特殊清掃「怪談」を更新いたしました。
怪談
夏になると、怪談話が増える。
テレビでも雑誌でもネットでも、「これは実話です」「絶対に見ないでください」などと、こちらの好奇心を巧妙に刺激してくる。
幽霊が出た。金縛りに遭った。誰もいないはずの部屋から物音がした。写真を撮ったら、知らない顔が写っていた――。
怖い。
確かに怖い。
しかし、よく考えてみれば、幽霊というのはずいぶん親切な存在でもある。
基本的には、こちらに直接請求書を送ってこない。
家賃も請求しない。
裁判所から通知を寄こすこともない。
ましてや「この部屋、事故物件になったので家賃収入がなくなりました。どうしてくれるんですか」と電話を掛けてくることもない。
そう考えると、本当に怖いのは幽霊ではなく、この世の現実なのかもしれない。
25年ほど前、私はそんなことを考えながら、ある文章を書いた。
題名は単純に「怪談」。
今回は、その文章を読み返しながら、少し書き直してみたいと思う。
当時はまだ若く、文章にも今より勢いがあった。
今ならもう少し、「世の中そんなに単純じゃないよ」と自分自身にツッコミを入れながら書くだろう。
それでも、25年たった今でも、基本的なところは変わっていない。
むしろ、年齢を重ねた分だけ、現実の怖さがよく分かるようになった。
世間一般からすると、腐乱死体というものは突然現れる厄介者である。
昨日までは普通の部屋だった。
それが、ある日突然、
「どうも臭う」
となり、
「何かおかしい」
となり、
「警察を呼んだ方がいいんじゃないか」
となって、最後には大騒ぎになる。
ところが本人からすれば、もちろん突然ではない。
本人は、しばらく前からその部屋にいて、時間をかけて腐っている。
ただ、それが周囲に発見されるのが突然なので、世間から見ると「降って湧いた災難」のように感じられる。
しかも、死者本人はもう何もできない。
残された人間だけが、
「さて、どうしましょう?」
という、非常に困った会議を始めることになる。
しかも、その会議には本人が出席しない。
これが困る。
私はこれまで、特殊清掃の仕事を通じて、こうした現場を数多く見てきた。
きちんと統計を取っていたわけではないので、あくまでも私の経験則なのだが、腐乱死体が発見される住宅は、持ち家より賃貸住宅の方が多いように感じていた。
そして、経済的に余裕のないケースも少なくない。
もちろん、これは「賃貸住宅に住んでいる人はこうだ」と決めつける話ではない。
人は誰でも死ぬし、誰でも孤立する可能性がある。
ただ、問題は亡くなった本人だけで完結しないということだ。
そこから先に、残された人たちの人生が始まってしまう。
家族。
保証人。
大家。
管理会社。
近隣住民。
場合によっては、上下階の住人や隣室の住人まで巻き込まれる。
死んだ本人は静かになったのに、周囲は一気に忙しくなる。
なんとも皮肉な話である。
特に怖いと思うのが、賃貸契約の保証人である。
かつての私は、友人や知人から頼まれて、何度か賃貸住宅の保証人になったことがある。
当時の私は、
「金を貸す保証人にはならない。でも、家を借りる保証人くらいなら大丈夫だろう」
と思っていた。
今考えると、かなり甘い。
「くらいなら」という言葉ほど危険なものはない。
賃貸住宅の保証人といっても、何か問題が起きたときには、それなりの責任を負うことになる。
もちろん、契約内容や法律関係によって責任の範囲は異なるので、「保証人になったら何でも全部払わされる」と単純に考えてはいけない。
しかし、少なくとも、
「家賃の保証だけだと思っていたら、こんな話まで出てきた」
ということは起こり得る。
部屋の清掃。
原状回復。
特殊清掃。
リフォーム。
場合によっては、臭いや汚染の影響で、周囲の住人にまで影響が出る。
そして、話が大きくなればなるほど金額も大きくなる。
さらに厄介なのが、「事故物件」という言葉である。
一度その部屋で腐乱死体が発見されれば、次に借りる人からすると、
「ここ、何かありましたよね?」
となる。
そりゃそうだ。
私だって、物件を探していて、
「こちらのお部屋、日当たり良好、駅徒歩五分、前入居者は腐乱死体として発見されました」
と説明されたら、日当たりより先に考えることがある。
駅徒歩五分も、どうでもよくなる。
結果として家賃を下げざるを得なかったり、入居者が決まりにくくなったりすることもある。
そうなれば大家にとっては、単なる部屋の修理では済まない。
収入そのものが減る。
住宅ローンが残っている大家なら、さらに深刻である。
「人が死んだ部屋」だけならまだしも、場合によっては建物全体のイメージが悪くなり、他の住人まで退去してしまう。
すると、空室が増える。
家賃収入が減る。
ローンは待ってくれない。
銀行は怪談話を聞いて、
「それはお気の毒ですね。今月の返済は幽霊払いで結構です」
とは言ってくれない。
ここが現実の怖いところである。
大家というと、
「家主なんだから何とかしろ」
と言われがちだ。
しかし、大家だって好きでそんなことを経験しているわけではない。
自分が所有している建物で人が亡くなる。
しかも発見まで時間がかかる。
特殊清掃が必要になる。
臭気や汚染が発生する。
他の住人から苦情が来る。
家族に連絡する。
保証人に連絡する。
業者を手配する。
費用をどうするか考える。
そして、最後には「この費用は誰が払うのか」という、実に世俗的でありながら非常に重要な問題にぶつかる。
ここで家族や保証人が誠実に対応してくれれば、まだ話は進む。
ところが、世の中にはそういう人ばかりではない。
「そんな金はない」
「本人が死んだんだから知らない」
「払えないものは払えない」
という話になることもある。
気持ちは分からないでもない。
家族を亡くしたうえに、突然大きな金銭問題まで背負わされるのだから、逃げたくなる気持ちもあるだろう。
しかし、大家からすれば、
「いや、私も知らないんですけど……」
である。
大家は死者の親戚でもない。
ただ、その部屋を貸していただけなのだ。
それなのに、自分の所有物件で発生した問題だから、何もしないわけにもいかない。
建物を放置することもできない。
近隣住民から苦情が来れば対応しなければならない。
結局、自分で費用を出して片付けるしかない。
そして後から家族や保証人に請求する。
しかし、相手に支払能力がなければ、回収できない。
「ない袖は振れない」
とは、よく言ったものだ。
袖がない人にいくら振ってもらっても、風しか起こらない。
裁判を起こすケースもある。
もちろん、法的な権利を守るために裁判が必要な場合もあるので、一概に「裁判は無駄」と言うことはできない。
ただ、裁判に勝ったからといって、相手の財布から突然お金が湧いてくるわけではない。
ここも現実の怖いところだ。
幽霊にはお札を貼れば済む場合がある。
人間には、そうはいかない。
意外と見落とされがちなのが、近所に住んでいる人たちだ。
同じ建物に住んでいる人間からすれば、
「隣の部屋で人が亡くなった」
だけでも精神的な負担になる。
まして、発見まで時間がかかっていれば、臭いの問題も出てくる。
ウジやハエが発生することもある。
場合によっては、腐敗による汚染が床や壁などを通じて周囲に影響することもある。
「ちょっと臭うくらいなら我慢しよう」
と言っていられるうちはいい。
しかし、
「何だか床がおかしい」
「壁から臭いがする」
「虫が増えた」
となってくると、話は変わる。
自分には何の落ち度もないのに、突然、自宅が住みにくい場所になってしまう。
引っ越しを余儀なくされることもある。
子どもがいれば学校の問題も出てくる。
仕事があれば通勤の問題もある。
引っ越しには当然お金がかかる。
つまり、一人の孤独死が、本人の人生だけではなく、周囲の何人もの生活を動かしてしまうことがある。
これが、私が特殊清掃の仕事をしていて強く感じたことだった。
だから私は、25年前に比べると、今はかなり慎重になった。
当時は「親しい友人だから」「困っているから」と思って、賃貸契約の保証人を引き受けた。
人間関係としては、それほど不自然なことではない。
むしろ、断る方が冷たいような空気になることもある。
「保証人くらい、いいじゃないか」
と言われる。
しかし、その「くらい」が怖い。
保証人になるということは、単に名前を書くだけではない。
相手の生活や経済状態、契約内容、万が一のときの責任まで考えなければならない。
それを考えると、
「親しいから保証人になる」
というのは、少し順番が逆なのではないかと思うようになった。
親しい人だからこそ、断る。
嫌われるかもしれない。
「冷たい奴だ」と思われるかもしれない。
それでも断る。
私自身は、これまでの経験をしたことで、そう考えるようになった。
人間関係は、保証人欄に名前を書くことで守られるとは限らない。
むしろ、その一枚の書類が、人間関係を壊すことだってある。
夏になると怪談話が流行る。
幽霊が出る。
夜中に女の声がする。
誰もいない部屋で足音がする。
そういう話を聞いて、
「怖いなあ」
と言いながら布団に入る。
でも、私は思う。
本当に怖いのは、もっと静かにやって来る。
誰にも気づかれずに孤立してしまうこと。
何日も連絡がないこと。
部屋の中で何かが起きていても、誰も気づかないこと。
そして、ようやく発見されたときには、すでに周囲の生活まで大きく壊してしまっていること。
これは幽霊の仕業ではない。
人間社会の問題である。
だからこそ怖い。
しかも、この怪談には除霊師がいない。
お札を貼っても消えない。
塩をまいても消えない。
お経を唱えても請求書は消えない。
必要なのは、もっと地味なものだ。
普段からの連絡。
近所付き合い。
家族や友人とのつながり。
「最近どうしてる?」という、たった一言。
そして、もしものときに誰がどう対応するのかを考えておくこと。
これだけでも、孤立死の発見を早められる可能性はある。
もちろん、人間はいつ死ぬか分からない。
誰だって突然死ぬ可能性がある。
だから「絶対に腐乱死体を出さない方法」などというものは存在しない。
そんな方法があるなら、私が特殊清掃業をする必要もない。
ただ、発見を早める工夫はできる。
異変に気づいたら連絡する。
長期間連絡が取れない人を放置しない。
賃貸契約の保証人になるなら、軽い気持ちで引き受けない。
契約内容を確認する。
自分が背負う可能性のある責任を知っておく。
それだけでも、何かが変わるかもしれない。
25年前の私は、「住宅の賃貸保証くらいなら」と思っていた。
今の私は、そんなことを思わない。
むしろ、
「住宅の賃貸保証だからこそ、慎重に」
と思っている。
怪談話なら、怖くなったらテレビを消せばいい。
本を閉じてもいい。
布団をかぶればいい。
しかし、現実の怪談は、テレビを消しても終わらない。
請求書が来る。
電話が鳴る。
業者が来る。
近所から苦情が来る。
そして、誰かが後始末をしなければならない。
だから、この夏、怪談話を楽しむのはいい。
私も怪談は嫌いではない。
ただし、幽霊より怖いものが、この世にはいくらでもある。
その中でもかなり怖いのが、
「知り合いの賃貸契約の保証人になっている」
という事実かもしれない。
心当たりのある方は、一度契約書を見てみるといい。
そして、心当たりのある人がいるなら、たまには連絡をしてみることだ。
「元気か?」
それだけでいい。
何もなければ、それでいい。
「なんだよ、急に」
と笑われたら、それもいい。
その程度の連絡で済むのなら、ずいぶん安い怪談対策である。
何より、腐乱死体が発見されてから慌てて連絡するより、はるかにいい。
……というわけで、25年前の自分に言いたい。
「賃貸の保証人くらいなら大丈夫」
と思っていた自分よ。
それは違う。
世の中には、「くらい」で済まないことがある。
そして、特殊清掃の現場を知ってしまった今だからこそ、私は誰の保証人にもならない。
冷たいと言われても仕方がない。
人間関係が壊れるかもしれない。
でも、それでいい。
幽霊に恨まれるより、生きている人間に嫌われる方が、まだ対処しやすい。
何しろ、生きている人間なら話し合いができる。
……たぶん。
それにしても、夏の怪談は涼しくなる。
しかし、現実の怪談は財布を冷やす。
場合によっては人生まで冷やす。
だから皆さん。
夏の夜、怖い話を楽しむのは結構。
ただし、もっと怖い話が自分の身近にないか、一度だけ確認してみてください。
「そういえば、あの人の賃貸保証人だったな……」
と思い出したあなた。
今夜は、ちょっとだけ電話をしてみることをお勧めします。
「元気?」
たったそれだけでいい。
電話に出れば、めでたし。
出なければ……。
いや、やめておこう。
ここから先は、怪談になってしまう。





