特殊清掃「臭いなぁ」を更新いたしました。
臭いなぁ
「腐乱死体の匂いって、例えて言うと、どんな臭い?」
たまに、そんなことを尋ねられる。
正直、返事に困る。
「えーと……夏場の生ゴミを、三日くらい放置した感じ?」
いや、違う。
「じゃあ、ものすごく臭いウ○コ?」
これも違う。
「魚が腐ったような臭い?」
うーん……近いような、遠いような。
結局、
「とにかく、臭いです」
としか言えない。
我ながら、実に説明能力の低い回答である。
特殊清掃をしている人間が、「どんな臭いですか?」と聞かれて「臭いです」と答える。
そりゃそうだろ、と突っ込まれても仕方がない。
しかし、本当にそれ以外に上手い表現が見つからないのである。
そもそも、臭いというものを言葉で正確に伝えること自体が難しい。
音なら「高い」「低い」「大きい」「小さい」と言える。色なら「赤」「青」「暗い」「明るい」と表現できる。味なら「甘い」「辛い」「酸っぱい」「苦い」など、ある程度の共通言語がある。
ところが臭いになると、急に語彙が貧弱になる。
「いい匂い」
「臭い」
「ちょっと臭う」
「めちゃくちゃ臭い」
だいたい、この辺で話が終わってしまう。
もちろん、専門的に表現しようと思えばいろいろあるのだろう。化学的な成分を分析して、「○○系の揮発性物質がどうのこうの」と説明することもできる。
しかし、そんな説明を聞いて、
「なるほど! じゃあ今日からその臭いをイメージできます!」
となる人が、果たしてどれくらいいるのだろう。
たぶん、ほとんどいない。
だから私は、腐乱死体の臭いについて聞かれたとき、
「例えられない臭いです」
と答えることにしている。
これは逃げではなく、本当にそうなのである。
腐乱死体の臭いが説明しづらい最大の理由は、世の中に似た臭いがあまり存在しないことだと思う。
たとえば、焼きたてのパンの香りなら「パン屋さんの匂い」と言えば、多くの人が何となく想像できる。
コーヒーならコーヒー。
雨上がりの土なら、雨上がりの土。
ガソリンならガソリン。
ところが腐乱死体の臭いは、
「これと同じです」
と言える身近なものがない。
ウ○コ?
いや、違う。
腐った生ゴミ?
いや、それも違う。
魚の腐った臭い?
それだけでもない。
玉ねぎが腐った臭い?
……だから、そういうものを全部まとめて、さらに「何か」を足したような、とでも言えばいいのだろうか。
でも、それでも全然伝わらない。
むしろ、聞いている人の想像力を無駄に刺激してしまうだけかもしれない。
「じゃあ、全部混ぜれば作れるんですか?」
いや、作らなくていい。
絶対に作らなくていい。
お願いだから、試さなくていい。
「自宅で再現してみました! これです!」
などと言って、密封容器を持って来ないでほしい。
私は研究者ではない。
「おお、これは見事な腐乱臭ですね!」
などと講評する趣味もない。
そして何より、そんなものを持って来られたら、こちらが先に腐乱する。
ちなみに、遺体から発生する臭いを、私は自分の中で何となく段階に分けて考えている。
もちろん、これは医学的な分類でも、正式な専門用語の定義でもない。あくまで、長く現場にいる中での個人的な感覚である。
まず「死臭」。
通常の遺体から感じる独特の臭いだ。
これも決して「いい匂い」ではない。
しかし、耐えられないほどではない。
人間というものは不思議なもので、何度も経験しているうちに、臭いの種類を何となく識別できるようになってくる。
スタッフの中には、死臭がそれほど嫌いではない人間もいる。
「死臭、嫌いじゃないんですよね」
なんて言う人間もいる。
初めて聞いたときは、
「それ、一般社会ではあまり大きな声で言わないほうがいいぞ」
と思った。
本人には何の悪気もない。
ただ単に、臭いに対する耐性や好みの問題なのだろう。
しかし、居酒屋で初対面の人に、
「私、死臭好きなんですよ」
と自己紹介されたら、私はたぶん一歩下がる。
握手も一瞬ためらう。
次に「趣味は?」と聞かれたら、もう聞かない。
一方、「腐敗臭」になると話が変わってくる。
これはかなり強烈だ。
我慢できない人が大半だと思う。
そして、その先にある「腐乱臭」。
これはもう、ほとんど別世界である。
現場に入った瞬間、身体が、
「ここから先は立入禁止です」
と判断してくれる。
頭で考えるより先に、身体が拒否する。
鼻が、
「お前は本当にここに入るのか?」
と問いかけてくる。
喉が、
「やめとけ」
と言ってくる。
胃が、
「俺も反対だ」
と同意してくる。
それでも仕事だから入る。
人間の身体というのは、案外、精神論でどうにかなる部分もあるらしい。
ただし、胃だけは最後まで説得に応じない。
私自身、嗚咽することは珍しくない。
「慣れているんだから平気なんでしょう?」
と思われることもあるが、そんなことはない。
慣れるというのは、「臭くなくなる」ことではない。
臭いは臭い。
強烈なものは強烈なままだ。
ただ、「臭いから仕事にならない」という状態から、「臭いけど仕事をする」という状態に変わっていく。
そこが違う。
現場で「うっ……」となることは普通にある。
喉まで上がってきたことも何度もある。
幸いというべきか、口から外へ出したことは一度もない。
その点では、私はこの仕事に向いていたのかもしれない。
もし毎回現場に入るたびに、
「おえっ!」
「げえっ!」
「無理です!」
となっていたら、たぶん今ごろ別の仕事をしている。
いや、別の仕事というより、そもそも仕事になっていない。
特殊清掃員なのに、清掃対象より先に自分が汚染されている。
それでは笑えない。
では、どうやって耐えているのか。
結局、一番大きいのは「慣れ」だと思う。
人間というのは恐ろしいもので、何度も同じ刺激を受けていると、ある程度は適応してしまう。
もちろん、完全に平気になるわけではない。
「今日は無臭だな」
なんて日は来ない。
来たら来たで、むしろ怖い。
「おかしい。今日は何も臭わないぞ。俺の鼻、壊れたか?」
となる。
臭いに慣れるというのは、臭いを感じなくなることではない。
「臭いと感じながら、その先の作業を考えられるようになる」
ということなのだと思う。
最初は、
「臭い!」
しか考えられなかったものが、
「臭いな。……さて、まずここを片付けよう」
くらいになる。
人間の適応能力とは、本当にすごい。
できれば、もっと別のことに使いたい能力ではある。
たとえば、早起きとか。
運動不足とか。
健康診断の結果とか。
そういうものに適応してくれたほうが、人生には役立ちそうだ。
もう一つの防御は、防臭マスク。
これも、何もないよりはかなりマシである。
ただし、消防や警察などが使用しているような、高価で高性能なものとは違う。
あくまで「防御力を少し上げる装備」くらいに考えている。
ゲームで言えば、
「防臭マスクを装備した!」
攻撃力は変わらない。
防御力が「+3」くらい上がる。
そんな感じだ。
装備した瞬間、
「これで大丈夫!」
とはならない。
現場に入れば普通に臭い。
ただ、何も着けていないよりはいい。
そして、人間はこの「少しマシ」というものに結構救われる。
100の臭いを10にする魔法のマスクではない。
100が80になるかもしれない。
それでも、その20がありがたい。
20という数字を馬鹿にしてはいけない。
20があるのとないのとでは、現場での精神状態がかなり違う。
昔の友人に、
「トイレでウ○コをするときは、口で息をすればいい」
という奴がいた。
鼻で息をするから臭い。
ならば口で息をすればいい。
実に単純明快な理論である。
たしかに、理屈だけ聞けば分からなくもない。
しかし私は、どうも納得できない。
いや、納得できないというより、やりたくない。
特に特殊清掃の現場では、絶対に口で息をしたくない。
「鼻が臭いなら口で呼吸すればいいじゃないか」
と言われても、
「いや、そういう問題じゃないだろ」
と思ってしまう。
科学的にどうなのかは知らない。
口呼吸をしたから具体的にどんな健康被害があるのか、私には説明できない。
ただ、感覚的に、
「これは身体にものすごく悪いことをしている気がする」
のである。
理屈ではない。
本能的な拒否感だ。
鼻は臭いを感じる。
だから鼻を塞ぎたくなる。
でも、口から空気を入れるのは、もっと嫌だ。
なんというか、
「臭い空気を鼻で感じる」のと、
「臭い空気を自分から積極的に口の中へ迎え入れる」
のでは、心理的な違いがものすごく大きい。
実際には空気が鼻から入ろうが口から入ろうが、空気は空気なのだろう。
そんなことは分かっている。
分かっているけど嫌なのだ。
人間には、科学では説明しきれない「嫌だ」という感情がある。
私はそれを大事にしている。
だから私は、これからも鼻で息をする。
もちろん、防臭マスクは使う。
少しでも臭いを減らせるなら、ありがたく使わせてもらう。
でも、口で呼吸することはしたくない。
「鼻が壊れてもいいから鼻で息をしたい」
とさえ思う。
いや、本当に鼻が壊れたら困るので、そこまでの覚悟はない。
鼻は大切だ。
臭いを感じるということは、生きているということでもある。
良い匂いも感じられるし、嫌な匂いも感じられる。
焼きたてのパンの匂いも、コーヒーの香りも、雨上がりの土の匂いも感じられる。
そして、現場では、
「うわ、臭いなぁ」
というものまで感じる。
できれば感じたくない。
でも、感じるからこそ、
「これは危ない」
「この場所には何かある」
と身体が教えてくれることもある。
だから、臭いという感覚そのものを嫌いになることはできない。
ただ、腐乱臭だけは、もう少し遠慮してほしい。
こちらとしても、できれば会いたくない。
向こうからしても、こちらに会いたい理由はないだろう。
なのに仕事だから会ってしまう。
そういう、なんとも不思議な関係である。
「腐乱死体の臭いって、どんな臭いですか?」
と聞かれたら、今後も私は困ると思う。
いくら考えても、ぴったり当てはまる言葉がない。
だから結局、
「説明できないくらい臭いですよ」
と答えるしかない。
それで許してほしい。
ウ○コより臭いとか、生ゴミより臭いとか、魚より臭いとか、そんな単純な話ではない。
あえて言うなら、
「経験しないほうがいい臭い」
なのだと思う。
興味本位で知りたい気持ちは分からなくもない。
人間は知らないものほど知りたくなる。
怖いものほど見たくなる。
臭いものほど、なぜか嗅いでみたくなる。
でも、これは「百聞は一嗅にしかず」というわけにはいかない。
一嗅したら最後、
「聞かなきゃよかった」
となる可能性が高い。
だから、想像だけにしておいたほうがいい。
そして私も、仕事が終わって外に出たら、
「普通の空気って、こんなに美味かったんだな」
と思う。
別に空気に味があるわけではない。
ただ、鼻から普通に空気を吸えることがありがたい。
家に帰って、風呂に入って、服を着替えて、ようやく日常に戻る。
そして翌日には、また現場へ行く。
鼻は今日も働いている。
「臭いなぁ」
と文句を言いながら、それでも働いている。
たぶん、これからもそうなのだろう。
防臭マスクを着けて、鼻で息をして、時々「うっ」となりながら、それでも作業を続ける。
鼻が壊れてもいい――とは、さすがに本気では思わない。
鼻にはこれからも頑張ってもらわなければ困る。
ただ一つだけ確かなのは、
口で息をするくらいなら、
鼻が「もう勘弁してくれ」と悲鳴を上げるまで、
私は鼻で息をしたい。
これからも。





