特殊清掃「血の海と家族」を更新いたしました。
血の海と家族
特殊清掃という仕事をしていると、世間でいう「壮絶な現場」に出会うことがある。
テレビやインターネットでは、「衝撃の特殊清掃」「想像を絶する現場」などと刺激的な言葉が並ぶ。しかし、実際に現場へ向かう私たちにとっては、面白半分に語れるようなものではない。そこには必ず生活があり、人がいて、そして何らかの事情が積み重なった末の結末がある。
だから私は、できるだけ感情を排除して仕事をするようにしている。
依頼人に必要以上に同情しない。
故人を美化しない。
残された家族を決めつけない。
そう心掛けている。
それは冷たいからではない。
中途半端な感情移入は、仕事の邪魔になるからだ。
特殊清掃は「かわいそう」という気持ちだけでは務まらない。遺族に寄り添うことは大切だが、私たちがやるべきことは現場を元に戻すことだ。そこを履き違えてしまえば、ただの自己満足になってしまう。
今日も、一件の現場へ向かった。
その日依頼を受けたのは、あるマンションの一室だった。
依頼者は、そこで暮らしていた男性。奥様が和室で自ら命を絶ったという。
現場に到着した頃には、警察による検視も終わり、遺体はすでに搬送された後だった。
エレベーターを降り、静かな廊下を歩く。
休日でもない昼間のマンションは驚くほど静かだった。隣近所の住人も、部屋の中で何が起きたのかは知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。そんなことを考えながらインターホンを押した。
玄関のドアが開き、依頼者であるご主人が私を迎えた。
「お願いします。」
短い挨拶だけだった。
家の中は生活感のある、ごく普通のマンションだった。
リビングにはテレビがあり、ダイニングテーブルには日用品が置かれている。子どもが暮らしている家庭らしい雰囲気も残っていた。
その一角にある和室へ案内された。
襖が開いた瞬間、独特の臭いが鼻を突いた。
鉄が錆びたような、生臭い匂い。
血液特有の臭気である。
そして、その光景が目に飛び込んできた。
畳一面に広がる赤黒い血液。
四畳ほどの範囲を覆い尽くすように血が広がり、畳の目に沿って染み込み、ところどころで黒く凝固し始めていた。
よく「血の海」という表現がある。
普段は比喩として使われることが多い言葉だが、この部屋に関しては、その表現が最も正確だった。
まさしく血の海だった。
特殊清掃の仕事を始めてから、多くの現場を経験してきた。
孤独死。
事故死。
病死。
自殺。
どの現場も決して楽なものではない。
それでも、ここまで大量の血液が残された現場は多くない。
私は一瞬立ち止まり、部屋全体を見渡した。
「人間の身体には、こんなにも血液が入っているのか……。」
そんな場違いな感想が頭をよぎった。
もちろん医学的な知識としては知っている。
だが、知識として知ることと、自分の目で見ることはまったく違う。
現実は、数字では表せない。
赤黒く変色した血液が畳を覆い、室内には鉄臭さが充満している。
その空気の重さは、写真でも映像でも伝わらない。
私は仕事道具を脇へ置き、まず現場の状況を確認していく。
畳への浸透具合。
床板への染み込み。
壁への飛散。
家具への付着。
どこまで撤去が必要になるか。
どの工程で進めるか。
頭の中では作業手順を組み立てながらも、部屋全体に漂う異様な静けさが妙に気になっていた。
現場は静かだった。
しかし、それ以上に不思議だったのは、この家の空気だった。
普通なら、家族を亡くしたばかりの家には、張りつめた空気や沈黙、泣き疲れた気配が漂うことが多い。
もちろん悲しみ方は人それぞれだ。
涙を流す人もいれば、茫然自失になる人もいる。
気丈に振る舞う人もいる。
だから私は、「悲しみ方」に正解はないと思っている。
それでも、この家には何とも言えない違和感があった。
リビングでは子どもたちが普通に歩き回っている。
ご主人も落ち着いた様子で私と話をしている。
家族の誰一人として取り乱している様子はない。
静かなのではない。
普段どおりなのだ。
その自然さが、逆に私には不自然に映った。
もちろん、それだけで家族を判断するつもりはない。
悲しみは外から見えないこともある。
人前では平静を装い、一人になって初めて涙を流す人もいる。
それは、この仕事を通じて何度も見てきた。
だから私は、自分の印象だけで人を決めつけることはしない。
そう心に決めている。
しかし、この日感じた違和感だけは、作業を終えるまで消えることはなかった。
私はまだ、その理由を知らなかった。
値切る夫
現場の状況を一通り確認した私は、和室を出てリビングのテーブルへ向かった。
特殊清掃は、その場で感情だけを優先して始められる仕事ではない。
どこまで血液が浸透しているのか。
畳だけで済むのか。
床板まで交換が必要なのか。
除菌や消臭はどの程度必要か。
現場ごとに作業内容は違う。
だから、まずは見積書を作成する。
私は作業内容を一つひとつ説明しながら金額を書き込んでいった。
特殊清掃の料金は、決して「汚れているから高い」のではない。
感染症対策のための防護装備、専用薬剤、廃棄物の処理、消臭作業、時間、人件費。そのすべてを積み上げていくと、この金額になる。
もちろん、一般の人から見れば決して安くはない。
だが、私は昔から一つだけ決めていることがある。
人の不幸で利益を稼がない。
だからといって、赤字で仕事をするわけでもない。
適正な料金を提示する。
それ以上でも、それ以下でもない。
これが私の仕事に対する考え方だった。
見積書を書き終え、ご主人の前へ差し出した。
「こちらが今回の作業内容になります。」
ご主人は無言で紙を見つめていた。
そして、最初に口を開いた言葉は、作業内容についてではなかった。
「これ、もう少し安くなりませんか。」
私は一瞬だけ間を置いた。
値引き交渉そのものは珍しいことではない。
引っ越し業者でも、リフォーム会社でも、清掃会社でも、料金交渉は日常的にある。
だから、その言葉だけなら何も思わなかった。
私はできる範囲で説明をした。
「すでに必要最低限の金額で計算していますので、大きな値引きは難しいですね。」
ご主人は納得しない。
「この作業はいらないんじゃないですか。」
「薬剤を変えれば安くなりますか。」
「畳だけ運び出してもらえれば。」
質問が次々と飛んでくる。
一つひとつ丁寧に説明する。
感染対策のために必要な工程。
臭気を残さないための処置。
血液が床板へ浸透している可能性。
説明すれば理解してもらえると思った。
しかし、話は堂々巡りだった。
結局、話題はいつも金額へ戻る。
「もう少し何とか。」
「あと一万円。」
「そこをサービスで。」
そのやり取りをしている間も、和室には奥様が流した血液がそのまま残っている。
時間が経てば経つほど、血液は畳の奥へ染み込み、床材へ浸透していく。
本来なら、一刻も早く拭き取りを始めたい。
それなのに、ご主人の関心は、目の前の見積金額から離れようとしなかった。
私は少しずつ苛立ちを覚え始めていた。
もちろん、お金は大切だ。
突然の出来事で出費が重なることも理解できる。
特殊清掃など、一生のうち何度も依頼するものではない。
高いと感じるのも当然だろう。
だから私は、最初から値引きを頭ごなしに否定するつもりはなかった。
実際、この日も本当にわずかではあるが金額を下げた。
しかし、それでも終わらなかった。
「もう少し。」
その一言が何度も繰り返される。
私はふと、和室の方へ目をやった。
襖の向こうには、まだ血の海がある。
さっき見た光景が頭から離れない。
私は心の中で思ってしまった。
――奥さんが亡くなったばかりなんじゃないのか。
――今、本当に優先することは、お金なのだろうか。
もちろん、人には事情がある。
住宅ローンがあるのかもしれない。
生活に余裕がないのかもしれない。
保険が下りる前なのかもしれない。
私には何も分からない。
分からない以上、勝手な想像で人を裁くべきではない。
それでも、人間だから感情はある。
仕事とはいえ、目の前で何度も値切られ続ければ、気持ちは揺れる。
私は静かに見積書を閉じた。
「申し訳ありません。」
ご主人が顔を上げる。
「これ以上のお値引きはできません。」
少し間を置いて続けた。
「もしご納得いただけないようでしたら、他社さんをご検討いただいて構いません。」
営業として考えれば、あまり上手な言い方ではなかっただろう。
だが、このまま価格交渉だけを続ける気にはなれなかった。
数秒間、部屋の中が静まり返る。
ご主人は腕を組み、しばらく黙っていた。
やがて、小さくため息をつくと、注文書を手元へ引き寄せた。
無言のまま、ゆっくりと署名をする。
ペンを置いた音だけが、妙に大きく聞こえた。
契約は成立した。
本来なら、それで一安心のはずだった。
だが、私の胸の中には、何とも言えない重たいものが残っていた。
それは金額の問題ではない。
この家に漂う空気が、どうしても理解できなかったからだった。
そして私は、この現場では一分一秒でも早く始めなければならない作業があることを思い出した。
和室に残された、あの大量の血液だった。
血を拭きながら
注文書にサインをもらうと、私は時計に目をやった。
できるだけ早く作業を始めなければならない。
本来であれば、契約後に資機材を準備し、日程を調整して改めて作業に入る。しかし、この現場だけは事情が違った。
血液は時間との勝負になる。
流れ出た直後は液体だった血液も、時間が経てば凝固し、畳の目や床材の隙間へ入り込んでいく。さらに夏場であれば臭気の発生も早く、除去が難しくなる。
特殊清掃では「後でまとめてやればいい」という現場もある。
しかし、血液だけは違う。
迷っている時間が、そのまま作業を難しくしてしまう。
私はご主人に事情を説明した。
「今日は予定を変更して、血液だけでも拭き取らせてください。」
ご主人は短くうなずいた。
私は車へ戻り、防護服、手袋、マスク、吸水紙、専用薬剤を運び込む。
何度も着てきた防護服なのに、この日はいつもより少し重く感じた。
和室へ入り、改めて現場を見渡す。
畳の上に広がる赤黒い血液。
光沢を失い始めた部分もあれば、まだ湿り気を残している部分もある。
部屋の空気は重く、鉄のような匂いが鼻の奥にまとわりついて離れない。
私は深呼吸を一つして、作業を始めた。
まずは吸水紙を静かに血液へ当てる。
ゴシゴシこすることはしない。
押さえる。
吸わせる。
交換する。
また押さえる。
その繰り返しだ。
焦って動けば血液を周囲へ広げてしまう。
特殊清掃では「急ぐこと」と「慌てること」は違う。
必要なのは、速さではなく正確さだ。
一枚の吸水紙が、あっという間に真っ赤に染まる。
交換する。
また赤く染まる。
交換する。
それを何十回、何百回と繰り返していく。
用意していた吸水紙の束は、みるみる減っていった。
「こんなに使うとは……。」
思わず心の中でつぶやいた。
現場を見た瞬間にも感じたことだが、人の体には本当に多くの血液が流れている。
医学的な知識では知っていても、実際の現場では改めて思い知らされる。
人は、生きている間、その血液を体の中に留めることで命を維持している。
その当たり前のことを、この仕事は何度も教えてくれる。
黙々と作業を続ける。
吸水紙を交換し、薬剤を使い、また拭き取る。
作業中、私は必要以上に部屋のことを想像しないようにしている。
ここで何があったのか。
故人は最後に何を考えていたのか。
家族はどんな思いだったのか。
そんなことを考え始めると、手が止まってしまう。
止まった手は、仕事の質も落とす。
だから私は、現場では感情を脇へ置く。
冷たいと思われても構わない。
故人をかわいそうだと思うだけでは、床に染み込んだ血液は消えない。
遺族に同情するだけでは、臭いは取れない。
私の役目は、泣くことではない。
元に戻すことだ。
それだけを考える。
それでも、この日は何度も気配を感じた。
背後では子どもたちが廊下を歩く音がする。
リビングではテレビの音が聞こえてくる。
誰かが冷蔵庫を開ける音。
食器の触れ合う音。
ごく普通の生活音だった。
その音を聞くたびに、私は妙な感覚に包まれた。
襖一枚隔てた向こうでは、ついさっきまで血の海が広がっている。
そのすぐ隣では、いつもの日常が流れている。
まるで二つの世界が、一つの家の中に同時に存在しているようだった。
もちろん、人は生きていかなければならない。
食事もする。
子どもは遊ぶ。
生活は止まらない。
頭では理解している。
しかし、その光景を目の当たりにすると、言葉では説明できない違和感だけが胸に残った。
一時間ほど経った頃には、床に広がっていた血液はほぼ除去できた。
だが、それで終わりではない。
畳には深く染み込んでいる。
表面がきれいになったように見えても、中には大量の血液が残っている。
臭いも細菌も、そのままだ。
この畳を残すことはできない。
翌日、畳を撤去することになる。
私は最後に和室全体を見回した。
床一面を覆っていた血液はなくなっていた。
しかし、部屋が元に戻ったわけではない。
何とも言えない静けさだけが残っていた。
道具を片付けながら、ふと思った。
世間では、特殊清掃員を「人助けをする仕事」と言ってくれる人がいる。
ありがたい言葉ではある。
でも、私は自分の仕事をそんなふうに考えたことはほとんどない。
人助けをしようとして現場へ行くわけではない。
感謝されるために血を拭いているわけでもない。
依頼を受け、必要な作業を行い、その対価をいただく。
仕事とは、本来そういうものだと思っている。
もちろん、結果として誰かの役に立てたのなら、それはうれしい。
「ありがとう」と言っていただければ、素直にありがたいと思う。
しかし、それを求め始めた瞬間、この仕事はどこか歪んでしまう気がする。
私は善人ではない。
英雄でもない。
特殊清掃という仕事を選び、その仕事を続けている、一人の職人でしかない。
そう思いながら、私は静かに和室の襖を閉めた。
見えているものだけでは、人は分からない
翌朝、私は予定どおりマンションへ向かった。
この日の作業は、血液が染み込んだ畳の撤去と消毒、そして室内の除菌・消臭が中心になる。
現場に着くと、ご主人は昨日と変わらない様子で玄関を開けてくれた。
「よろしくお願いします。」
その一言だけだった。
和室へ入る。
前日に拭き取った血液は表面から消えていた。
しかし、畳には黒く変色した跡がくっきりと残っている。
表面だけを拭いても意味はない。
血液は畳床の奥深くまで浸透している。
臭いも雑菌も、その中に残っている。
私は畳を一枚ずつ慎重に持ち上げた。
持ち上げた裏側には、血液が床板へ回り込んだ痕跡が見える。
やはり昨日の判断は間違っていなかった。
もし血液の除去を先延ばしにしていたら、もっと深く浸透していたかもしれない。
現場では、「あのとき、すぐ動いてよかった」と思えることが少なくない。
特殊清掃は、時間との戦いでもある。
畳を運び出す準備を始める。
ただ、マンションという場所では、一つ気を付けなければならないことがある。
近隣住民への配慮だ。
血液が付着した畳を、そのまま共用廊下へ運ぶことはできない。
万が一、血液が見えてしまえば、不安や誤解を招く。
臭いが漏れれば、周囲に迷惑もかかる。
私は用意してきた不透明のシートで、一枚ずつ丁寧に包んでいく。
外から見れば、何を運び出しているのか分からない。
それでいい。
特殊清掃の仕事は、目立たない方がいい仕事なのだ。
依頼者のプライバシーを守ることも、私たちの大切な役目の一つである。
何往復かして、すべての畳を搬出した。
その後、床板を洗浄し、除菌剤を散布する。
最後に消臭剤を室内全体へ噴霧する。
薬剤の細かな霧が、ゆっくりと部屋全体へ広がっていく。
あの鉄臭さは、昨日よりずっと薄くなっていた。
完全に元どおりになるわけではない。
それでも、この部屋は少しずつ「生活できる空間」へ戻っていく。
それが私たちの仕事だ。
作業が終わり、道具を片付ける。
私はご主人へ作業終了の報告をした。
「これで本日の工程は終わりました。」
「そうですか。」
返ってきたのは、それだけだった。
子どもたちも、相変わらず私にはほとんど関心を示さない。
「ありがとうございました。」
その一言もなかった。
もちろん、それを期待して仕事をしているわけではない。
感謝されるために特殊清掃をしているわけではない。
頭ではそう思っている。
それでも、人間だから少しだけ寂しさを感じることはある。
二日間、この家で作業をした。
誰一人、怒っているわけではない。
失礼な態度を取られたわけでもない。
それなのに、最後まで家族の表情から感情を読み取ることはできなかった。
私は道具を車へ積み込みながら、昨日から抱えていた違和感について考えていた。
最初は正直に言えば、こう思ってしまっていた。
「冷たい家族なのではないか。」
「奥さんが亡くなったばかりなのに。」
そんな考えが頭をよぎったことは否定できない。
しかし、その考えは、車のハンドルを握った瞬間に消えた。
いや、消そうとした。
私には何も分からない。
夫婦がどんな人生を歩んできたのか。
家庭の中で何があったのか。
亡くなった奥様がどんな人だったのか。
ご主人がどれほど苦しんでいたのか。
子どもたちが何を抱えているのか。
私は何一つ知らない。
たった二日間、この家にいただけの人間が、その家族を評価する資格などあるはずがない。
悲しみは、人それぞれだ。
人前で泣く人もいる。
誰にも涙を見せない人もいる。
仕事に没頭することで自分を保つ人もいれば、お金の計算をしていないと現実を受け止められない人もいる。
あの日、ご主人がお金の話ばかりしていた理由も、本当のところは分からない。
生活が苦しかったのかもしれない。
突然の出費に頭を抱えていたのかもしれない。
あるいは、現実から目を背けるために、あえて金額の話へ意識を向けていたのかもしれない。
そのどれも、私には確かめようがない。
それなのに、自分の物差しだけで「おかしい」と感じた。
それこそが、一番危ういことなのではないか。
特殊清掃の仕事を長く続けていると、人の最期ばかりを見る。
だからこそ、分かったような気になってしまう。
「ああ、この家庭はこうだったんだ。」
「きっと、こういう事情だろう。」
そんな想像はいくらでもできる。
しかし、その多くは想像でしかない。
私は現場を掃除することはできても、人の人生まで掃除することはできない。
見えているのは、最後の一場面だけだ。
その前に何十年もの人生があったことを、忘れてはいけない。
だから私は、これからも故人を美化しない。
遺族を悪者にも、被害者にも決めつけない。
そして、自分を「人助けをしている立派な人間」だとも思わない。
ただ、依頼された仕事を誠実にやる。
それだけで十分だと思っている。





