特殊清掃「ロープはどうする?」【前編】を更新いたしました。
ロープはどうする?【前編】
特殊清掃員という仕事をしていると、人が人生の幕を閉じた部屋へ入る機会は少なくない。
警察が引き揚げ、鑑識の痕跡だけが残された部屋。線香の匂いが漂う部屋もあれば、生活感だけが取り残された部屋もある。冷蔵庫には賞味期限の切れた食材が残り、テレビは消されたまま、カレンダーだけが止まった時間を刻み続けている。
現場は一つひとつ違う。腐敗が進み、床まで体液が染み込んだ部屋もあれば、ほとんど生活の痕跡を残したまま終わった部屋もある。私たちが向き合うのは、亡くなった人ではない。その人が最後に残した「現実」だ。
世間では、自殺者数が何万人だとか、一日に何人が命を絶っているとか、そんな数字が毎年のように報じられる。しかし、その数字には匂いもなければ温度もない。
現場にはある。
部屋の湿度。空気の重さ。遺族の沈黙。そして、誰も触れようとしない”最後に残された物”。
特殊清掃という仕事は、汚れを落とすだけではない。故人が残した現実と、遺族が背負う感情の間に立たされる仕事でもある。
その日も一本の電話から始まった。
「首吊り自殺です。発見が早かったので、清掃自体はそれほど大変ではないと思います。」
電話口の担当者は事務的だった。現場に慣れている人間ほど、感情を言葉に乗せない。
住所を確認し、車に資機材を積み込む。消臭剤、薬剤、保護具、オゾン発生器。いつもの道具を積み終えてエンジンをかける。
どんな現場にも共通していることが一つだけある。
依頼人は、昨日まで普通に暮らしていた。
だが、その日を境に、部屋は「生活の場」から「事故現場」へ変わる。
私たちは、その境界線に呼ばれる。
現場は郊外にある、ごくありふれたアパートだった。外から見れば、どこにでもある二階建ての建物。洗濯物が揺れ、子どもの笑い声が遠くから聞こえてくる。
その一室だけが静まり返っていた。
警察の規制線はすでに外され、玄関には遺族が数人集まっている。誰も大きな声を出さない。泣き崩れる者もいない。ただ、それぞれが何をすればいいのか分からないまま、立ち尽くしていた。
私は軽く頭を下げ、室内へ入る。
鼻を突く臭気は思ったより弱い。
発見が早かったのだろう。
清掃という仕事だけを見れば、比較的軽い現場だった。
しかし、この日、本当に厄介だったのは、床でも壁でも臭いでもなかった。
一本のロープだった。
誰も触れたがらない一本
部屋へ足を踏み入れた瞬間、私は反射的に天井へ視線を向けた。
これは職業病のようなものだ。
首吊り現場では、まず吊った場所を確認する。梁なのか、鴨居なのか、カーテンレールなのか。何を支点にしたのかを見るだけで、その時の状況がおおよそ想像できる。
六畳ほどの和室だった。
畳は比較的新しく、家具も必要最低限しか置かれていない。生活に疲れた様子は感じられるものの、いわゆる「ゴミ屋敷」とは程遠い。几帳面とは言わないまでも、暮らしはきちんと営まれていたことが分かる。
天井近くの梁には、まだロープを掛けた跡が残っていた。
警察が回収のために切断したのだろう。繊維が擦れた跡だけが、生々しく残されている。
現場に漂う臭気はわずかだった。
発見までの時間が短かった証拠である。
腐敗が進んでいれば、部屋の空気はまるで別物になる。鼻だけではない。喉にも肺にもまとわりつき、作業服を脱いだあとまで身体に染みつく。
だが、この部屋は違った。
特殊清掃としては、比較的軽い現場だった。
床に付着した体液を処理し、周辺を消毒する。壁面を確認し、臭気の原因を探る。必要な箇所へ薬剤を散布し、最後にオゾン脱臭を行えば作業は終わる。
作業時間にすれば半日もかからない。
それでも、部屋全体には妙な重苦しさが漂っていた。
汚れではない。
臭いでもない。
人の感情だけが、その場に取り残されていた。
玄関では、遺族が小声で話し合っている。
父親らしき男性は腕を組んだまま黙り込み、年配の女性はハンカチを握りしめ、若い男性はスマートフォンを何度も開いては閉じていた。
泣いている者はいない。
人は本当に困ったとき、涙より先に思考が止まる。
誰もが「次に何をすればいいのか」を探している。
死亡届。
葬儀。
親戚への連絡。
賃貸住宅なら管理会社への説明。
考えなければならないことは山ほどある。
そして、そのすべてが初めての経験だ。
私たち特殊清掃員は、その混乱の中へ呼ばれる。
清掃だけを請け負っているつもりでも、現場では遺族から様々な相談を受ける。
「この家具は処分した方がいいですか。」
「仏壇はどうすれば……。」
「畳は替えなきゃ駄目ですか。」
答えられることもある。
答えるべきではないこともある。
その線引きは意外と難しい。
作業も終盤に差しかかったころだった。
一人の女性が、おそるおそる私に近づいてきた。
両手には透明なビニール袋が抱えられている。
中には一本のロープ。
警察から返却されたのだろう。
太さ一センチほどの、ごくありふれたロープだった。
どこのホームセンターでも買えるような、ごく普通の商品。
だが、この部屋では、それはもう「ロープ」ではなかった。
故人が最後に手にした道具。
命を終わらせた証拠。
そして遺族にとっては、どう扱えばいいのか誰にも分からない”厄介者”になっていた。
「……これ、どうしたらいいでしょうか。」
女性は袋を私の前へ差し出した。
だが、その手は最後まで伸び切らない。
私に渡したい。
でも、触れてほしいわけではない。
そんな迷いが伝わってくる。
私は袋を見つめた。
特殊清掃員だからといって、こうした物の処分を決める立場ではない。
ましてや、遺品の扱いを決める権利など持っていない。
私は静かに首を横へ振った。
「申し訳ありません。これは私が決めることではありません。ご家族で話し合って決められるのが一番だと思います。」
そう答えるしかなかった。
正解などない。
もし私が「捨てた方がいい」と言えば、あとで「あれは供養すべきだった」と後悔する人がいるかもしれない。
逆に「残した方がいい」と言えば、「見るたびにつらい」と苦しむ人もいる。
現場の責任と、家族の人生は別物だ。
私はその境界を越えてはいけない。
女性は小さくうなずき、親族の輪へ戻っていった。
やがて部屋の隅で、小さな家族会議が始まる。
誰一人、ビニール袋に入った一本のロープへ手を伸ばそうとはしなかった。
まるで、それ自体に何か得体の知れない力が宿っているかのように。





