特殊清掃「おかしな奴の、お菓子作り講座 」を更新いたしました。
おかしな奴の、お菓子作り講座
時間というものは不思議なもので、楽しい時間は高速道路を走る車のように過ぎ去っていくくせに、退屈な時間になると急に渋滞を起こす。
特に暑い夏の時期は、体力も気力も少しずつ削られていく。
そんな時、人は何を求めるのか。
冷たい飲み物?
涼しい部屋?
楽しい休日?
もちろん、それも大事。
しかし、忘れてはいけないものがある。
そう。
お菓子である。
甘いものには、人間の心を一瞬だけ平和にする不思議な力がある。
仕事で疲れた時。
嫌なことがあった時。
何となく人生について考えすぎてしまった時。
チョコレートを一口食べるだけで、「まあ、明日考えればいいか」と少しだけ前向きになれる。
糖分とは、人類が発明した小さな希望なのかもしれない。
……というわけで今回は、皆さんが暑い夏を乗り切れるよう、とっておきのお菓子作りを紹介したいと思う。
ただし、普通のお菓子作りを期待してはいけない。
世の中には、料理が得意な人もいる。
見た目も美しく、味も完璧なケーキを作る人。
分量をきっちり測り、温度管理まで完璧にこなす職人のような人。
そういう人たちを私は尊敬する。
しかし、私は違う。
私が目指すのは「美味しいだけのお菓子」ではない。
見る人の想像力を刺激し、食べる前に一度考えさせる。
そんな、少し人生について考えさせられるお菓子である。
……言い換えれば、ただの変なものだ。
まず用意するもの。
フライパン。
ここ重要。
ボウルではない。
なぜフライパンなのか。
理由は簡単。
雰囲気である。
お菓子作りに必要なのは、材料だけではない。
「これは何かが始まるぞ」という演出も重要なのだ。
料理とは五感の芸術である。
味覚、嗅覚、視覚。
そして時には、不安感。
まず、溶かしバターから澄ましバターを作る。
それをフライパンに少し多めに敷く。
バターというものは素晴らしい。
香りだけで人を幸せにする。
しかし、この時点ではまだ普通のお菓子作りに見える。
ここから少し方向性がおかしくなる。
次に用意するのはチョコレート。
できれば色の濃いブラック系がおすすめ。
甘さよりも苦み。
明るさよりも深み。
人生と同じである。
甘いだけでは面白くない。
少し苦いくらいがちょうどいい。
チョコレートを湯煎して柔らかくし、先ほどのバターの上に流し広げる。
ここまでは完全にお菓子作りである。
誰が見てもチョコレート菓子の制作現場だ。
しかし、ここから先は少し想像力が必要になる。
次に登場するのは、インスタントコーヒー。
普通の粒では少し粗い。
そこで、少し細かくなるように磨り潰す。
ただし、粉末にしすぎてはいけない。
何事にも適度というものがある。
完全に細かくすると、ただのコーヒー粉になる。
少し粒感が残ることで、存在感が出る。
そして、そのコーヒーをチョコレートの上に少し盛り上がる程度に乗せる。
ここで黒蜜や濃い色のシロップを少しかける。
見た目の深みが増す。
さらに白いカラースプレーを適量散らす。
カラースプレーとは、チョコレートを砂糖でコーティングした小さな粒状のお菓子作り材料である。
普通ならケーキやアイスクリームを華やかにするために使うものだ。
しかし、使う人間の発想次第で役割は変わる。
花を飾れば美しい庭になる。
同じ花でも場所を間違えれば違う印象になる。
世の中とはそういうものだ。
最後の仕上げ。
お好みのリキュールを全体に吹きかける。
霧吹きを使えば、ほどよく湿った感じが出る。
そして完成。
……と言いたいところだが。
ここで多くの人は疑問を持つだろう。
「何が完成したの?」
そう思うのが正常である。
これは何か。
これは……
お菓子で作る、液化した人間のようなもの。
腐乱現場のミニチュア模型。
フローリングバージョン。
……である。
もちろん、本当にそんなものを作りたいわけではない。
食べ物を粗末にしたいわけでもない。
ただ、人間の想像力というものは面白い。
同じ材料でも、見る人の頭の中で全く違うものになる。
美味しそうなチョコレートに見える人もいる。
芸術作品のように感じる人もいる。
そして、私のような少し方向性を間違えた人間には、別のものに見えてしまう。
以前のブログを読んでくれた人なら、この時点でどんな景色を想像しているかわかるかもしれない。
ハエを再現する材料。
毛髪を表現する材料。
そういった細かい演出ができれば、さらに完成度は上がっただろう。
しかし、残念ながら私の食品棚には、そのような特殊素材は存在しなかった。
スーパーで買った食材だけで、人間の想像力をどこまで暴走させられるか。
今回のテーマはそこにある。
少しだけ「見たくないものを見る勇気」を試している。
もちろん、体感したくない人もいるだろう。
むしろ、そういう感覚が正常である。
一通り眺めて想像力を満足させたら、ここで本来のお菓子作りへ戻る。
フライパンの中身をボウルへ移す。
湯煎しながら小麦粉と混ぜ合わせる。
形を整える。
そしてオーブンへ。
しっかり焼けば……
はい。
香ばしいチョコレートクッキーの完成である。
見た目は少し問題があるかもしれない。
しかし味は普通に美味しい。
いや、むしろ少しビターな大人の味になる。
舌には甘さ。
心には少し複雑な感情。
そんな不思議なクッキーである。
ただし、一つだけ注意点がある。
間違っても、人間の形にして焼いてはいけない。
完成した瞬間、自分で作ったものなのに食欲が失われる可能性がある。
料理とは味だけではない。
心理的な影響も大きい。
目の前にあるものを「食べ物」と認識できるかどうか。
それは非常に重要な問題である。
できれば、ハート型などにしてみるといい。
同じチョコレートでも、形が変われば印象は変わる。
愛情を込めたハート型なら、きっと美味しく食べられる。
……たぶん。
ちなみに、この作品には別バージョンも存在する。
布団バージョン。
ベッドバージョン。
カーペットバージョン。
畳バージョン。
それぞれ違った表現が可能である。
もちろん、興味がある人だけ挑戦してほしい。
ただし、家族や友人に見せる場合は十分注意すること。
「新しいケーキを作った」と言って出した瞬間、食卓が静まり返る可能性がある。
場合によっては、料理の腕ではなく人格を疑われる。
お菓子作りとは、人との信頼関係まで試される奥深い世界なのだ。
……たぶん違う。
単純に私の発想がおかしいだけである。
今回紹介したものは、一般的なお菓子作り講座ではない。
美味しいお菓子を作る方法でもない。
むしろ、「普通のお菓子作りから少し外れて遊んでみる」という、くだらない大人の遊びである。
大人になると、真面目なことばかり増えていく。
仕事。
責任。
人間関係。
将来への不安。
毎日そんなことばかり考えていると、頭の中まで固くなってしまう。
たまには意味のないことを本気でやってみるのも悪くない。
誰かに褒められる必要もない。
役に立つ必要もない。
ただ笑える時間がある。
それだけで十分なのかもしれない。
最後に一つだけ付け加えておく。
このブログを書いた時、周囲からは当然のように反対意見が出た。
「やめたほうがいい」
「誰が読むんだ」
「何のために書くんだ」
ごもっともである。
反論の余地はない。
しかし、世の中には意味のあるものだけが必要なわけではない。
くだらないもの。
くだらないけれど、少し笑えるもの。
そういうものが、案外人の心を軽くすることもある。
だから私は書く。
お菓子を作るふりをして、変な想像を膨らませる。
そして最後にはちゃんとクッキーに戻す。
それが、この「おかしな奴のお菓子作り講座」である。
甘いだけでは人生は面白くない。
少し苦くて、少し変で、少し笑える。
そんな大人味のお菓子があってもいいではないか。





