見えた。</p>
<p>目的地は、その一角に建つ高級マンション。</p>
<p>エントランスへ向かうと、ホテルのような重厚感のある自動ドアが静かに開く。管理人が常駐し、ロビーは磨き上げられ、大理石の床には一点の汚れも見当たらない。</p>
<p>私は特殊清掃業者である。</p>
<p>普段は腐敗臭の漂う部屋や、長年放置された空き家、ゴミ屋敷などへ出入りすることが多い。</p>
<p>だからこそ、こうした場所へ来ると、少し場違いな気持ちになる。</p>
<p>作業着姿の自分が、この空間だけ妙に浮いているような感覚だ。</p>
<p>もちろん、仕事で来ているのだから遠慮する必要はない。</p>
<p>それでも、「自分のような人間が出入りして申し訳ないな」と思ってしまうのは、昔から変わらない。</p>
<p>駐車場へ目を向けると、高級輸入車や高級国産車がずらりと並んでいた。</p>
<p>一台や二台ではない。</p>
<p>私には名前しか知らないような車種が当たり前のように停まっている。</p>
<p>このマンションでは、それが特別ではなく日常なのだ。</p>
<p>「世の中には本当にこういう世界があるんだな。」</p>
<p>そんなことを考えながらエレベーターへ乗り込んだ。</p>
<p>依頼者は、そこで一人暮らしをしていた年配女性の息子さんだった。</p>
<p>女性はキッチンで倒れ、そのまま亡くなられたという。</p>
<p>発見までに時間がかかり、室内は腐敗が進んでいた。</p>
<p>依頼の電話を受けたとき、依頼者は最初にこう言った。</p>
<p>「最初から、施行できる装備で来てください。」</p>
<p>この一言で、おおよその状況は想像がついた。</p>
<p>腐敗臭の程度、体液の広がり、害虫の発生。</p>
<p>特殊清掃では、電話でのやり取りだけでも、ある程度現場を予測することができる。</p>
<p>だから私は、防護服や防毒マスク、薬剤など必要な資機材を最初から積み込み、そのまま現場へ向かった。</p>
<p>部屋へ案内されると、予想どおり独特の腐敗臭が鼻を突いた。</p>
<p>しかし、その臭いを除けば、室内は見事なものだった。</p>
<p>広々としたリビング。</p>
<p>大きな窓から見える都心の景色。</p>
<p>陽の光が差し込む明るい室内。</p>
<p>家具はどれも上質で、調度品にも統一感がある。</p>
<p>飾られている絵画や花瓶も、おそらく安い物ではないだろう。</p>
<p>生活感はある。</p>
<p>それでいて雑然としていない。</p>
<p>長年、大切に暮らしてきたことが伝わってくる部屋だった。</p>
<p>見積もりを作成し、依頼者へ説明しようとすると、息子さんは私の話を遮るように穏やかな口調で言った。</p>
<p>「全部お任せします。」</p>
<p>私は念のため、作業内容と金額について説明しようとした。</p>
<p>すると、</p>
<p>「詳しく説明していただかなくても大丈夫です。」</p>
<p>「プロにお願いするんですから、お任せします。」</p>
<p>そう言って、見積書をほとんど見ることもなかった。</p>
<p>さすがに金額だけは了承をいただかなければならない。</p>
<p>私は提示した見積金額を伝えた。</p>
<p>すると返ってきた言葉は、</p>
<p>「いくらかかっても構いません。」</p>
<p>「こういう仕事をお願いするんですから、高めでも結構ですよ。」</p>
<p>だった。</p>
<p>私は一瞬、言葉に詰まった。</p>
<p>これまで数え切れないほど見積もりをしてきたが、「高めでも構わない」と言われた経験はそう多くない。</p>
<p>もちろん、だからといって法外な金額を請求するつもりはない。</p>
<p>しかし、依頼者のその言葉に甘え、通常より少しだけ余裕を持たせた見積書へ書き直した。</p>
<p>それでも依頼者は金額を見ることなく、</p>
<p>「お願いします。」</p>
<p>とだけ頭を下げた。</p>
<p>作業が始まると、依頼者は必要以上に話し掛けてくることもなく、こちらを急かすこともない。</p>
<p>「暑いでしょう。」</p>
<p>「何か必要な物はありませんか。」</p>
<p>そんな気遣いまでしてくださった。</p>
<p>私は黙々と作業を進めながら、ふと考えた。</p>
<p>「この人は、一体どんな仕事をしてきたのだろう。」</p>
<p>「どれほど努力すれば、こういう暮らしができるのだろう。」</p>
<p>羨ましいという気持ちもあった。</p>
<p>同時に、自分とはまるで違う世界を見ているような、不思議な感覚にもなった。</p>
<p>特殊清掃という仕事をしていると、人の人生の終着点を見ることが多い。</p>
<p>その最後の部屋が、こうも立派な住まいであることに、改めて社会の広さを感じずにはいられなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>午後――千葉県の公営団地へ</strong></p>
<p>午前中の作業を終え、車内で軽く昼食を済ませると、午後は千葉県内にある公営団地へ向かった。</p>
<p>同じ集合住宅でも、午前中とはまるで景色が違う。</p>
<p>築年数を感じさせる団地群が並び、外壁には経年による色あせが見える。階段の手すりや共用廊下にも長い年月が刻まれていた。</p>
<p>もちろん、それが悪いという意味ではない。</p>
<p>長く地域の人たちの暮らしを支えてきた団地なのだろう。</p>
<p>ただ、午前中に見た高級マンションの光景があまりにも鮮明だっただけに、その違いがより強く印象に残った。</p>
<p>今回の依頼は特殊清掃ではない。</p>
<p>病院で亡くなられた方の遺品回収と室内の片付けである。</p>
<p>部屋は二DK。</p>
<p>決して広くはない。</p>
<p>玄関を開けると、生活用品が所狭しと置かれ、部屋全体が雑然としていた。</p>
<p>テーブルの上には郵便物や日用品が積み重なり、床にも衣類や袋が点在している。</p>
<p>長年暮らしてきた生活の積み重ねなのか、それとも亡くなられてから誰も手を付けられなかったのか。</p>
<p>生活用品と不要な物との境界が分からないほど、室内は物であふれていた。</p>
<p>私は一通り部屋を見て回り、作業量を確認する。</p>
<p>その間、遺族の方は何度もこう口にした。</p>
<p>「これはまだ使える。」</p>
<p>「これは新しいんですよ。」</p>
<p>「誰か欲しい人がいるでしょう。」</p>
<p>家具、家電、雑貨、衣類……。</p>
<p>一つひとつについて説明してくださる。</p>
<p>しかし、私が見る限りでは、中古品として買い取れるような物は見当たらなかった。</p>
<p>年式が古い家電。</p>
<p>使用感の強い家具。</p>
<p>市場価値の付かない日用品。</p>
<p>残念ではあるが、私たちが買い取りできる基準には届かない。</p>
<p>私は理由を説明しながら、一点ずつ丁寧にお断りした。</p>
<p>ところが、納得はしていただけなかった。</p>
<p>「そんなはずはない。」</p>
<p>「まだ十分使える。」</p>
<p>「これなら売れるでしょう。」</p>
<p>同じようなやり取りが何度も続く。</p>
<p>気持ちは理解できる。</p>
<p>故人が大切に使っていた物だからこそ、簡単に『価値がない』とは思いたくないのだろう。</p>
<p>しかし、思い入れと市場価値は別の話である。</p>
<p>私たちは感情ではなく、再販できるかどうかという現実で判断しなければならない。</p>
<p>結局、買い取りはすべてお断りすることになった。</p>
<p>続いて遺品回収の見積もりを提示すると、今度は料金の話になった。</p>
<p>「もう少し安くならないですか。」</p>
<p>「そこを何とか。」</p>
<p>「他の業者ならもっと安いでしょう。」</p>
<p>そこから細かな値引き交渉が始まった。</p>
<p>一つ値引きをすると、さらにもう一歩。</p>
<p>こちらが譲れば、また次の値引きを求められる。</p>
<p>もちろん、価格交渉そのものを悪いとは思わない。</p>
<p>少しでも費用を抑えたいという気持ちは、多くの依頼者に共通している。</p>
<p>私たちも、できる範囲で協力することはある。</p>
<p>しかし、この日の交渉は、私が提示できる限界を大きく超えていた。</p>
<p>さらに、話し方もどこか高圧的で、こちらの説明を聞こうとはしていただけない。</p>
<p>私は心の中で、「このまま契約しても、お互い気持ちよく仕事はできないだろう」と感じていた。</p>
<p>仕事は契約して終わりではない。</p>
<p>作業中も、完了後も、依頼者との信頼関係が必要になる。</p>
<p>最初の段階でそれが築けないと感じたときは、無理に受けるべきではない。</p>
<p>そう判断した私は、</p>
<p>「申し訳ありませんが、今回はご希望に添えそうにありません。」</p>
<p>とお伝えし、その場を辞退した。</p>
<p>車へ戻り、エンジンを掛ける。</p>
<p>午前中の現場と午後の現場が頭の中で自然と重なった。</p>
<p>同じ一日の出来事。</p>
<p>どちらも家族を亡くした遺族との仕事だった。</p>
<p>それなのに、現場の空気も、依頼者とのやり取りも、費用に対する考え方も、あまりにも対照的だった。</p>
<p>もちろん、この一件だけで「裕福な人はこうだ」「生活が苦しい人はこうだ」と決めつけるつもりはない。</p>
<p>これまでの経験でも、その逆のケースはいくらでも見てきた。</p>
<p>ただ、この日は偶然とは思えないほど、二つの現場が「格差」という言葉を強く意識させる一日だった。</p>
<p>車を走らせながら、私は「人の暮らしの違いは、亡くなった後にも表れるのかもしれない」と、そんなことを考えていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>格差社会という現実</strong></p>
<p>「格差社会」。</p>
<p>今ではテレビや新聞でも当たり前のように使われる言葉だ。</p>
<p>収入格差、資産格差、教育格差、地域格差……。</p>
<p>数字や統計で語られることが多いが、私はこの仕事を始めてから、その格差は「人が亡くなった後」にも存在することを知った。</p>
<p>もちろん、誤解してほしくない。</p>
<p>私は、裕福な人は人格者で、生活に余裕がない人は横柄だと言いたいわけではない。</p>
<p>そんな単純な話ではないことは、二十年以上この仕事を続けてきて嫌というほど見てきた。</p>
<p>高級住宅街で理不尽な依頼者に怒鳴られたこともある。</p>
<p>反対に、生活保護を受けながらも何度も頭を下げ、「よろしくお願いします」と涙ながらに故人を送り出した遺族にも出会ってきた。</p>
<p>人柄と財産は比例しない。</p>
<p>それは間違いない。</p>
<p>だから、今回書いた二つの現場は、あくまでも「あの日、私が体験した二つの出来事」でしかない。</p>
<p>しかし、それでも考えさせられることは多かった。</p>
<p>午前中の依頼者は、「お任せします」と言った。</p>
<p>金額よりも、きちんと母親を送り出してほしいという思いが伝わってきた。</p>
<p>一方、午後の依頼者は、少しでも費用を抑えようと必死だった。</p>
<p>もしかすると、経済的な事情があったのかもしれない。</p>
<p>突然の葬儀や入院費で、想像以上の出費になっていたのかもしれない。</p>
<p>事情は私には分からない。</p>
<p>だから責めることはできない。</p>
<p>ただ、現実として、お金に余裕がある人には「選択肢」がある。</p>
<p>専門業者へすべて任せることもできる。</p>
<p>時間を買うこともできる。</p>
<p>心の負担を減らすこともできる。</p>
<p>しかし、余裕がなければ、自分たちで片付けるしかない人もいる。</p>
<p>一円でも安い業者を探し回る人もいる。</p>
<p>私は、その違いを何度も見てきた。</p>
<p>特殊清掃や遺品整理は、決して安い仕事ではない。</p>
<p>だからこそ、その費用が家族の負担になることもある。</p>
<p>「死ぬにもお金が掛かる。」</p>
<p>そんな言葉を依頼者から聞いたことがある。</p>
<p>そのときは少し大げさに感じたが、この仕事を続けていると、その意味が少しずつ分かってきた。</p>
<p>葬儀。</p>
<p>火葬。</p>
<p>納骨。</p>
<p>遺品整理。</p>
<p>特殊清掃。</p>
<p>家の解約。</p>
<p>相続手続き。</p>
<p>人が一人亡くなるということは、想像以上に多くの手続きと費用が発生する。</p>
<p>その負担は、遺された家族が背負うことになる。</p>
<p>だから私は、依頼者の値引き交渉を一概に悪いとは思わない。</p>
<p>少しでも支出を減らしたいという気持ちは理解できる。</p>
<p>ただ、私たちにも適正な作業費がある。</p>
<p>薬剤にも、資材にも、人件費にも、お金が掛かる。</p>
<p>利益が出なければ会社は続かない。</p>
<p>そこで無理をすれば、結局は他の依頼者にも迷惑が掛かる。</p>
<p>だから私は、契約をお断りすることがある。</p>
<p>それは冷たいからではない。</p>
<p>お互いのためだと思っているからだ。</p>
<p>私は決して善人ではない。</p>
<p>この仕事を社会貢献だけで続けているわけでもない。</p>
<p>生活がある。</p>
<p>利益も必要だ。</p>
<p>嫌な依頼者とは仕事をしたくないと思うことだってある。</p>
<p>だから、自分を聖人君子のように語るつもりはない。</p>
<p>偽善者にはなりたくないからだ。</p>
<p>それでも、一つだけ変わらず心掛けていることがある。</p>
<p>亡くなった方だけは、平等に扱うこと。</p>
<p>高級マンションでも、市営団地でも。</p>
<p>資産家でも、生活保護受給者でも。</p>
<p>孤独死でも、病院で亡くなっても。</p>
<p>故人に罪はない。</p>
<p>その人が歩んできた人生を私は知らない。</p>
<p>だから最後くらいは、できる限り丁寧に送り出したい。</p>
<p>これが、特殊清掃という仕事を続ける中で、私なりにたどり着いた答えである。</p>
<p>あの日は、たまたま午前と午後で極端な現場が続いただけなのかもしれない。</p>
<p>しかし、あの一日は私に、「格差社会」という言葉を数字ではなく、人の暮らしと人の死を通して考えさせた一日だった。</p>
<p>そして、おそらく明日もまた、新しい現場で新しい現実を見ることになる。</p>
<p>それが、この仕事なのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>特殊清掃「忠犬」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Oct 2026 18:49:18 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「なんだか臭いんです」 電話の向こうから、女の人の声がした。 「でも、何の匂いなのか分からなくて……」 こういう電話を受けたとき、特掃業者としては、まず最悪の可能性から考える。 「どんな匂いでしょう？」 「うーん……なん [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「なんだか臭いんです」</p>
<p>電話の向こうから、女の人の声がした。</p>
<p>「でも、何の匂いなのか分からなくて……」</p>
<p>こういう電話を受けたとき、特掃業者としては、まず最悪の可能性から考える。</p>
<p>「どんな匂いでしょう？」</p>
<p>「うーん……なんというか、腐ったような……でも、魚とかじゃなくて……」</p>
<p>そこで一瞬、嫌な予感がした。</p>
<p>「人間の腐乱臭に近い感じですか？」</p>
<p>「そう！　それです！」</p>
<p>即答だった。</p>
<p>嫌な予感が、ちょっとだけ成長した。</p>
<p>「場所はどちらでしょう？」</p>
<p>住所を聞いてみると、そこそこ立派な住宅街だった。</p>
<p>「一度、見に来ていただけませんか？」</p>
<p>依頼者は中年の女性だった。</p>
<p>電話で話した感じでは、死体がらみの案件ではなさそうだった。死体がある人の声というのは、なんとなく分かる。もちろん、私に超能力があるわけではない。単純に、死体を発見した人は、もっと切羽詰まっている。</p>
<p>今回の女性は、どちらかというと「誰かに話を聞いてもらいたい」という雰囲気だった。</p>
<p>現場に着いて、それがよく分かった。</p>
<p>家は豪邸と呼ぶほどではないが、一般庶民からすれば十分に立派だった。築年数も浅い。庭もきれいに手入れされている。</p>
<p>いや、手入れされているように見えた。</p>
<p>玄関に入ると、依頼者は開口一番、</p>
<p>「実は主人が海外赴任になりましてね」</p>
<p>と話し始めた。</p>
<p>「はい」</p>
<p>「二年間、家族で海外に行っていたんです」</p>
<p>「そうですか」</p>
<p>「主人は会社でもかなり責任のある立場でして」</p>
<p>「はい」</p>
<p>「向こうでも日本人会との付き合いがあって……」</p>
<p>「なるほど」</p>
<p>どうやら消臭の話は、まだ始まらないらしい。</p>
<p>依頼者は世間話をしたくて仕方がないようだった。</p>
<p>私は他人の自慢話を聞くのが、あまり得意ではない。</p>
<p>もちろん、人間として未熟だからである。</p>
<p>「それでですね、帰国して家に戻ったら、もう家中が臭くて」</p>
<p>ようやく本題に戻った。</p>
<p>二年間の海外暮らしの間、管理業者に庭の手入れと、定期的な窓開け、空気の入れ替えを依頼していたらしい。</p>
<p>ところが、実際にどこまで仕事をしていたのかは、かなり怪しい。</p>
<p>窓を開けて風を通し、市販の消臭剤を大量に置くと、一時的には臭いが薄くなる。</p>
<p>しかし、しばらくするとまた臭う。</p>
<p>これは珍しくない。</p>
<p>消臭剤というのは、場合によっては「臭いを消す」というより、「臭いに別の臭いを重ねる」だけになる。</p>
<p>カレーを食べた後に焼肉を食べれば、カレーの臭いが消えるわけではない。</p>
<p>ただ、本人が「今日は焼肉の家だ」と思い込めるだけである。</p>
<p>私はまず、臭いの発生源を探した。</p>
<p>鼻を利かせながら家の中を歩く。</p>
<p>リビング。</p>
<p>廊下。</p>
<p>和室。</p>
<p>収納。</p>
<p>洗面所。</p>
<p>トイレ。</p>
<p>外も確認する。</p>
<p>庭にも、それらしいものはない。</p>
<p>ただ、臭いには特徴があった。</p>
<p>程度は軽いものの、人間の腐乱臭に似ている。</p>
<p>仮に本当に人間の腐敗臭だったら、大変な話になる。</p>
<p>だから私は、確信が持てるまで何も言わなかった。</p>
<p>プロとは、分からないことを分からないと言う人間でもある。</p>
<p>たぶん。</p>
<p>臭いを追っていくと、どうも床下が怪しい。</p>
<p>外へ出て、床下の通気口を確認する。</p>
<p>何箇所かある。</p>
<p>しかし、どれも人間が入れるような大きさではない。</p>
<p>「ここ、臭いませんか？」</p>
<p>私が聞くと、依頼者は顔をしかめた。</p>
<p>「ええ……」</p>
<p>通気口に顔を近づける。</p>
<p>臭い。</p>
<p>室内より濃い。</p>
<p>どうやら臭いの根源は、床下にあるらしい。</p>
<p>そこで、私の頭に嫌な想像が浮かんだ。</p>
<p>――床下に白骨死体でもあったらどうしよう。</p>
<p>そう思った瞬間、動悸が始まった。</p>
<p>自分で想像して、自分で怖くなっている。</p>
<p>実に効率の悪い人間である。</p>
<p>幸い、家人が長期間不在だったため、和室の畳は上げられたままだった。</p>
<p>依頼者に承諾をもらい、床板の一部を剥がす。</p>
<p>そして懐中電灯を持ち、首だけ床下に突っ込んでみる。</p>
<p>暗い。</p>
<p>狭い。</p>
<p>臭い。</p>
<p>三拍子そろっている。</p>
<p>しかも、床下は基礎コンクリートによっていくつもの区画に仕切られている。</p>
<p>一箇所から全部を見ることはできない。</p>
<p>「やっぱり潜らないとダメか……」</p>
<p>心の中で誰かに代わってもらえないかと思った。</p>
<p>しかし、誰も来ない。</p>
<p>当たり前である。</p>
<p>結局、私は床下に潜った。</p>
<p>狭い場所を這って進む。</p>
<p>服は汚れる。</p>
<p>肘も痛い。</p>
<p>そして何より臭い。</p>
<p>「特殊清掃って、もっと社会貢献している感じの仕事だと思っていたんだけどな」</p>
<p>そんなことを考えながら進んでいく。</p>
<p>しばらくして、リビングの床下に、それを見つけた。</p>
<p>動物の死骸だった。</p>
<p>大きさと骨格からすると、犬らしい。</p>
<p>「……犬か」</p>
<p>まず、人間ではなかったことにホッとした。</p>
<p>それだけで、かなり気持ちが楽になった。</p>
<p>ただし、暗くて狭い床下で見る腐乱した犬の死骸は、それなりに強烈だった。</p>
<p>すでに腐敗は進んでいて、ウジもたかっている。</p>
<p>「これか……」</p>
<p>臭いの原因は、間違いなくこれだった。</p>
<p>私は作業を始めた。</p>
<p>骨を拾う。</p>
<p>床下にこびりついた毛や肉を取り除く。</p>
<p>コンクリートを清掃する。</p>
<p>最後に、何か手掛かりになればと思い、汚れた首輪をビニール袋に入れた。</p>
<p>床下から出てきて、それを依頼者に見せた。</p>
<p>「これ、犬の首輪だと思います」</p>
<p>依頼者は、少し気味悪そうに袋を眺めた。</p>
<p>ところが、数秒後。</p>
<p>表情が変わった。</p>
<p>「あ……」</p>
<p>首輪を凝視している。</p>
<p>「これ……」</p>
<p>何度も袋をひっくり返す。</p>
<p>「これ、うちの犬のです」</p>
<p>私は一瞬、意味が分からなかった。</p>
<p>「以前、飼っていた犬ですか？」</p>
<p>「そうです」</p>
<p>聞けば、その犬はかなり高価なブランド犬だったらしい。</p>
<p>犬にもブランドがある。</p>
<p>人間のバッグなら、古くなれば物置に入れられることもあるが、犬の場合は生き物なので、できればそういう扱いはしないでほしい。</p>
<p>ところが、海外赴任が決まった際、依頼者一家は犬をペットショップに引き取ってもらったという。</p>
<p>「海外には連れていけなかったので」</p>
<p>「なるほど」</p>
<p>それ以降、その犬がどうなったのかは知らない。</p>
<p>新しい飼い主に引き取られたのか。</p>
<p>ペットショップに残ったのか。</p>
<p>どこかへ譲渡されたのか。</p>
<p>そこまでは関知していないという。</p>
<p>そして二年後。</p>
<p>その犬が、元の家の床下で死んでいた。</p>
<p>どうしてここに戻ってきたのか。</p>
<p>どうやって戻ってきたのか。</p>
<p>そもそも、本当にこの家に戻ってきたのか。</p>
<p>私には分からない。</p>
<p>依頼者にも分からない。</p>
<p>犬自身にしか分からない。</p>
<p>ただ、少なくとも最後にその犬がいた場所は、以前自分が暮らしていた家だった。</p>
<p>依頼者は、それまでの自慢話が嘘のように静かになっていた。</p>
<p>「この子……」</p>
<p>小さな声で言った。</p>
<p>「ここに戻ってきたんですね」</p>
<p>私は何も答えなかった。</p>
<p>答えられなかった。</p>
<p>犬が何を思っていたのかなんて、分かるはずがない。</p>
<p>「飼い主に会いたかったんですよ」</p>
<p>などと言えば、いかにも感動的だ。</p>
<p>しかし、私はそんなことを簡単に言えるほど純粋でもない。</p>
<p>もしかしたら、ただ偶然だったのかもしれない。</p>
<p>犬には帰巣本能があるという。</p>
<p>嗅覚だって人間よりはるかに優れている。</p>
<p>昔暮らしていた場所を覚えていた可能性もある。</p>
<p>あるいは、たまたまこの家の近くに来て、床下に入り込み、そこで出られなくなっただけかもしれない。</p>
<p>そんな野暮な現実はいくらでも考えられる。</p>
<p>それでも。</p>
<p>死ぬ場所として、この家を選んだように見えてしまう。</p>
<p>私は、ビニール袋の中の首輪を見た。</p>
<p>汚れている。</p>
<p>腐敗臭も染みついている。</p>
<p>ブランド品だったのかどうかなんて、もう分からない。</p>
<p>その首輪を見ながら、妙な気持ちになった。</p>
<p>「お前、ここまで戻ってきたのか」</p>
<p>そんなことを心の中で呟いた。</p>
<p>袋の上から、首輪を撫でてやりたくなった。</p>
<p>もちろん、そんなことをしたら、私まで相当怪しい人間である。</p>
<p>依頼者も何か思うところがあったのだろう。</p>
<p>最初は「臭いを何とかしてほしい」という一点だけだった人が、最後には犬のことばかり気にしているようだった。</p>
<p>作業料金の話をして、必要な説明を終える。</p>
<p>帰り際、依頼者は丁寧に頭を下げた。</p>
<p>来たときとは、少し違う人に見えた。</p>
<p>玄関を出て、私は考えた。</p>
<p>人間は、誰かを裏切ることができる。</p>
<p>犬は、少なくとも人間ほど器用に裏切ることを知らない。</p>
<p>「三日の恩を三年忘れない」という言葉がある。</p>
<p>人間なら、三日どころか、三時間で忘れる人もいる。</p>
<p>逆に犬は、たった一度優しくされたことを、何年経っても覚えていることがあるらしい。</p>
<p>もちろん、これも人間が勝手に作った犬のイメージかもしれない。</p>
<p>犬に「恩」という概念があるのかどうか、私には分からない。</p>
<p>犬の頭の中を覗いた人はいない。</p>
<p>だから、これは犬を美化しているだけなのかもしれない。</p>
<p>それでも私は思う。</p>
<p>少なくとも、人間よりずっと不器用に生きている。</p>
<p>そして、不器用だからこそ、妙にまっとうに見えることがある。</p>
<p>人間は「仕方がなかった」と言いながら、誰かを捨てる。</p>
<p>「生活があるから」</p>
<p>「仕事があるから」</p>
<p>「海外赴任だから」</p>
<p>「面倒を見られないから」</p>
<p>理由はいくらでも作れる。</p>
<p>たいていの裏切りには、もっともらしい理由が付いている。</p>
<p>そして理由がもっともらしいほど、自分自身を納得させるのも簡単になる。</p>
<p>一方、犬はそんな言い訳をしない。</p>
<p>飼い主がいなくなった。</p>
<p>それでも待つ。</p>
<p>帰ってこない。</p>
<p>それでも待つ。</p>
<p>あるいは、帰ろうとする。</p>
<p>そんな単純な行動を、私たちは「忠誠心」なんていう立派な言葉で呼んでいる。</p>
<p>本当は、もっと単純なのかもしれない。</p>
<p>「好きだったから」</p>
<p>ただ、それだけなのかもしれない。</p>
<p>そう考えると、人間のほうがずいぶん複雑だ。</p>
<p>複雑で、賢くて、便利で、そのぶん自分に都合のいい理屈をいくらでも作れる。</p>
<p>私は安っぽいノーブランド人間である。</p>
<p>犬ほど立派でもない。</p>
<p>誰かに三日の恩をもらって、三年覚えていられる自信もない。</p>
<p>それどころか、三日前の昼飯すら思い出せない。</p>
<p>それでも。</p>
<p>せめて、誰かにしてもらったことを「当たり前」にしない人間ではいたいと思う。</p>
<p>誰かを捨てるときに、もっともらしい理由だけで自分を正当化しない人間でいたい。</p>
<p>まあ、そんな立派な人間になれるかどうかは分からない。</p>
<p>なにしろ、床下の犬の死骸を見つけただけで、白骨死体を想像して動悸を起こす程度の人間である。</p>
<p>偉そうなことを言える資格などない。</p>
<p>ただ、あの日以来、街を歩いていると野良犬を目で追うことが増えた。</p>
<p>道端に転がる轢死体を見ても、以前より少しだけ足を止めるようになった。</p>
<p>「こいつは、どこから来たんだろう」</p>
<p>「どこへ帰ろうとしていたんだろう」</p>
<p>そんなことを考える。</p>
<p>もちろん、答えはない。</p>
<p>犬は何も言わない。</p>
<p>死んだ犬は、もっと何も言わない。</p>
<p>それでも、何かを訴えかけているように見えることがある。</p>
<p>「人間さんよ」</p>
<p>「もう少しまっとうに生きろよ」</p>
<p>――と。</p>
<p>私はそのたびに、心の中で返事をする。</p>
<p>「分かってるよ」</p>
<p>「できるだけ、そうするよ」</p>
<p>そして、たぶん今日もまた忘れる。</p>
<p>人間だから。</p>
<p>だからせめて、忘れたことに気づいたら、もう一度思い出そうと思う。</p>
<p>床下から見つかった、あの汚れた首輪のことを。</p>
<p>二年間も誰にも知られず、暗く狭い場所で眠っていた、一匹の犬のことを。</p>
<p>そして最後まで、人間よりずっと不器用だったかもしれない、忠犬のことを。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>特殊清掃「思いやり」を更新いたしました。</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Oct 2026 19:45:56 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[特掃業務で自殺現場に入るとき、事前に「自殺だった」と知らされている現場と、何も知らされずに向かう現場とがある。 どんな現場に対しても、基本的には一定のスタンスで臨むようにしている。とはいえ、自殺と自然死とでは、心の中に生 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>特掃業務で自殺現場に入るとき、事前に「自殺だった」と知らされている現場と、何も知らされずに向かう現場とがある。</p>
<p>どんな現場に対しても、基本的には一定のスタンスで臨むようにしている。とはいえ、自殺と自然死とでは、心の中に生まれる感情がほんの少し違うのかもしれない。</p>
<p>それでも、どんな現場でも比較的冷静に仕事ができる自分を頼もしく思うことがある一方で、「もしかすると、少し冷たすぎるのではないか」と思うこともある。仕事として現場に向き合う以上、感情に引っ張られすぎてはいけない。けれど、人の死が関わっている仕事なのだから、何も感じないわけでもない。</p>
<p>そのあたりは、今でも自分の中で少し複雑なところだ。</p>
<p>私は現場に入ったとき、その第一印象を率直に口にすることが多い。</p>
<p>「これは、かなり大変ですねぇ」</p>
<p>特掃の現場では、だいたいこんな言葉が第一声になる。</p>
<p>決して失礼なつもりではない。本当に、それほど大変な現場だからだ。</p>
<p>何年この仕事を続けても、何件の現場を経験しても、状態の悪い現場を目の前にしたときの「大変だなぁ」という感覚は変わらない。慣れてしまって何も感じなくなる、ということではないのだと思う。</p>
<p>むしろ、何度経験しても「やっぱり大変だ」と思うからこそ、そこに人の暮らしがあったことを忘れずに済んでいるのかもしれない。</p>
<p>あるとき、自殺だったとは知らされずに出向いた現場があった。</p>
<p>汚染箇所を覆っていた新聞紙の範囲が妙に狭く、その部分に面した壁だけが縦長に汚れていた。</p>
<p>「妙な汚れ方だなぁ……」</p>
<p>そう思いながら、汚染箇所の真上を見上げた。</p>
<p>ロープを掛けたと思われる場所に、フックや釘がないか確認したが、それらしいものは見当たらない。</p>
<p>ところが、よく見ると柱に新しい穴がいくつか開いていた。</p>
<p>状況から考えると、何かを掛けていた跡なのだろう。</p>
<p>「そういうことだったのかもしれないな」</p>
<p>私はそう考えた。</p>
<p>ただ、それ以上を遺族に尋ねようとは思わなかった。</p>
<p>もし遺族が事情を話したくないのであれば、私が無理に聞くことではない。私の仕事は、現場をきれいにすることであって、家族の事情を聞き出すことではないからだ。</p>
<p>遺族は、できることなら自殺だったことを周囲に知られたくないのかもしれない。</p>
<p>その気持ちも、分からないではない。</p>
<p>ただでさえ、身近な人が亡くなったというだけで精神的な負担は大きい。そのうえ、亡くなり方についてまで周囲の目を気にしなければならないとなれば、残された家族の苦しさはさらに増してしまう。</p>
<p>特に賃貸住宅の場合は、家主や近隣住民との関係もある。</p>
<p>亡くなった方の家族にとっては、悲しみだけでなく、住宅の原状回復や今後の対応など、現実的な問題まで一気に押し寄せてくる。</p>
<p>「どうしたらいいのか分からない」</p>
<p>そんな状態になってしまうのも、無理はない。</p>
<p>作業を終え、壁や柱を見ながら今後のことを考えていると、遺族の方が私に声を掛けてきた。</p>
<p>どうやら、私が何かに気づいていることは分かっていたらしい。</p>
<p>「お気づきだと思いますが……」</p>
<p>そう言いかけたところで、私は言葉を遮った。</p>
<p>「内装のリフォームもできますから、よかったら一緒に見積もりを出しましょうか」</p>
<p>こんなときは、少しビジネスライクなくらいがちょうどいい。</p>
<p>相手が話したくないことを無理に聞かず、こちらは淡々と、できることを提示する。</p>
<p>それが私なりの、ささやかな思いやりだった。</p>
<p>「きれいに仕上げる自信はありますから。大家さんとは、そのあたりをきちんと打ち合わせしておいたほうがいいですよ」</p>
<p>そんな言葉の中には、「一人で抱え込まなくてもいいですよ」という気持ちもあった。</p>
<p>遺族の方は、ほんの少しだけ表情を緩めたように見えた。</p>
<p>その後、内装のリフォームまで無事に終えた。</p>
<p>現場がきれいになっていくにつれて、そこに住んでいた人の痕跡も少しずつ整理されていく。</p>
<p>仕事としては、それだけのことなのかもしれない。</p>
<p>でも、その「それだけのこと」が、残された人にとっては次へ進むための一歩になることもある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>別の現場では、事前に自殺だったことを知らされていた。</p>
<p>部屋全体に影響が及んでいて、かなり厳しい状態だった。</p>
<p>手首を傷つけたものの思うようにならず、最終的に別の方法を選んだと聞いていた。</p>
<p>現場を見た私は、汚染範囲の広さに思わず息をのんだ。</p>
<p>「これは大変だな……」</p>
<p>頭の中では、まず作業手順や必要な資材、どこから手を付けるかといった仕事の段取りを考えていた。</p>
<p>しかし、その一方で、そこに立っている遺族の姿が目に入った。</p>
<p>現場の状況を目の前にして、精神的にかなり疲弊している様子だった。</p>
<p>とても部屋の中に入って確認できる状態ではない。</p>
<p>本来なら、施工する側と依頼する側が現場を確認し、作業内容や責任範囲を共有することは重要だ。</p>
<p>けれど、目の前の状況を見れば、それを無理に求めることが適切ではない場合もある。</p>
<p>確認をお願いしたところで、さらに精神的な負担を増やしてしまうだけかもしれない。</p>
<p>遺族は、家主や近隣への対応についても、どうすればいいのか分からない様子だった。</p>
<p>心も身体も疲れ切っていたのだと思う。</p>
<p>そんな中、私は作業手順を考えながら、かなり真剣な顔をしていた。</p>
<p>すると、遺族の方が申し訳なさそうに謝ってきた。</p>
<p>「すみません……」</p>
<p>その言葉を聞いた瞬間、私は自分の表情に気づいた。</p>
<p>しまった、と思った。</p>
<p>私にとっては仕事の段取りを考えているだけでも、目の前の遺族からすれば、「大変な現場を見せてしまった」と感じてしまうのかもしれない。</p>
<p>身内の死を受け止めるだけでも精いっぱいなのに、その後始末まで誰かにお願いしなければならない。</p>
<p>そのことに負い目を感じてしまう人は、決して少なくない。</p>
<p>だから私は、できるだけ明るく話すようにしている。</p>
<p>「こういう現場も仕事のうちですから、気にしなくて大丈夫ですよ」</p>
<p>そして、少し冗談めかして、</p>
<p>「私たちはこういう仕事のプロですから。ここは任せてください」</p>
<p>と伝える。</p>
<p>本当は、「あなたが全部背負わなくてもいいですよ」と言いたい。</p>
<p>「今はご自身のことを考えてください」と言いたい。</p>
<p>でも、真正面からそんなことを言うと、かえって重たくなってしまうこともある。</p>
<p>だから私は、少しだけ笑って話す。</p>
<p>それが私流の、ささやかな思いやりだ。</p>
<p>その後、内装リフォームが終わるまで、私はその遺族と何度も顔を合わせることになった。</p>
<p>一つ問題が片付き、また一つ問題が片付く。</p>
<p>そうして日が過ぎていくにつれて、最初は言葉も少なかった遺族の表情が、少しずつ変わっていった。</p>
<p>最初から元気になるわけではない。</p>
<p>けれど、少しずつ現実に向き合えるようになっていく。</p>
<p>その様子を見ていると、「自分の仕事も、ほんの少しは役に立っているのかな」と思えた。</p>
<p>特殊清掃という仕事は、亡くなった人を救うことはできない。</p>
<p>過ぎてしまった時間を戻すこともできない。</p>
<p>家族の悲しみを取り除くこともできない。</p>
<p>私にできるのは、汚れてしまった部屋をきれいにして、残された人がその先へ進むための環境を整えることくらいだ。</p>
<p>でも、ときにはその「くらい」が大切なのだと思う。</p>
<p>人が亡くなったあと、残された家族には、悲しむ時間すら十分に与えられないことがある。</p>
<p>警察への対応、葬儀、各種手続き、家主との話し合い、近隣への対応、部屋の片付け。</p>
<p>悲しみの中で、次から次へと現実的な問題が降ってくる。</p>
<p>そんなとき、せめて現場のことだけでも「任せてください」と言える人間がいる。</p>
<p>それだけでも、少しは違うのではないだろうか。</p>
<p>自殺という言葉には、どうしても重さがある。</p>
<p>だからこそ、私は遺族に余計な罪悪感まで背負わせたくないと思っている。</p>
<p>故人の行動について、残された家族がすべての責任を負う必要はない。</p>
<p>「あのとき、もっと何かできたのではないか」</p>
<p>「自分に何か足りなかったのではないか」</p>
<p>そんな思いを抱えてしまう人もいるだろう。</p>
<p>けれど、人の心の内側は、家族であってもすべて理解できるものではない。</p>
<p>まして、亡くなった本人が何を考えていたのかを、残された人間が完全に知ることはできない。</p>
<p>だから私は、現場を見るたびに考える。</p>
<p>「故人には、残される人たちへの思いやりを、もう少し持っていてほしかった」</p>
<p>そう思うこともある。</p>
<p>一方で、</p>
<p>「もし故人が、生きている間に誰かからもう少し思いやりを感じられていたら、何か違っていたのだろうか」</p>
<p>と考えることもある。</p>
<p>ただ、答えは分からない。</p>
<p>おそらく、誰にも分からない。</p>
<p>だからこそ、簡単に「こうすればよかった」と決めつけることもできない。</p>
<p>自殺の理由を外から勝手に決めることも、残された家族を責めることも、亡くなった人を一方的に評価することも、私にはできない。</p>
<p>私にできるのは、目の前にいる人に対して、少しだけ思いやりを持つこと。</p>
<p>余計なことを聞かない。</p>
<p>必要なことはきちんと伝える。</p>
<p>できることは「任せてください」と言う。</p>
<p>そして、ときには少し笑ってもらう。</p>
<p>特殊清掃の仕事をしていると、人の死を目の前にする機会が多い。</p>
<p>だからといって、死に慣れてしまってはいけないと思っている。</p>
<p>現場に慣れることと、人の死に慣れることは別物だからだ。</p>
<p>私はこれからも、現場を見れば「これは大変だなぁ」と思うだろう。</p>
<p>そして、必要な仕事を淡々と進めるだろう。</p>
<p>そんな自分を、冷たい人間だと思うこともあるかもしれない。</p>
<p>でも、もしその冷静さが、誰かの負担を一つ減らすことにつながるのなら、それもこの仕事に必要なものなのだと思いたい。</p>
<p>特殊清掃とは、ただ汚れを落とす仕事ではない。</p>
<p>残された人が、もう一度その部屋の外へ出ていくために、現実的な問題を一つずつ片付けていく仕事でもある。</p>
<p>大げさなことはできない。</p>
<p>人生を救うこともできない。</p>
<p>それでも、</p>
<p>「ここは私たちがやりますから」</p>
<p>と笑って言える人間でありたい。</p>
<p>それが、私にできる小さな思いやりなのだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>特殊清掃「ホスピタル」を更新いたしました。</title>
		<link>https://www.humancare.jp/popular_content/popular_content_18374/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Oct 2026 19:07:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[この仕事をしていると、夜中に電話が鳴ることがある。 寝ていても、まるでずっと起きていたかのように電話に出られるという、あまり嬉しくない特技が身についた。 「はい、もしもし」 声だけは妙に普通である。 しかし、実際には数秒 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>この仕事をしていると、夜中に電話が鳴ることがある。</p>
<p>寝ていても、まるでずっと起きていたかのように電話に出られるという、あまり嬉しくない特技が身についた。</p>
<p>「はい、もしもし」</p>
<p>声だけは妙に普通である。</p>
<p>しかし、実際には数秒前まで布団の中で夢を見ていた。場合によっては、夢の続きを見ながら電話に出ていることさえある。</p>
<p>一年を通して考えれば、夜中の出動はそれほど多くない。</p>
<p>ところが、何故だか続くときは続く。</p>
<p>一度、二度ならいい。</p>
<p>三度、四度と続いてくると、</p>
<p>「……冗談？」</p>
<p>と思う。</p>
<p>昼間は昼間で普通に仕事がある。夜中に出動したからといって、翌朝から世の中が私の都合に合わせて休んでくれるわけではない。</p>
<p>人間、寝不足が続けば当然つらい。</p>
<p>だから、深夜に電話が鳴った瞬間、</p>
<p>「お電話ありがとうございます！」</p>
<p>などという爽やかな気持ちには、なかなかなれない。</p>
<p>正直なところ、</p>
<p>「ありがたいけど、今じゃなくてもよかったんじゃない？」</p>
<p>と思ってしまうこともある。</p>
<p>ありがた迷惑というやつである。</p>
<p>もっとも、電話の向こうにいるのは、私よりもっと大変な状況にいる人たちだ。</p>
<p>そう考えると、文句を言っている場合ではない。</p>
<p>眠い目をこすりながら、</p>
<p>「はい、伺います」</p>
<p>となる。</p>
<p>これも仕事である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>遺体搬送の仕事では、特掃業務とは違ってスーツを着る。</p>
<p>喪服ではない。</p>
<p>普通の仕事用のスーツだ。</p>
<p>だから、夜中に電話が鳴ると、そこから身支度が始まる。</p>
<p>寝癖を直す。</p>
<p>顔を洗う。</p>
<p>着替える。</p>
<p>必要なものを確認する。</p>
<p>髪の毛が爆発したまま病院へ行くわけにもいかない。</p>
<p>しかし、病院へのお迎えは一分一秒を争うことが多い。</p>
<p>だから、のんびり身支度をしている暇はない。</p>
<p>「だったらスーツを着たまま寝ればいいじゃないか」</p>
<p>と思う人もいるかもしれない。</p>
<p>いや、それでは眠れない。</p>
<p>スーツを着て寝るくらいなら、夜中の電話に出る前からすでに疲れてしまう。</p>
<p>電話を切ったら、できるだけテキパキと身支度を整えて出発する。</p>
<p>眠気を覚ます暇もない。</p>
<p>車に乗ってしばらくしてから、</p>
<p>「……俺、今ちゃんと起きてるよな？」</p>
<p>と自問する。</p>
<p>幸い、運転中に寝たことはない。</p>
<p>そこだけはプロ意識が勝っているらしい。</p>
<p>そして病院に着く。</p>
<p>同じ建物なのに、夜中の病院は昼間とはまったく違う顔をしている。</p>
<p>抽象的な表現になるけれど、昼間の病院には「生」を感じる。</p>
<p>人が歩いている。</p>
<p>看護士が走っている。</p>
<p>患者がいる。</p>
<p>家族がいる。</p>
<p>話し声がある。</p>
<p>車が出入りする。</p>
<p>ところが夜になると、それらが一気に少なくなる。</p>
<p>静かになる。</p>
<p>そして、妙なことに「死」を感じる。</p>
<p>もちろん、病院から死人が出るのは夜に限った話ではない。</p>
<p>昼間だって亡くなる人はいる。</p>
<p>それでも、シーンと静まり返った夜中の病院には、人の死を感じさせる独特の雰囲気がある。</p>
<p>大きな病院なら、夜勤の医師や看護士、警備員などがいる。</p>
<p>廊下にも適度に明かりがついている。</p>
<p>人の気配があるだけで、こちらも安心する。</p>
<p>ところが小さな病院になると、そうはいかない。</p>
<p>人の気配がない。</p>
<p>非常灯だけが緑色に光っている。</p>
<p>インターフォンを押しても誰も出てこない。</p>
<p>「……誰かいませんか？」</p>
<p>と大声を出すわけにもいかない。</p>
<p>仕方なく、建物の中を探して歩く。</p>
<p>自分の靴音だけが廊下に響く。</p>
<p>コツ、コツ、コツ。</p>
<p>普段なら何でもない自分の靴音が、夜中の病院では妙に存在感を持つ。</p>
<p>しかも、入院患者が寝ている。</p>
<p>できるだけ物音を立てないように歩く。</p>
<p>「こんばんはー！」</p>
<p>なんて大声を出すこともできない。</p>
<p>死人を迎えに来た人間が、病院の廊下を大声で歩き回っていたら、それこそ迷惑である。</p>
<p>だから、静かに人を探す。</p>
<p>自分でも何をしているのか分からなくなる瞬間がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>小さな病院には、きちんとした霊安室がない場合もある。</p>
<p>あるいは、亡くなって間もないため、わざわざ霊安室へ移動せず、病室から直接搬出することもある。</p>
<p>個室ならまだいい。</p>
<p>問題は相部屋である。</p>
<p>他の患者さんが寝ている横を、ストレッチャーを押して通る。</p>
<p>こちらは悪いことをしに来たわけではない。</p>
<p>仕事で来ているだけだ。</p>
<p>それでも、何となく気まずい。</p>
<p>考えてみれば、私は不思議な存在である。</p>
<p>死人がいないところには、基本的に出てこない。</p>
<p>死人がいるところにだけ現れる。</p>
<p>これから病気を治して元気になろうとしている患者さんから見れば、私は死神のようなものかもしれない。</p>
<p>あるいは、</p>
<p>「縁起でもない奴」</p>
<p>「できれば会いたくない人」</p>
<p>「招かざる客」</p>
<p>くらいには思われるかもしれない。</p>
<p>こちらとしても、できれば存在感を消していたい。</p>
<p>だから、作業はできるだけ短時間で、シンプルに済ませるようにしている。</p>
<p>ただし、遺族の心情への配慮は必要だ。</p>
<p>早ければいいというものでもない。</p>
<p>遺体搬送は単なる「物を運ぶ仕事」ではない。</p>
<p>そこには、亡くなった人と、その人を見送る家族がいる。</p>
<p>だから、効率と配慮。</p>
<p>この二つのバランスが難しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その夜の遺体は、中年の男性だった。</p>
<p>体格のいい人だった。</p>
<p>そして、濃い黄疸が出ていた。</p>
<p>医学に関しては素人なので、私の判断は非常に単純である。</p>
<p>黄疸を見る。</p>
<p>↓</p>
<p>「肝臓かな？」</p>
<p>↓</p>
<p>「肝臓病？」</p>
<p>↓</p>
<p>「肝癌、肝硬変、肝炎……」</p>
<p>↓</p>
<p>「肝炎ならウイルス性肝炎もあるな」</p>
<p>だいたいこの程度である。</p>
<p>医学の専門家から見れば、</p>
<p>「お前の医学知識はファミレスのメニューか！」</p>
<p>と突っ込まれるかもしれない。</p>
<p>もちろん、黄疸だけで死因や感染症を判断できるわけではない。</p>
<p>そんなことは分かっている。</p>
<p>ただ、私の場合、遺体衛生については「悪い方に考えて備える」ということにしている。</p>
<p>その方が、自分のリスクを下げられるからだ。</p>
<p>だから、この男性に触れるときも手袋を着用した。</p>
<p>そもそも私は、どんな遺体であっても最初から素手では触らない。</p>
<p>外見がきれいだろうが、死因が何だろうが、感染の危険性が高そうだろうが低そうだろうが、最初に触るときは手袋をする。</p>
<p>これは私の中で決めている。</p>
<p>問題は、看護士や遺族が手袋をしていない場合である。</p>
<p>看護士や遺族の方が、その遺体についてはるかに詳しい。</p>
<p>当然、病院側には感染対策上の判断がある。</p>
<p>だから、</p>
<p>「なんで私だけ手袋なんだ？」</p>
<p>という話でもない。</p>
<p>それでも、私は一線を引く。</p>
<p>そこだけは少しドライである。</p>
<p>ただし、遺族に嫌な思いをさせないよう、手袋の使い方や態度には気をつける。</p>
<p>いかにも、</p>
<p>「この遺体、危険です！」</p>
<p>というような雰囲気を出してはいけない。</p>
<p>遺族からすれば、亡くなった家族である。</p>
<p>こちらが妙な反応をすれば、それだけで傷つけてしまう可能性がある。</p>
<p>この黄疸の男性の場合、看護士も遺族も素手だった。</p>
<p>ただ、看護士は遺体に指一本触れなかった。</p>
<p>私は、どこの病院でも、遺体に対する看護士の態度や行動をかなり注意して見ている。</p>
<p>やはり、遺族や看護士が近寄らない遺体というのは、不気味である。</p>
<p>もちろん、それだけで何かを判断できるわけではない。</p>
<p>それでも、</p>
<p>「何か理由があるのかな」</p>
<p>とは思う。</p>
<p>そして、そういうときほど、こちらは慎重になる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以前から思っていることだが、死体に関わる仕事というのは、精神力と根性だけでは務まらない。</p>
<p>ある程度の医学的知識も必要になる。</p>
<p>たとえば、C型肝炎ウイルスについても、一般的な知識として知っておいた方がいい。</p>
<p>特に中高年層では、過去の医療事情などから感染している人がいても不思議ではなく、検査が勧められている。</p>
<p>昔は医療現場で注射針の扱いが現在ほど厳格ではなかった時代もあった。</p>
<p>そういう歴史を知っているだけでも、遺体に対する自分の備え方は変わる。</p>
<p>もちろん、年齢だけで感染の有無を判断できるわけではない。</p>
<p>病名を当てる仕事でもない。</p>
<p>それでも、死体を扱う側には、</p>
<p>「何も知らない」</p>
<p>では済まされない部分がある。</p>
<p>感染症についての基本的な知識。</p>
<p>血液や体液に対する注意。</p>
<p>防護具の使い方。</p>
<p>衛生管理。</p>
<p>そういう知識が自分自身を守る。</p>
<p>「俺は根性があるから大丈夫」</p>
<p>ではダメなのだ。</p>
<p>根性でウイルスは消えてくれない。</p>
<p>これはかなり重要なポイントである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、夜中に遺体を搬送していても、私はそれほど怖くない。</p>
<p>後ろに死体が乗っている。</p>
<p>そう考えると怖そうだが、仕事として慣れてしまえば、意外と普通である。</p>
<p>夜道を走っていると、途中でコンビニに寄りたくなることもある。</p>
<p>そして、ぼんやりしていると、</p>
<p>「あ、コーヒー買おうかな」</p>
<p>などと思う。</p>
<p>その瞬間、</p>
<p>「……いや、後ろにいるじゃん」</p>
<p>となる。</p>
<p>遺体を積んでいることを忘れている。</p>
<p>人間、慣れるというのは恐ろしい。</p>
<p>ある意味、私の中では、</p>
<p>「死体を積んだ車」</p>
<p>ではなく、</p>
<p>「荷物を積んだ車」</p>
<p>に近い感覚になっているのかもしれない。</p>
<p>もちろん、荷物と遺体はまったく違う。</p>
<p>だからこそ、仕事として扱うためには、ある程度の割り切りが必要なのだと思う。</p>
<p>感情移入しすぎても仕事にならない。</p>
<p>かといって、ただの荷物として扱えば、それはそれで人として何かを失ってしまう。</p>
<p>その間を行ったり来たりしながら仕事をしている。</p>
<p>そんな感じである。</p>
<p>ただ、一つだけ気をつけていることがある。</p>
<p>ルームミラーは見えないようにしている。</p>
<p>後部の荷台が映らないようにしているのだ。</p>
<p>別に、後ろを見たら幽霊がいると思っているわけではない。</p>
<p>いや、思っていない。</p>
<p>思っていないけれど……。</p>
<p>もし夜中、誰も乗っていないはずの後部荷台に、</p>
<p>「何か妙なもの」</p>
<p>が映ったら。</p>
<p>それはちょっと困る。</p>
<p>仕事柄、死体には慣れている。</p>
<p>感染対策にも気をつけている。</p>
<p>夜中の病院を一人で歩くことにも慣れている。</p>
<p>それでも、バックミラーに説明のつかない何かが映るのは、できれば遠慮したい。</p>
<p>死体は動かないから怖くない。</p>
<p>動かないという安心感がある。</p>
<p>だから、私は死体よりも「動くかもしれない何か」の方が苦手なのかもしれない。</p>
<p>結局、人間というのは、どれだけ死に慣れても、生きているもの、あるいは生きているように見えるものには弱い。</p>
<p>夜中の病院を歩き、遺体を搬送し、感染症に気をつけ、遺族に配慮しながら仕事をする。</p>
<p>そして帰る。</p>
<p>家に着けば、また普通の日常に戻る。</p>
<p>死体業をしているからといって、毎日死について考えているわけではない。</p>
<p>むしろ、仕事が終われば忘れていることも多い。</p>
<p>それでいいのだと思う。</p>
<p>死に慣れすぎてはいけない。</p>
<p>かといって、毎回すべてを真正面から受け止めていたら、こちらの精神が持たない。</p>
<p>だから、少しだけ距離を置く。</p>
<p>少しだけドライになる。</p>
<p>その代わり、必要なところではきちんと配慮する。</p>
<p>手袋をする。</p>
<p>衛生に気をつける。</p>
<p>遺族の前では余計なことを言わない。</p>
<p>病院では静かにする。</p>
<p>そして、夜中の電話が鳴ったら、</p>
<p>「……冗談？」</p>
<p>と思いながらも起きる。</p>
<p>それでも起きて、スーツを着て、車を出す。</p>
<p>これが私の仕事である。</p>
<p>死神と呼ばれても仕方がないような仕事だが、実際にやっていることは、亡くなった人を家族のもとへ、あるいは次の場所へ送り届けることだ。</p>
<p>怖がらせるためでもない。</p>
<p>死を演出するためでもない。</p>
<p>ただ、誰かが亡くなったあとに必要になる仕事を、淡々とやっている。</p>
<p>だから今夜も、もし電話が鳴ったら起きる。</p>
<p>できれば鳴らないでほしい。</p>
<p>本音を言えば、朝までぐっすり寝ていたい。</p>
<p>しかし、鳴ったら出る。</p>
<p>そして、できるだけ静かに、できるだけ丁寧に、また一人を送り届ける。</p>
<p>……ただし、ルームミラーだけは見ない。</p>
<p>そこだけは、今後も変えるつもりはない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>特殊清掃「お化け屋敷」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Oct 2026 18:58:37 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[人それぞれに、怖いもの、あるいは苦手なものを持っていると思う。 私の場合は、高所、蛇、歯医者、お金、心霊写真、暗闇……。 こうして並べてみると、どうも統一感がない。 高所と蛇と歯医者までは、まあ分かる。 お金については「 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>人それぞれに、怖いもの、あるいは苦手なものを持っていると思う。</p>
<p>私の場合は、高所、蛇、歯医者、お金、心霊写真、暗闇……。</p>
<p>こうして並べてみると、どうも統一感がない。</p>
<p>高所と蛇と歯医者までは、まあ分かる。<br />
お金については「怖い」というより「ないのが怖い」ので、少し種類が違うかもしれない。</p>
<p>当然、この中に「死体」は入らない。</p>
<p>死体を見て気持ち悪いと思うことはある。しかし、怖いとは思わない。<br />
むしろ道端に転がっている動物の轢死体のほうが苦手だ。</p>
<p>見つけると、いつも目を背けて通り過ぎる。</p>
<p>「ごめん、見なかったことにする」</p>
<p>心の中でそう言って、その場を離れる。</p>
<p>一方、一般の人にとって「人間の死体」は、怖いものランキングのかなり上位に入るらしい。</p>
<p>なぜなのだろう。</p>
<p>そこを掘り下げていくと、案外面白いことが見えてくる。</p>
<p>人間は、死そのものだけではなく、「死をイメージさせるもの」を本能的に嫌うのではないだろうか。</p>
<p>葬儀や墓、忌み言葉、死を連想させる数字や習俗など、世の中には「死」を遠ざけようとするものがたくさんある。</p>
<p>死から逃げたい。<br />
死を考えたくない。<br />
できれば自分には関係ないことにしておきたい。</p>
<p>そう考えるのは、まあ当然だろう。</p>
<p>ところが、そんな私がある夜、「死体より怖いもの」を見てしまった。</p>
<p>正確には、見たと思い込んでしまった。</p>
<p>ある日の夕方、特殊清掃の依頼が入った。</p>
<p>「できるかぎり早く現場を見てほしい」</p>
<p>とのことだった。</p>
<p>何の仕事が入るか分からないので、昼間の予定はできるだけ業務用に空けておきたい私は、その日の夜に現場を見ることにした。</p>
<p>「鍵は開いているので、勝手に入っていいですよ」</p>
<p>とのこと。</p>
<p>ありがたいような、ありがたくないような話である。</p>
<p>現場に着いた頃には、外はもう真っ暗だった。</p>
<p>目的の家は、老朽化した狭小住宅。</p>
<p>電気はすでに止まっている。</p>
<p>つまり、家の中も真っ暗。</p>
<p>頼りになるのは懐中電灯だけだった。</p>
<p>庭には手入れされていない木々が鬱蒼と茂っている。外灯もない。</p>
<p>淡い月明かりが、その木々の隙間から地面を照らしている。</p>
<p>こういう場所に一人で立っていると、普段なら気にもしないものまで意味ありげに見えてくる。</p>
<p>風に揺れる枝。</p>
<p>軋むトタン。</p>
<p>どこかで鳴く虫。</p>
<p>全部が「何かいるぞ」と主張しているように感じる。</p>
<p>もちろん、何もいない。</p>
<p>……たぶん。</p>
<p>玄関の前に立っただけで、いつもの腐乱臭を感じた。</p>
<p>特殊清掃をやっていると、腐敗臭そのものにはある程度慣れてくる。</p>
<p>もちろん好きではない。</p>
<p>好きな人がいたら、それはそれで問題だと思う。</p>
<p>「今日は普通の現場、普通の現場」</p>
<p>そう自分に言い聞かせ、余計なことを考えないようにして玄関ドアを開けた。</p>
<p>そして、誰もいるはずのない家に、いつものように、</p>
<p>「ごめんくださ～い」</p>
<p>と言いながら入った。</p>
<p>この「ごめんくださ～い」は、もはや癖である。</p>
<p>誰もいないのだから、返事があるはずもない。</p>
<p>それでも言ってしまう。</p>
<p>ひょっとすると、仕事の開始を自分自身に知らせる儀式なのかもしれない。</p>
<p>狭い屋内には、ゴミなのか生活用品なのか、もはや区別がつかないものが散乱していた。</p>
<p>足の踏み場もない。</p>
<p>まずは腐敗箇所を探し、汚染具合を確認する。</p>
<p>腐乱死体の現場としては、まあ並のレベルだった。</p>
<p>ウジはいる。</p>
<p>しかし、いつもなら飛び回っているハエは少ない。</p>
<p>その代わり、蜘蛛の巣と蚊がやたらと多い。</p>
<p>「今日は二軍メンバーでお迎えですか」</p>
<p>などと心の中でツッコミを入れながら、現場を確認していく。</p>
<p>廃棄するゴミの量も把握しなければならない。</p>
<p>押し入れも確認する。</p>
<p>建て付けの悪い襖をガタガタさせながら開けた。</p>
<p>その瞬間、</p>
<p>「あ゛ッ！」</p>
<p>暗闇の中に、人の首があった。</p>
<p>心臓が一瞬止まった。</p>
<p>……ような気がした。</p>
<p>押し入れの中には、頭部だけのマネキンがいくつも並べられていた。</p>
<p>「なんでこんなもん持ってんだよ！」</p>
<p>思わず声が出た。</p>
<p>「ドリフのコントじゃないんだから、こんなもんで脅かさないでくれよぉ」</p>
<p>もちろん、マネキンに悪気はない。</p>
<p>彼らはただ、そこに置かれていただけだ。</p>
<p>悪いのは、暗闇の中でいきなり人間の首を見せられた私の精神状態である。</p>
<p>心臓の鼓動がなかなか静まらない。</p>
<p>勢いよく襖を閉めた。</p>
<p>「……これはゴミでいいだろ」</p>
<p>誰に言うでもなく呟いた。</p>
<p>ところが、その直後だった。</p>
<p>どこからか、</p>
<p>「キィー……キィー……」</p>
<p>という音が聞こえてきた。</p>
<p>泣き声のような音だった。</p>
<p>「ドキッ！」</p>
<p>心臓が再び高鳴る。</p>
<p>気のせいだ。</p>
<p>そう思って無視しようとした。</p>
<p>しかし、確かに聞こえる。</p>
<p>「キィー……キィー……」</p>
<p>どうやら一階の流し台のほうからだ。</p>
<p>放っておくわけにもいかない。</p>
<p>嫌々ながら、音のするほうへ向かった。</p>
<p>流し台の収納スペース。</p>
<p>ここですか。</p>
<p>嫌な予感しかしない。</p>
<p>恐る恐る戸を開けた。</p>
<p>「あ゛〓ッ！」</p>
<p>今度は本当に悲鳴が出た。</p>
<p>いくつものネズミ捕り、粘着シートに、無数のネズミがかかっていた。</p>
<p>もがいている。</p>
<p>逃げようとしている。</p>
<p>中にはすでに死んで腐っているものもいる。</p>
<p>それは、それは悲惨な状態だった。</p>
<p>「……見なかったことにしよう」</p>
<p>全身に鳥肌が立った。</p>
<p>私は機械的に戸を閉めた。</p>
<p>見なかったことにはできていない。</p>
<p>しかし、見たことにしなければいい。</p>
<p>特殊清掃員にも、心の防衛本能はある。</p>
<p>一階の見分を終え、次は二階。</p>
<p>ここまで来ると、さすがに心身ともに疲れていた。</p>
<p>脅されすぎたせいなのか、気を張りすぎたせいなのか、身体にも力が入らない。</p>
<p>「もう少しの辛抱」</p>
<p>そう自分に言い聞かせ、暗くて狭い急階段を見上げた。</p>
<p>そして――</p>
<p>「あ゛〓〓ッ！」</p>
<p>今度は声にならなかった。</p>
<p>階段の上。</p>
<p>暗闇の中。</p>
<p>そこに、人の顔が浮かんでいた。</p>
<p>じーっと、こちらを見ている。</p>
<p>動かない。</p>
<p>しかし、こちらに近づいてくるような気配がする。</p>
<p>「うわぁぁぁ！」</p>
<p>声にならない悲鳴を上げ、私は家から飛び出した。</p>
<p>全身に悪寒が走った。</p>
<p>息が吸えない。</p>
<p>心臓が猛烈な勢いで動いている。</p>
<p>「とうとう見てしまった……」</p>
<p>霊感がないことが、少ない取り柄の一つだった。</p>
<p>その取り柄を、この日失った。</p>
<p>……いや、失ったと思った。</p>
<p>家の外でしばらく呆然としていた。</p>
<p>もう一度中に入るなんて、とてもできない。</p>
<p>しかし仕事である。</p>
<p>本来なら二階も確認しなければならない。</p>
<p>でも無理。</p>
<p>これは無理。</p>
<p>結局、二階については、間取りと遺族から聞いた話、それに一階の状況を考え合わせて想像で見積もることにした。</p>
<p>幸い、肝心の腐敗痕は一階だった。</p>
<p>そこだけは助かった。</p>
<p>腐敗痕は、さすがに想像では見積もれない。</p>
<p>後から分かったことだが、頭部が当たっていたと思われる段ボール箱は丸く凹んでいて、腐敗液にくっついた頭皮と頭髪が残っていた。</p>
<p>そして、大量のウジ。</p>
<p>一般の人にとっては、こちらのほうがよっぽど恐ろしいだろう。</p>
<p>しかし私にとっては、どうということはない。</p>
<p>いや、正確には気持ち悪い。</p>
<p>でも怖くはない。</p>
<p>それよりも気になって仕方がないのは、二階で見た「あれ」だった。</p>
<p>さて、施工の日が来た。</p>
<p>夜に見たときとは違い、昼間である。</p>
<p>太陽も出ている。</p>
<p>明るい。</p>
<p>なのに、なんだかイヤ～な気分だった。</p>
<p>一階の汚染箇所から、いつもの流れで作業を始める。</p>
<p>淡々と片付けていく。</p>
<p>一階をほぼ終えたところで、いよいよ問題の二階。</p>
<p>階段を見上げる。</p>
<p>……行きたくない。</p>
<p>仕事だから行く。</p>
<p>でも行きたくない。</p>
<p>ウジじゃあるまいし、いつまでもウジウジしていても仕方がない。</p>
<p>意を決して、恐る恐る階段の上を見た。</p>
<p>すると――</p>
<p>「あれ？」</p>
<p>壁に、モノクロ写真が掛けてある。</p>
<p>人の顔だった。</p>
<p>おそらく、ご先祖の遺影だろう。</p>
<p>「あ～……」</p>
<p>一気に力が抜けた。</p>
<p>「な～んだ。そういうことかぁ」</p>
<p>夜は、それが外から差し込む淡い月明かりにぼんやり照らされていた。</p>
<p>しかも暗闇の中だったので、顔だけが宙に浮いているように見えたのだろう。</p>
<p>さらに、こちらから見れば階段の先にあるので、遠近感も狂う。</p>
<p>「なるほどねぇ」</p>
<p>納得した。</p>
<p>……とはいえ、少しだけ引っかかる。</p>
<p>「ちょっと顔が違うような……」</p>
<p>「あのときは、もっと近くに見えたような……」</p>
<p>しかし、人間の記憶なんてそんなものだ。</p>
<p>暗闇でパニックになった人間の記憶ほど、信用できないものはない。</p>
<p>私は深く考えないことにした。</p>
<p>とりあえず、「正体は写真だった」と決めた。</p>
<p>それで十分である。</p>
<p>遺族からは、</p>
<p>「家の中の物は全部ゴミです。全部捨てていいです」</p>
<p>と言われていた。</p>
<p>しかし、その遺影だけは捨てる気になれなかった。</p>
<p>ご先祖の写真までゴミ袋に入れるのは、なんとなく違う気がした。</p>
<p>そこで梱包して、遺族に渡すことにした。</p>
<p>二階で遺影を包んでいるときだった。</p>
<p>突然、</p>
<p>「ポン、ポン」</p>
<p>と、誰かに背中を軽く叩かれた。</p>
<p>「ん？」</p>
<p>思わず身体が固まった。</p>
<p>でも、私は振り返らなかった。</p>
<p>なぜなら、そこには私のほかに誰もいないはずだったからだ。</p>
<p>……はい。</p>
<p>誰もいない「はず」だった。</p>
<p>私はそのまま作業を続けた。</p>
<p>背中を叩いた正体については、今でも考えないことにしている。</p>
<p>風だったのかもしれない。</p>
<p>何かが落ちたのかもしれない。</p>
<p>服がどこかに触れたのかもしれない。</p>
<p>あるいは、私の身体が疲れすぎていて、勝手にそう感じただけかもしれない。</p>
<p>たぶん、そうだ。</p>
<p>きっとそうだ。</p>
<p>そういうことにしておこう。</p>
<p>特殊清掃の仕事をしていると、「怖くないんですか？」と聞かれることがある。</p>
<p>確かに、一般の人が怖いと思うものを見慣れている部分はある。</p>
<p>でも、だからといって何でも平気なわけではない。</p>
<p>死体や腐敗現場は仕事として見られる。</p>
<p>ウジもハエも臭いも、ある程度は「処理すべき対象」として見ることができる。</p>
<p>ところが、暗闇の中に突然浮かぶ人の顔となると話は別だ。</p>
<p>しかも、それが本当に人の顔なのか、写真なのか、マネキンなのか、それとも別の何かなのか分からない。</p>
<p>人間は「分からないもの」に一番恐怖を感じるのかもしれない。</p>
<p>そう考えると、私が怖かったのは「幽霊」ではなかった。</p>
<p>幽霊かもしれない、という「分からなさ」だったのだろう。</p>
<p>そして、最後に背中を叩いたものについても、私は今でも「分からないまま」にしている。</p>
<p>そのほうが、ある意味では都合がいい。</p>
<p>正体を知ってしまえば、怖くなくなる。</p>
<p>だから、あの日二階で見た顔も、遺影だった。</p>
<p>背中を叩いたのも、何かの偶然だった。</p>
<p>それでいい。</p>
<p>そうでなければ困る。</p>
<p>ただ一つだけ、今でも思うことがある。</p>
<p>もし、あの遺影のご先祖さんが本当に私の背中を叩いたのだとしたら――</p>
<p>せめて、</p>
<p>「ご苦労さん」</p>
<p>くらい言ってほしかった。</p>
<p>「ポンポン」と二回だけでは、こちらとしては余計に気になる。</p>
<p>特殊清掃員にも、心臓は一個しかないのだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>特殊清掃「線香花火」を更新いたしました。</title>
		<link>https://www.humancare.jp/popular_content/popular_content_18341/</link>
					<comments>https://www.humancare.jp/popular_content/popular_content_18341/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Oct 2026 18:53:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[私は、夏の夜の花火が好きだ。 中でも、夜空いっぱいに咲く打ち上げ花火が好きだ。 時間が合わなくて、ここ何年も花火大会には行っていないけれど、遠くで「ドン！」という音が聞こえたり、テレビで花火の映像を見たりすると、いまだに [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私は、夏の夜の花火が好きだ。</p>
<p>中でも、夜空いっぱいに咲く打ち上げ花火が好きだ。<br />
時間が合わなくて、ここ何年も花火大会には行っていないけれど、遠くで「ドン！」という音が聞こえたり、テレビで花火の映像を見たりすると、いまだに少し胸が躍る。</p>
<p>ドン！と上がったかと思えば、パッと開き、サラッと消えていく。</p>
<p>音に迫力があり、火花には華があり、そして去り際には潔さがある。<br />
「私はここに咲きましたよ」と言わんばかりに夜空を占領しておきながら、いつまでも居座らない。その潔さがいい。</p>
<p>しかも、花火というものは、妙に人間的だ。</p>
<p>まず目に入って、それから少し遅れて音が届く。<br />
光と音が同時ではない。私たちは「ドン！」という音を聞いたときには、すでにその花火を見てしまっている。</p>
<p>考えてみれば、人間の人生も似たようなものかもしれない。</p>
<p>本人が生きている最中には、なかなかその人の人生の全体像は見えない。ところが、その人がいなくなってから、「あの人は、ああいう人生だったのだな」と、残された者たちが後から意味をつけ始める。</p>
<p>花火が消えてから、少し遅れて音が届くように。</p>
<p>そんなことを考えると、花火に人の生き死にが重なって見えてくる。</p>
<p>日本文化の中では、もしかすると、花火には日本男児的な「男らしさ」のようなものまで漂っているのかもしれない。</p>
<p>ドンと上がって、パッと咲いて、サッと散る。</p>
<p>未練がましくない。<br />
泣き言を言わない。<br />
自分の存在を大声で説明することもない。</p>
<p>「見たか！」と一瞬だけ夜空に言い放ち、あとは何事もなかったように消えていく。</p>
<p>男らしいといえば、確かに男らしい。</p>
<p>ただ、私の場合は、そこまで格好よくはいかない。</p>
<p>玉の大きさも、上がる高さも人それぞれ違うけれど、誰の人生にも、きっとそれなりの「華」がある。</p>
<p>では、そういう私は、いったいいつ頃が華だったのだろう。</p>
<p>若い頃だったのか。<br />
何かに夢中になっていた頃だったのか。<br />
仕事や遊びに勢いがあった頃だったのか。</p>
<p>それとも、華はこれから来るのだろうか。</p>
<p>あるいは、生きていること自体が華だったりして……ね。</p>
<p>そう思うことにしておけば、今さら人生のピークが過ぎていたとしても、少し気が楽になる。</p>
<p>「ピークはまだ来ていない」と言い張るのも、自己管理の一種かもしれない。</p>
<p>もっとも、世の中には、自分の人生を管理するのが上手な人もいれば、私のように、管理される側に回ったほうが楽な人間もいる。</p>
<p>先日、壮年の男性が亡くなった。</p>
<p>死因は糖尿病だった。</p>
<p>どんな病気でも闘病は辛く苦しい。少なくとも、快く楽しいものではないだろう。</p>
<p>糖尿病の場合、食事制限や運動など、日々の生活そのものを見直さなければならない。好きなものを好きなだけ食べる、面倒だから動かない、今日は疲れたから明日にする――そういう小さな「まあ、いいか」が積み重なっていく。</p>
<p>そして人間というものは、恐ろしいほど「まあ、いいか」が得意である。</p>
<p>私など、その才能にはかなり自信がある。</p>
<p>故人が医師の忠告を軽く見ていたのか、節制ができなかったのか、それは分からない。</p>
<p>ただ、遺族の話を聞く限りでは、本人も家族も、まさか死に至るほど深刻な状況になるとは思っていなかったらしい。</p>
<p>「まさか、そんなことになるとは」</p>
<p>人が亡くなった後に、よく聞く言葉だ。</p>
<p>けれど、「まさか」は、たいてい生きている間には来ない。</p>
<p>だから「まさか」なのだ。</p>
<p>いくら後悔したところで、後の祭りである。</p>
<p>いや、花火大会なら、後の祭りでも来年がある。<br />
人生の場合は、そうはいかない。</p>
<p>遺族は故人のことを、「男らしかった」と繰り返し褒めていた。</p>
<p>本当にそうだったのだと思う。</p>
<p>けれど、その言葉には、亡くなった人を讃える気持ちと同時に、残された人たちが自分自身を納得させようとする気持ちも、少し混じっていたように感じた。</p>
<p>「男らしかったから仕方がない」</p>
<p>そんなふうに言葉にすることで、悲しみや後悔や、「もっと何とかできたのではないか」という思いを、どうにか整理しようとしていたのかもしれない。</p>
<p>人は、身近な人が亡くなると、事実だけでは受け止めきれない。</p>
<p>だから、物語を作る。</p>
<p>「あの人らしい最期だった」<br />
「最後まで頑固だった」<br />
「男らしく生きた」</p>
<p>そういう言葉を並べて、どうにかその人の死を、自分の中に収めようとする。</p>
<p>それは偽善なのだろうか。</p>
<p>私は、そうは思わない。</p>
<p>人間は、悲しいときに悲しいだけでは、生きていけない。</p>
<p>笑い話にしたり、美談にしたり、時には少し都合よく解釈したりしながら、なんとか明日へ進んでいく。</p>
<p>それもまた、人間の自己管理なのかもしれない。</p>
<p>ところで、意志の弱い私などにとって、「自己管理」という言葉ほど耳の痛いものはない。</p>
<p>自分で自分を律する。</p>
<p>言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。</p>
<p>早寝早起き。<br />
適度な運動。<br />
食べ過ぎない。<br />
飲み過ぎない。<br />
働き過ぎない。<br />
怠け過ぎない。<br />
怒り過ぎない。<br />
悩み過ぎない。</p>
<p>こう並べてみると、人生というものは、かなり忙しい。</p>
<p>「食べ過ぎるな」と言われれば食べたくなるし、「飲み過ぎるな」と言われれば、なぜかもう一杯くらい飲みたくなる。</p>
<p>「明日から頑張ろう」と思った瞬間、明日がずっと先にあるような気がしてくる。</p>
<p>自己管理とは、どうやら自分という、なかなか言うことを聞かない部下を管理することらしい。</p>
<p>しかも、その部下は自分自身なので、クビにもできない。</p>
<p>だったら、他人に管理してもらったほうがよっぽど楽だ。</p>
<p>「今日はここまでにしてください」<br />
「もう食べないでください」<br />
「ちゃんと寝てください」</p>
<p>そう言われると、多少腹は立つが、従えばいい。</p>
<p>ところが、自分で自分に言うと、</p>
<p>「まあ、今日くらいはいいか」</p>
<p>となる。</p>
<p>自分という上司は、部下に甘い。</p>
<p>そして自分という部下も、上司の甘さにつけ込む。</p>
<p>実に困った会社である。</p>
<p>ひと昔前、アメリカでは、出世できない人物像として二つの要因が挙げられる、という話を聞いたことがある。</p>
<p>「太った人間」と「タバコを吸う人間」。</p>
<p>要するに、</p>
<p>肥満・喫煙<br />
↓<br />
自己管理能力が低い<br />
↓<br />
社会に通用しない<br />
↓<br />
出世できない</p>
<p>という図式らしい。</p>
<p>もちろん、現実の人間はそんな単純なものではない。</p>
<p>体型や喫煙習慣だけで、その人の能力や人格を決めつけることなどできない。</p>
<p>それでも当時の私は、「自己管理能力」という考え方そのものには、妙に納得した。</p>
<p>仕事ができる人は、自分の時間を管理する。<br />
お金を管理する。<br />
体調を管理する。<br />
感情を管理する。</p>
<p>そして、人生を管理する。</p>
<p>――本当に、そんなことができるのだろうか。</p>
<p>人生において、いったい何を、どう自己管理すればいいのだろう。</p>
<p>「人生」という道を歩くとき、どこに重きを置いて進めばいいのか。</p>
<p>我々は、常に明日の不安ばかりに心を奪われ、今日を見失ってはいないだろうか。</p>
<p>昨日のことばかり悔やんで、今日まで暗い一日にしてはいないだろうか。</p>
<p>あるいは、</p>
<p>「今が良ければ、それでいい」</p>
<p>と短絡的な一歩を進めてはいないだろうか。</p>
<p>昨日を悔やまず、明日を思い煩わず、今日を楽しむ。</p>
<p>昨日を反省し、明日に備え、今日を実らせる。</p>
<p>昨日の思い出に笑い、明日の夢に期待し、今日の糧に感謝する。</p>
<p>それが私の理想だ。</p>
<p>しかし、言うは易く行うは難し。</p>
<p>昨日を反省しているうちに、今日が終わる。</p>
<p>明日のことを心配しているうちに、今日の楽しみを忘れる。</p>
<p>今日を楽しもうと思ったら、今度は「こんなことをしていていいのか」と不安になる。</p>
<p>結局、どこにも落ち着かない。</p>
<p>人間というものは、現在に住んでいるくせに、過去と未来を行ったり来たりしている。</p>
<p>便利なことに、身体は今日にありながら、心だけはタイムマシンに乗れる。</p>
<p>しかも、そのタイムマシンには、なぜかブレーキがついていない。</p>
<p>それでも思う。</p>
<p>人生は、本当の意味では自己管理できない。</p>
<p>自分の命さえ、自分で管理できない。</p>
<p>いつ生まれるかも選べない。<br />
いつ死ぬかも分からない。<br />
どんな病気になるかも分からない。<br />
誰と出会い、誰と別れるかも分からない。</p>
<p>どれだけ努力しても、思い通りにならないことはいくらでもある。</p>
<p>だから、「自分の人生は自分で管理するものだ」と言い切ることに、私は少し違和感がある。</p>
<p>むしろ人生というものは、管理するというより、与えられた時間の中で、その都度、折り合いをつけていくものなのではないか。</p>
<p>自分で決められることは決める。</p>
<p>決められないことは、ある程度あきらめる。</p>
<p>失敗したら反省する。</p>
<p>反省したら、できれば笑い話にする。</p>
<p>そして、また次の日を生きる。</p>
<p>そのくらいが、私にはちょうどいい。</p>
<p>私は、派手な花火に憧れる線香花火である。</p>
<p>世の中の表舞台に立つこともなく、大きな音を響かせることもない。</p>
<p>夜空を一瞬で彩ることもない。</p>
<p>火をつけても、しばらくは小さな赤い玉が、じっと燃えているだけだ。</p>
<p>若い頃には、私だって、やたらと派手な花火を打ち上げてやろうと思ったことがある。</p>
<p>「俺はこれをやるんだ」</p>
<p>「いつか大きなことをしてやる」</p>
<p>「世間をアッと言わせてやる」</p>
<p>若さというものは、ありがたい。</p>
<p>根拠のない自信を、惜しげもなく無料配布してくれる。</p>
<p>ところが、歳を重ねると、だんだん分かってくる。</p>
<p>自分が思っているほど、自分は特別ではない。</p>
<p>世の中は、自分がいなくても案外ちゃんと回っていく。</p>
<p>これは少々寂しい発見だが、同時に、ずいぶん気楽な発見でもある。</p>
<p>世界を背負わなくていい。</p>
<p>誰もが大輪の花火である必要もない。</p>
<p>線香花火には線香花火の時間がある。</p>
<p>小さな火玉が、赤く、静かに燃える。</p>
<p>そこから細い火花が、四方八方へ伸びていく。</p>
<p>派手ではない。</p>
<p>音もしない。</p>
<p>けれど、近くで見ると、なかなか美しい。</p>
<p>そして何より、線香花火は、人を立ち止まらせる。</p>
<p>打ち上げ花火は、みんなが空を見上げて「わあ！」と声を上げる。</p>
<p>線香花火は、少し身体をかがめて、黙って見つめる。</p>
<p>「落ちるなよ」</p>
<p>「もう少し頑張れ」</p>
<p>いつの間にか、そんな気持ちになる。</p>
<p>線香花火の火玉が、ポトリと落ちる。</p>
<p>「ああ……」</p>
<p>ほんの一瞬なのに、少し寂しい。</p>
<p>それは、花火が終わった寂しさなのか、自分の人生を重ねているからなのか、よく分からない。</p>
<p>若い頃なら、「大きく咲いてこそ人生だ」と思ったかもしれない。</p>
<p>今は、少し違う。</p>
<p>大きく咲かなくてもいい。</p>
<p>誰かに見上げてもらえなくてもいい。</p>
<p>ほんの小さな火花でも、自分なりに燃えればいい。</p>
<p>ただし、一つだけ願いがある。</p>
<p>火玉の途中で、ポトリと落ちるのだけは嫌だ。</p>
<p>線香花火のように、最後の最後まで燃えていたい。</p>
<p>最後まで大きな火花を出せ、という意味ではない。</p>
<p>最後まで立派でいろ、という意味でもない。</p>
<p>最後まで元気でいろ、という意味でもない。</p>
<p>弱々しくてもいい。</p>
<p>煙が出てもいい。</p>
<p>途中で何度か消えそうになってもいい。</p>
<p>それでも、「もう十分だ」と自分から火を消してしまうのではなく、最後の一瞬まで、自分の火を持っていたい。</p>
<p>そう思う。</p>
<p>そして、最後に火玉が落ちたなら、</p>
<p>「まあ、よく燃えたじゃないか」</p>
<p>と、自分で自分に言ってやりたい。</p>
<p>人生の華がいつだったのかなんて、最後まで分からないのかもしれない。</p>
<p>若い頃だったのかもしれない。</p>
<p>今日だったのかもしれない。</p>
<p>あるいは、これから先の、まだ見ぬ一日なのかもしれない。</p>
<p>だから、昨日の華を探してばかりいる必要はない。</p>
<p>明日の大輪を夢見すぎる必要もない。</p>
<p>今日、小さな火花が出ているなら、それを眺めていればいい。</p>
<p>昨日を悔やまず、明日を思い煩わず、今日を楽しむ。</p>
<p>昨日を反省し、明日に備え、今日を実らせる。</p>
<p>それができれば十分だ。</p>
<p>人間は、自分の命を自己管理することなどできない。</p>
<p>人生だって、思い通りにはならない。</p>
<p>それでも、自分の火を大切にすることくらいはできる。</p>
<p>私は派手な花火ではない。</p>
<p>線香花火でいい。</p>
<p>いや、線香花火がいい。</p>
<p>大空を埋め尽くすほどの華はなくてもいい。</p>
<p>誰にも気づかれないほど小さな火花でもいい。</p>
<p>ただ、最後の最後まで燃えていたい。</p>
<p>花火大会の夜空を見上げながら、そんなことを思う。</p>
<p>ドン！と鳴って、パッと咲いて、サラッと消える。</p>
<p>そんな華麗な人生もいい。</p>
<p>けれど私には、静かに燃え続ける線香花火のほうが似合っている。</p>
<p>いつか最後の火玉が落ちる、その瞬間まで。</p>
<p>「俺は最期まで燃えて、尽きたい」</p>
<p>そう言えるくらいには、今日をちゃんと生きていたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>特殊清掃「苦々しい」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 20 Oct 2026 18:52:33 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[人が亡くなる現場に立ち会う仕事をしていると、悲しみについて考えさせられることが多い。 ただ、いつも崇高なことを考えているわけではない。 むしろ、仕事をしている最中は「きれいにしなければ」「ここも処置しなければ」「このまま [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>人が亡くなる現場に立ち会う仕事をしていると、悲しみについて考えさせられることが多い。</p>
<p>ただ、いつも崇高なことを考えているわけではない。</p>
<p>むしろ、仕事をしている最中は「きれいにしなければ」「ここも処置しなければ」「このままではご家族に顔向けできない」と、かなり現実的なことばかり考えている。</p>
<p>だから、あとになって振り返ると、自分の中にある感情の俗っぽさに苦笑することがある。</p>
<p>今回の話も、そんな「苦々しい」記憶の一つである。</p>
<p>ある若者が、マンションから身を投げて亡くなった。</p>
<p>高いところから落下したため、途中の構造物に衝突し、周囲にも大きな痕跡が残っていた。</p>
<p>血液などが乾いてしまうと、簡単には落ちない。</p>
<p>しかも、汚れた場所が高い壁や手の届きにくい場所だったりすると、作業は一気に難しくなる。</p>
<p>私は仕事だから、やるしかない。</p>
<p>けれど、そこに住んでいた人からすれば、何の関係もない自分の家が、ある日突然、見ず知らずの人の最期の痕跡で汚されてしまったわけである。</p>
<p>それを考えると、なんとも気の毒になる。</p>
<p>そして、こんな現場に遭遇するたびに、私は心の中で、</p>
<p>「せめて自分の家の中だけで完結させてくれればいいのにな」</p>
<p>などと思ってしまう。</p>
<p>亡くなった人を責めるような考えだ。</p>
<p>もちろん、そんなことを口にするつもりはない。</p>
<p>でも、人間というのは、どこまでも立派ではいられない。</p>
<p>悲惨な現場に直面していても、頭の片隅には「この壁、どうやってきれいにしよう」という、ものすごく現実的な問題が浮かんでくる。</p>
<p>それが仕事というものなのかもしれない。</p>
<p>遺体の損傷も大きかった。</p>
<p>私は、できる限り外見を整えるように処置をした。</p>
<p>もちろん、元通りにできるわけではない。</p>
<p>それでも、ご家族が最後に対面したとき、「少しでも穏やかな姿であってほしい」と思う。</p>
<p>頭部に大きな損傷がある場合などは、できる範囲で整え、包帯などで処置する。</p>
<p>決して特別なことではない。</p>
<p>同じような状況では、同じような処置をする。</p>
<p>淡々と仕事をするしかない。</p>
<p>そこに至るまでに、本人が何を考えていたのか。</p>
<p>なぜそんな選択をしたのか。</p>
<p>私には分からない。</p>
<p>分からないまま、ただ目の前の仕事をする。</p>
<p>それが自分の役割だからだ。</p>
<p>ご遺族は泣いていた。</p>
<p>当然である。</p>
<p>そんな中、遺族の男性が突然、感情を爆発させた。</p>
<p>「バカタレが！」</p>
<p>そう叫びながら、故人に手を上げたのである。</p>
<p>あまりにも突然だったので、最初の一度は止めることができなかった。</p>
<p>二度目になりそうなところで、さすがに私も間に入った。</p>
<p>男性の怒りは尋常ではなかった。</p>
<p>悲しみ、悔しさ、怒り、後悔。</p>
<p>いろいろな感情が、ひとつの塊になっていたのだと思う。</p>
<p>周囲のご家族は誰も止めなかった。</p>
<p>男性の気持ちを理解していたのかもしれない。</p>
<p>それとも、あまりの出来事に、どうしていいか分からなかったのかもしれない。</p>
<p>私には分からない。</p>
<p>ただ、私はその男性を止めた。</p>
<p>「せっかく処置したのだから、もう触らないでください」</p>
<p>そんな意味のことを伝えたと思う。</p>
<p>今になって考えると、なんとも自分らしい。</p>
<p>「故人の尊厳を守らなければ」</p>
<p>という立派な理由だけではなかった。</p>
<p>せっかく整えたものを、もう一度崩されたら困る。</p>
<p>また処置し直さなければならない。</p>
<p>自分の仕事が増える。</p>
<p>もちろん、ご家族の前でそんなことを言えるはずはない。</p>
<p>けれど、自分の心の中では、そんな現実的な計算も確かにあった。</p>
<p>人間は、どんな場面でも聖人にはなれない。</p>
<p>悲しみの前でも、仕事は仕事。</p>
<p>そして私は、どこまでも仕事人間だった。</p>
<p>そのことが、少し苦々しかった。</p>
<p>もう一つ、忘れられないご家族がいる。</p>
<p>ある中年男性が亡くなった。</p>
<p>ご自宅へ伺うと、奥さんがいた。</p>
<p>ところが、その女性が妙に明るい。</p>
<p>よく喋る。</p>
<p>元気である。</p>
<p>あまりに普段通りなので、私は少し戸惑った。</p>
<p>人が亡くなった直後なのだから、もう少し沈んでいても不思議ではない。</p>
<p>もちろん、人の悲しみ方に決まりなどない。</p>
<p>泣き崩れる人もいれば、黙り込む人もいる。</p>
<p>反対に、よく喋ることで自分を保つ人だっている。</p>
<p>頭では分かっている。</p>
<p>それでも、私には少し不思議だった。</p>
<p>話を聞くと、その女性は数年前に一人息子を亡くしていた。</p>
<p>そして今回、夫まで亡くした。</p>
<p>これで一人になってしまったのである。</p>
<p>「それは寂しいだろうな」</p>
<p>そう思う。</p>
<p>ところが、本人は驚くほど明るい。</p>
<p>「人が死んだからといって、わざわざ暗くする必要もない」</p>
<p>そんな考え方なのかもしれない。</p>
<p>あるいは、悲しみを悲しみのまま受け止めていたら、自分まで倒れてしまうから、あえて明るくしているのかもしれない。</p>
<p>その真相は分からない。</p>
<p>故人には一張羅のスーツを着せた。</p>
<p>最後くらいは、きちんとした格好で旅立ってもらおうということだろう。</p>
<p>そして、故人を柩に納めたところで、突然、</p>
<p>「あっ、忘れ物！」</p>
<p>と女性が叫んだ。</p>
<p>どうやら副葬品を入れたいらしい。</p>
<p>「ちょっと待ってください」</p>
<p>そう言って、部屋の中を探し始めた。</p>
<p>私は畳の上で待つことにした。</p>
<p>大切な物なのだろう。</p>
<p>急かす必要もない。</p>
<p>ところが、なかなか戻ってこない。</p>
<p>「あれぇ、おかしいなぁ」</p>
<p>「ないなぁ」</p>
<p>そんな声だけが聞こえてくる。</p>
<p>私は正座したまま待っていた。</p>
<p>五分。</p>
<p>十分。</p>
<p>だんだん足が痺れてくる。</p>
<p>人の死を前にして、さすがに「足が痛いな」と思うのもどうかと思ったが、身体というのは正直である。</p>
<p>悲しみとは関係なく、足は痺れる。</p>
<p>とうとう我慢できなくなり、私は立ち上がった。</p>
<p>立ち上がったついでに、女性へ声を掛けた。</p>
<p>「何を探しているんですか？」</p>
<p>すると女性は、まだ一生懸命に探していた。</p>
<p>結局、かなり時間をかけても見つからなかった。</p>
<p>そこで私は尋ねた。</p>
<p>「ところで、その物って、何なんですか？」</p>
<p>女性は答えた。</p>
<p>「息子が亡くなったとき、柩にスーツとワイシャツを入れてあげたんです。でも、ネクタイとベルトを入れるのを忘れてしまって。それで、せっかくだから、お父さんに持って行ってもらおうと思って」</p>
<p>私は一瞬、言葉を失った。</p>
<p>「せっかくだから」</p>
<p>夫を亡くした日に、その夫へ、亡くなった息子の忘れ物を持たせようとしている。</p>
<p>なんというか、すごい。</p>
<p>悲しみというものは、ときどき妙なところで生活感を見せる。</p>
<p>そして私は、さらに尋ねた。</p>
<p>「そのネクタイとベルトって、どんな物ですか？」</p>
<p>女性が特徴を説明した。</p>
<p>私は、その説明に心当たりがあった。</p>
<p>故人が身につけている物と、どうも一致する。</p>
<p>まさかと思い、私は控えめに故人を指した。</p>
<p>「あの……これじゃないですか？」</p>
<p>女性が故人を見る。</p>
<p>「あっ！」</p>
<p>そして、</p>
<p>「これ！　これ！　これ！」</p>
<p>と声を上げた。</p>
<p>さらに故人に向かって、</p>
<p>「お父さん、○○のを勝手に着けちゃダメじゃないの！」</p>
<p>と、まるで生前と同じようにツッコミを入れた。</p>
<p>私は、笑っていいのか、驚くべきなのか、判断に困った。</p>
<p>結局、女性と一緒に苦笑いするしかなかった。</p>
<p>なんとも不思議な光景だった。</p>
<p>でも、今思えば、その明るさが、その女性にとっての悲しみとの付き合い方だったのかもしれない。</p>
<p>息子を亡くした。</p>
<p>そして今度は夫を亡くした。</p>
<p>それでも、ネクタイとベルトを探し、見つけたと思ったら、</p>
<p>「お父さん、勝手に使っちゃダメ」</p>
<p>と叱る。</p>
<p>悲しみの中にも、いつもの夫婦の関係が残っていたのだろう。</p>
<p>もしかすると、それこそが、その女性にとっての「普通」だったのかもしれない。</p>
<p>私はその姿を見て、少しだけ救われたような気持ちになった。</p>
<p>……と言えば、きれいにまとまる。</p>
<p>ところが、私の頭に浮かんだのは、またしてもあまり立派ではない考えだった。</p>
<p>「お金って、人を変えることもあるよな」</p>
<p>そんな考えが、ふっと浮かんだ。</p>
<p>もちろん、根拠はない。</p>
<p>女性が何を考えていたのか、私には分からない。</p>
<p>生命保険があるのかないのか、それすら知らない。</p>
<p>それなのに、勝手にそんなことを考えてしまった。</p>
<p>我ながら、なんというひねくれ者だろうと思う。</p>
<p>人の悲しみを見て、</p>
<p>「きっと何か事情があるのだろう」</p>
<p>と素直に受け止めることもできず、余計な想像をしてしまう。</p>
<p>それもまた、自分の中にある「苦々しさ」なのだと思う。</p>
<p>人の死に立ち会う仕事をしていると、もっと人間的に、もっと優しく、もっと達観していくのかと思っていた。</p>
<p>実際には、そうでもない。</p>
<p>死を目の前にしても腹は減るし、足は痺れる。</p>
<p>きれいに処置したものを触られれば、「また仕事が増える」と思う。</p>
<p>遺族の悲しみを見ながらも、「この人は何を考えているんだろう」と余計なことを考える。</p>
<p>そして、ときには、笑っていいのか分からない場面で、一緒に苦笑いしてしまう。</p>
<p>それでも、仕事はする。</p>
<p>できる限りきれいにする。</p>
<p>できる限り穏やかな姿に整える。</p>
<p>ご家族が最後に顔を見るとき、少しでも後悔が少なくなるようにする。</p>
<p>それが私の仕事なのだと思う。</p>
<p>別に、立派な人間になる必要はない。</p>
<p>聖人になる必要もない。</p>
<p>自分の中にある冷たさや、俗っぽさや、意地の悪い想像を全部消すこともできない。</p>
<p>むしろ、そういうものがあるからこそ、自分が何をしているのかを見失わずに済むのかもしれない。</p>
<p>ただ、人の死を前にしたときくらいは、自分の心に浮かんだ「苦々しいこと」を、そのまま人にぶつけないようにしたい。</p>
<p>心の中で思うだけなら、まあいい。</p>
<p>足が痺れたら、痺れたと思えばいい。</p>
<p>仕事が増えると思ったなら、そう思えばいい。</p>
<p>ネクタイとベルトを見て、思わず苦笑いしてしまってもいい。</p>
<p>人間なのだから。</p>
<p>そして、最後に残るのは、案外そんな小さな感情なのかもしれない。</p>
<p>人の死は、とても大きな出来事だ。</p>
<p>けれど、その周りでは、ネクタイがどうとか、ベルトがどうとか、畳で足が痺れただとか、壁の汚れが落ちにくいだとか、そんな小さな現実が同時に動いている。</p>
<p>その現実から逃げずに、淡々と仕事をする。</p>
<p>悲しみを美談にしすぎず、故人を必要以上に神聖視もしない。</p>
<p>遺族を勝手に善人にも悪人にもしない。</p>
<p>ただ、その人たちがその人たちなりに死と向き合っている姿を見て、自分も自分なりに仕事をする。</p>
<p>それくらいでいいのだと思う。</p>
<p>そして今日も私は、自分の中にある、ちょっと冷たくて、ちょっと現実的で、ときどき意地の悪い部分を眺めながら思う。</p>
<p>――我ながら、苦々しい人間だな、と。</p>
<p>でも、その苦々しさを抱えたままでも、人の最後を少しでも整えることはできる。</p>
<p>だったら、まあ、それでいいのかもしれない。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>特殊清掃「ブラックホール」を更新いたしました。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[humancare]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Oct 2026 18:50:54 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[便所の話である。 そこは「お手洗い」とか「トイレ」なんていう、どこか上品で現代的な呼び方が似合う場所ではなかった。 見た瞬間に「ああ、便所だ」と納得してしまう、いかにも「便所！」という雰囲気の現場だった。 発見が早かった [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>便所の話である。</p>
<p>そこは「お手洗い」とか「トイレ」なんていう、どこか上品で現代的な呼び方が似合う場所ではなかった。</p>
<p>見た瞬間に「ああ、便所だ」と納得してしまう、いかにも「便所！」という雰囲気の現場だった。</p>
<p>発見が早かったためか、汚染は比較的軽いものだった。悪臭も、腐乱臭なのか便所臭なのか、鼻が途中から判断を放棄する程度。私にとっては、臭いそのものよりも、別の意味で強烈なインパクトがあった。</p>
<p>便所の形態である。</p>
<p>水洗式ではない。</p>
<p>いわゆる「ボットン便所」。</p>
<p>しかも、私が子供の頃などに見たことのあるボットン便所より、はるかにハイグレード……と言っていいのかどうか分からないが、とにかく古風で本格的なものだった。</p>
<p>ほとんどの人は「ん？　どんな便所だ？」となるだろうから、ここで少し詳しく説明しておこう。</p>
<p>地面に深さ1.5～2メートル、直径1.5～2メートルほどの穴を掘る。</p>
<p>その上に床板を敷き、屋根と囲いを付ける。</p>
<p>床板に直径20～30センチほどの穴を開ける。</p>
<p>そこへ和式便器を取り付ける。</p>
<p>以上。</p>
<p>……本当に以上である。</p>
<p>あまりにもシンプルなので、これ以上説明しようがない。</p>
<p>現代のトイレなら、便器があり、水を流すレバーがあり、タンクがあり、手洗いがあり、場合によっては温水洗浄便座があり、脱臭機能まで付いている。</p>
<p>それに対して、こちらは、</p>
<p>「穴を掘る」</p>
<p>「床を置く」</p>
<p>「便器を付ける」</p>
<p>で終了。</p>
<p>究極の簡素化である。</p>
<p>そして、その大きな口を開けた和式便器を恐る恐る覗き込んでみた。</p>
<p>下は真っ暗。</p>
<p>本当に真っ暗だった。</p>
<p>穴が深いのか、光が届かないのか、あるいは私の目が見ようとすることを拒否したのか、とにかく何も見えない。</p>
<p>そこにあるのは、漆黒の闇。</p>
<p>まさにブラックホール。</p>
<p>「これ、落ちたらどうなるんだろう……」</p>
<p>そんなことを考えた瞬間、便所臭よりも恐怖の方が勝った。</p>
<p>私は小心者なのである。</p>
<p>そして何より、便器の下に広がる闇を見てしまった後では、薄く古びた床板に乗る気には到底なれなかった。</p>
<p>床板には悪いが、その風貌からして強度を信用することができない。</p>
<p>長年の使用によって色あせ、ところどころ傷んでいる。</p>
<p>「大丈夫ですよ。私、まだ現役です」</p>
<p>と言ってくれれば少しは安心できるのだが、もちろん床板は何も言わない。</p>
<p>ただ黙ってそこにある。</p>
<p>信用性の乏しい床板に自分の全体重を預ける。</p>
<p>しかも、その下には真っ暗な穴。</p>
<p>これはもう、一種のロシアンルーレットではないか。</p>
<p>もし、</p>
<p>「バキッ！」</p>
<p>といったらアウトーッ！</p>
<p>便器に用を足すどころか、自分が便所の用を足される側になってしまう。</p>
<p>そんな馬鹿なことを考えながら、</p>
<p>「故人は、いつもこの床板に乗って用を足していたのか……」</p>
<p>と感心してしまった。</p>
<p>今さらながら、昔の人は強い。</p>
<p>いや、故人が特別に強かったのかもしれない。</p>
<p>現代人の私なら、便器に座る前に床板の耐荷重試験をしたくなる。</p>
<p>しかし、そんなことに感心してばかりもいられない。</p>
<p>これを何とかするのが私の仕事だからだ。</p>
<p>トイレや風呂場で亡くなる人は決して珍しくない。水回りの始末には、それなりに慣れているつもりだった。</p>
<p>けれど、ここまでシンプルな便所は初めてだった。</p>
<p>「汚い」というより、</p>
<p>「怖い」</p>
<p>のである。</p>
<p>この感覚は、実際に覗いてみないと分からないかもしれない。</p>
<p>普通の便所なら、多少汚れていても「掃除すれば何とかなる」と思える。</p>
<p>ところが、この便所は違う。</p>
<p>掃除する以前に、</p>
<p>「床、大丈夫？」</p>
<p>という問題がある。</p>
<p>そこで私は判断した。</p>
<p>掃除するより、解体した方が早い。</p>
<p>依頼者に相談すると、もう誰も使わない便所ということもあり、解体することで話がまとまった。</p>
<p>そうと決まれば話は早い。</p>
<p>私は恐る恐る床板の隙間にバールを差し込んだ。</p>
<p>そして、床板を持ち上げてみる。</p>
<p>すると――</p>
<p>「あれ？」</p>
<p>思っていたより、あっさり動いた。</p>
<p>さらに一枚。</p>
<p>また一枚。</p>
<p>「えッ？　こんな簡単なもんだったの？」</p>
<p>床板は一枚一枚がしっかり固定されていたわけではなく、細い梁の上にポンと載せられているだけだった。</p>
<p>もちろん、当時としてはそれで十分だったのだろう。</p>
<p>何十年、あるいはそれ以上にわたって、人々はその床板の上で普通に用を足していた。</p>
<p>床板を外す私からすると、</p>
<p>「そんなことで大丈夫だったの？」</p>
<p>と思ってしまうが、考えてみれば、その「そんなことで」が長い年月にわたって機能していたわけである。</p>
<p>現代の私たちは、何でも「安全・安心・高性能」を求める。</p>
<p>便座が温かい。</p>
<p>水が温かい。</p>
<p>お尻まで洗ってくれる。</p>
<p>臭いも消してくれる。</p>
<p>夜には便器の周囲を照らしてくれる。</p>
<p>それはそれで素晴らしい。</p>
<p>しかし、昔の便所には、</p>
<p>「穴がある。用を足す。終わり」</p>
<p>という潔さがあった。</p>
<p>そして、床板も意外と仕事をしていた。</p>
<p>おかげで解体作業そのものは、思ったより楽だった。</p>
<p>便器も外し、床板も外していく。</p>
<p>そして、ついに床板がなくなった。</p>
<p>今まで便器という蓋に隠されていたものが、目の前に姿を現した。</p>
<p>巨大な穴。</p>
<p>そして、その底にたまったもの。</p>
<p>私は思わず、</p>
<p>「これが肥溜めというヤツか！」</p>
<p>と心の中で叫んだ。</p>
<p>ずっと以前から言葉としては知っていた「肥溜め」。</p>
<p>それを、生まれて初めて実物として見た瞬間だった。</p>
<p>正直、ちょっとした衝撃だった。</p>
<p>もちろん、見た目は決して美しいものではない。</p>
<p>むしろ、一般的な「美しい」の対極に位置する存在だろう。</p>
<p>しかし、妙な感覚もあった。</p>
<p>「人間って、すごいな」</p>
<p>そんなことを思ったのである。</p>
<p>食べる。</p>
<p>消化する。</p>
<p>排泄する。</p>
<p>それが積み重なって、こうなる。</p>
<p>人間が生きてきた証拠が、そこに物理的な形で残っている。</p>
<p>そう考えると、単なる「汚物のたまり場」ではなく、人間の生活そのものが凝縮された場所のようにも見えてくる。</p>
<p>もちろん、こんなことを便所の穴を前にして真顔で考えている人間は、かなり変だと思う。</p>
<p>自分でも、</p>
<p>「何を感銘受けとんねん」</p>
<p>と思う。</p>
<p>しかし、そこに「生きるエネルギー」のようなものを感じたのも事実だ。</p>
<p>人は食べて、生きて、働いて、眠って、また食べる。</p>
<p>そして最後には、こういうものを残していく。</p>
<p>考えてみれば、実に生命力あふれる営みではないか。</p>
<p>……とはいえ、その生命力を真正面から観察していると、鼻の方が先に限界を迎える。</p>
<p>中ではウジが気持ちよさそうに泳ぎ、ハエが気持ちよさそうに飛び回っていた。</p>
<p>彼らにとっては、まさに楽園なのだろう。</p>
<p>「またお前らか」</p>
<p>と思う。</p>
<p>彼らはいつも、私が行く先々に先回りしている。</p>
<p>死臭がするところにはハエ。</p>
<p>汚染があればウジ。</p>
<p>こちらが到着する頃には、すでに現場入りしている。</p>
<p>私より勤勉である。</p>
<p>もしかすると、彼らの方が現場経験は豊富かもしれない。</p>
<p>そして、肥溜めの臭い。</p>
<p>これがまた独特だった。</p>
<p>鼻にツンとくる刺激臭。</p>
<p>「アンモニアの影響か？」</p>
<p>「糞尿が熟成されると、こんな臭いになるのか！」</p>
<p>などと、また妙なところで感心してしまう。</p>
<p>仕事をしているだけなのに、なぜか社会科見学のような気分になってくる。</p>
<p><strong>ちょっと余談</strong></p>
<p>下水道が完備されていない地域では、行政などによる糞尿の回収が行われている。</p>
<p>たまに、その回収車を見かけることがある。</p>
<p>車両後部の積載物欄を見ると、</p>
<p>「糞尿」</p>
<p>と書いてある。</p>
<p>実にストレートである。</p>
<p>「汚物」とか「廃棄物」など、いくらでもぼかした表現はありそうなのに、堂々と「糞尿」。</p>
<p>私は、あの潔さが嫌いではない。</p>
<p>そして、当然ながら、それに従事する人もいる。</p>
<p>私が子供の頃には、その仕事をしている人について、こんな風説があった。</p>
<p>「身体にウンコの臭いが染みついていて、風呂に入ったくらいでは臭いが取れない」</p>
<p>子供というのは、どうしてこういう話が好きなのだろう。</p>
<p>ウンコの話をしているだけで笑える。</p>
<p>そして、いつの間にか尾ひれが付いて、とんでもない都市伝説になっていく。</p>
<p>実際にその仕事に従事している人と接した経験がないので、断言はできない。</p>
<p>しかし、たぶんガセだと思う。</p>
<p>なぜなら、濃い腐乱臭をまとった私自身、ユニフォームを着替えて風呂に入れば、ちゃんと臭いは落ちるからだ。</p>
<p>人間の身体は、そこまで頑固に臭いを保存する仕様にはなっていないらしい。</p>
<p>だから、子供たちよ。</p>
<p>もし今でも、</p>
<p>「糞尿回収の仕事をすると、一生ウンコ臭いんだって！」</p>
<p>なんて言っている子がいたら、きちんと否定してあげてほしい。</p>
<p>それは、たぶん単なる風説だ。</p>
<p>そして何より、そんな仕事をしている人に対して失礼である。</p>
<p>臭い仕事だからといって、その人自身まで「臭い人間」になるわけではない。</p>
<p>むしろ、誰かがやらなければならない仕事を、誰かが引き受けている。</p>
<p>そう考えると、私たちは普段、あまりにも多くの「誰かのおかげ」を意識せずに生活しているのかもしれない。</p>
<p>……と、ここまで書くと、なんだか急に私が善人みたいになってしまった。</p>
<p>いかん。</p>
<p>私はそんなに立派な人間ではない。</p>
<p>現場で臭いものを嗅げば「臭い」と思うし、怖いものを見れば「怖い」と思う。</p>
<p>この便所だって、感動する前に「早く帰りたい」と思っていた。</p>
<p>だから、変に美談にするつもりはない。</p>
<p>ただ、実際にそういう現場に立つと、普段は考えもしないことを考えてしまうのである。</p>
<p>そして、もう一つ思った。</p>
<p>私を含めて、現代の男どもは、少々軟弱になっているのではないか。</p>
<p>もちろん、これは完全に私の個人的な感想である。</p>
<p>最近は水洗・洋式便所が当たり前。</p>
<p>便座は快適。</p>
<p>冬でも冷たくない。</p>
<p>温水まで出る。</p>
<p>用を足した後は、ボタン一つでお尻まで洗ってくれる。</p>
<p>便利である。</p>
<p>素晴らしい。</p>
<p>私だって大好きだ。</p>
<p>できれば一生、温水洗浄便座のお世話になりたい。</p>
<p>しかし、昔の男たちは違った。</p>
<p>穴の上に置かれた床板。</p>
<p>その下には漆黒の闇。</p>
<p>そこへ和式便器でまたがる。</p>
<p>しかも、床板は細い梁に乗っているだけ。</p>
<p>それでも毎日、何事もなかったかのように用を足していた。</p>
<p>そう考えると、かなりの胆力である。</p>
<p>「今日は床板、大丈夫かな？」</p>
<p>なんて心配していたのかもしれない。</p>
<p>それとも、そんなことは気にも留めなかったのか。</p>
<p>現代人の私には想像もつかない。</p>
<p>歳のせいもあるのかもしれないが、最近の若者は外見からは性別すら分かりにくくなってきたような気がする。</p>
<p>そして、男が小便をするときでさえ、便器に座る人が増えているらしい。</p>
<p>私は別に、それが悪いと言いたいわけではない。</p>
<p>掃除する側からすれば、むしろ座っていただいた方がありがたい。</p>
<p>飛び散らない。</p>
<p>汚れない。</p>
<p>奥さんにも怒られない。</p>
<p>家庭円満。</p>
<p>非常に合理的だ。</p>
<p>「男なら立って小便しろ！」</p>
<p>なんて言っている場合ではない。</p>
<p>しかし、あの便所を見た直後だったので、</p>
<p>「昔の男は、いろいろ鍛えられていたんだな」</p>
<p>と思ってしまった。</p>
<p>和式便所にまたがり、心もとない床板に身体を預け、真っ暗な穴を見下ろしながら用を足す。</p>
<p>それを毎日やっていたのだ。</p>
<p>もしかしたら故人は、今の私たちを見て、</p>
<p>「お前ら、弱くなったなぁ」</p>
<p>と笑っているかもしれない。</p>
<p>……いや、完全な想像である。</p>
<p>故人がそんなことを思っている証拠はどこにもない。</p>
<p>そもそも、あの世から便所事情を観察しているかどうかも分からない。</p>
<p>ただ、もし本当に見ていたら、温水洗浄便座を見て驚くかもしれない。</p>
<p>「便所で尻まで洗えるのか！」</p>
<p>と。</p>
<p>逆に私が昔の人なら、</p>
<p>「便所に電気がある！」</p>
<p>と驚く。</p>
<p>便利さというものは、少しずつ進歩していく。</p>
<p>その一方で、人間そのものが強くなったかというと、どうなのだろう。</p>
<p>昔の人は不便な環境の中で、それを当たり前として生きていた。</p>
<p>今の私たちは、便利な環境を当たり前として生きている。</p>
<p>どちらが幸せなのかは分からない。</p>
<p>ただ一つ言えるのは、私はあのブラックホール便所で用を足す勇気はない。</p>
<p>そこだけは、はっきりしている。</p>
<p>そして、もう一つ。</p>
<p>あの便所を解体したことで、私は「肥溜め」という言葉を、単なる昔話ではなく、実体験として理解することができた。</p>
<p>人が生きていた。</p>
<p>食べていた。</p>
<p>排泄していた。</p>
<p>その痕跡が、穴の底に積み重なっていた。</p>
<p>汚い。</p>
<p>臭い。</p>
<p>怖い。</p>
<p>でも、それだけではない。</p>
<p>そこには、昔の人たちが生きていた時間が、妙な形で残っていた。</p>
<p>そう考えると、あのブラックホールも、単なる恐怖の穴ではなかったのかもしれない。</p>
<p>……とはいえ、もう一度見に行きたいかと言われたら、丁重にお断りする。</p>
<p>感銘は一度で十分だ。</p>
<p>しっかし、便所の話だけでここまで語れるとは。</p>
<p>我ながら、かなりウ○コ臭い……。</p>
<p>もとい、ウサン臭いヤツかもしれない。</p>
<p>でも、まあいい。</p>
<p>人間、生きていれば食べる。</p>
<p>食べれば出す。</p>
<p>出したものを誰かが片付ける。</p>
<p>そして、その誰かがまた別の誰かに支えられている。</p>
<p>そうやって、世の中は回っている。</p>
<p>考えてみれば、人間の営みなんて、案外そういうものなのだろう。</p>
<p>最後に残るのは、立派な言葉でも美しい建物でもなく、時には一杯の便所と、そこに残された痕跡だったりする。</p>
<p>だから私は、あのブラックホールを思い出すたびに、少しだけ昔の人に敬意を払う。</p>
<p>そして同時に、</p>
<p>「現代に生まれてよかった……」</p>
<p>とも思う。</p>
<p>特に、温水洗浄便座の前では、心からそう思うのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
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