特殊清掃「おしどり夫婦 」を更新いたしました。
おしどり夫婦
死体業をしていると、「普通ではない現場」に出会うことが少なくない。
だからといって、何でも驚くわけではない。
孤独死もあれば、自殺もある。事件や事故に遭遇することもある。何年もこの仕事を続けていると、良くも悪くも多少のことでは動じなくなる。
……とはいえ、さすがに玄関を開けた瞬間、
「えっ?」
と思わず声が漏れた現場があった。
部屋の中には、二つの布団。
そして、その布団には二人のご遺体。
一瞬、「何か事件でもあったのか?」と頭をよぎる。
だが、事情を聞くと拍子抜けするほど穏やかな話だった。
ご夫婦はともに九十歳を超える高齢者。入院先は同じ病院ではなかったそうだが、ほぼ同じ時間帯に、それぞれ息を引き取ったという。
そんな偶然があるのか。
思わず天井を見上げたくなった。
もちろん医学的には偶然なのだろう。心臓も肺も、それぞれ寿命を迎えた結果にすぎない。
それでも、人は理屈だけでは割り切れない。
長年連れ添った夫婦が、最期まで歩幅を合わせるように旅立った。
そんな話を聞くと、「偶然」という一言で片付けるには少し味気ない気がしてしまう。
ご遺族も、不思議なくらい落ち着いていた。
悲しみがないわけではない。
目は赤いし、声も震えている。
それでも、部屋の空気は重苦しいというより、どこか柔らかい。
「本当に仲が良かったんですよ。」
長女の方が、少し笑いながらそう話してくれた。
「父が一人になったら、たぶん三日も持たなかったと思います。」
すると隣にいた親族が、
「いや、一日じゃない?」
と真顔でツッコミを入れる。
皆が少しだけ笑った。
もちろん不謹慎と言えば不謹慎なのかもしれない。
でも、その笑いは悲しみをごまかすものではなく、この夫婦らしさを思い出して自然にこぼれた笑顔だった。
私は仕事柄、いろいろな家族を見てきた。
遺産の話で怒鳴り合う兄弟。
故人そっちのけで相続の相談を始める親族。
「お父さん、まだそこにいるんだけど……」と言いたくなるような場面も、一度や二度ではない。
だからこそ、この家族の空気が妙に新鮮だった。
亡くなった二人の人生を私は知らない。
どんな出会いだったのか。
恋愛結婚だったのか、お見合いだったのか。
若い頃は喧嘩ばかりだったのか、それとも周囲が呆れるほど仲が良かったのか。
もちろん知る由もない。
それでも、夫婦というものは長い。
何十年という歳月の中で、楽しいことばかりだったはずがない。
子育てで悩んだ日もあっただろう。
仕事がうまくいかず落ち込んだ日もあっただろう。
病気もあれば、お金に困った時期もあったかもしれない。
些細なことで口も利きたくなくなるような夫婦喧嘩だって、一度や二度では済まないはずだ。
それでも翌日になれば、
「醤油取って。」
「……はいよ。」
そんな一言で元に戻る。
夫婦なんて、その繰り返しなのかもしれない。
人生は決してドラマのようには進まない。
毎日が感動の連続でもない。
むしろ、大半は何でもない日常だ。
朝ご飯を食べ、洗濯をして、テレビを見て、スーパーへ行き、「今日は何食べる?」と話す。
その何でもない日々を、何万回も積み重ねた先に「夫婦」がある。
そう考えると、ほぼ同じ日に人生を終えたこの二人は、最後まで歩調を合わせていたようにも思えた。
もちろん、現実はそんなにロマンチックではない。
偶然は偶然である。
特殊清掃員がスピリチュアルに目覚めたわけでもない。
もしそんな能力があれば、宝くじ売り場の前で仕事を始めている。
それでも、人間という生き物は、不思議な出来事に意味を見つけたくなる。
この夫婦を前にした時だけは、「仲が良すぎるにもほどがあるだろう」と思わず心の中で苦笑いしてしまった。
ご遺体を丁寧に納棺しながら、私は心の中で静かにつぶやいた。
「長い人生、本当にお疲れさまでした。」
仕事では何百、何千というご遺体に接してきた。
そのたびに感情移入していては身がもたない。
だから普段は、できるだけ淡々と仕事をする。
けれど、この日の現場だけは少し違った。
胸が締めつけられる悲しさではない。
涙が出る感動でもない。
冬の日だまりのような、ほんのり温かい余韻だけが残った。
特殊清掃の現場には、悲惨な出来事も数え切れないほどある。
しかし、時折こんな「最期の夫婦漫才」のような現場に出会うこともある。
そして私は、このあとまったく正反対ともいえる、もう一組の夫婦と向き合うことになる。
同じ「夫婦」。
同じ「二人一緒の最期」。
けれど、その空気は、この老夫婦とはあまりにも対照的だった。
夫婦というものは、不思議な存在だ。
恋人同士なら、嫌になれば別れるという選択肢もある。
友人なら、距離を置くこともできる。
会社の同僚なら、異動という救済措置もある。
しかし夫婦は違う。
朝起きても顔を合わせ、夜寝る前にも顔を合わせる。
休日も一緒。
病気になっても一緒。
定年後なんて、「二十四時間営業」である。
冷静に考えれば、こんなに濃密な人間関係はそうそうない。
だからこそ、長年連れ添うというのは、決して「仲が良い」だけでは続かないのだと思う。
どちらかが我慢した日もあるだろう。
いや、両方とも我慢していた日もあったかもしれない。
「今日はこの人と口をききたくない。」
そう思った朝だって、一度や二度では済まないはずだ。
それでも夕飯になれば、
「味噌汁いる?」
「……いる。」
そんな、どうでもいい会話で一日が終わる。
結婚生活とは、壮大なドラマではなく、案外そんなものなのかもしれない。
私は夫婦カウンセラーではない。
恋愛コラムを書く才能もない。
仕事柄、人様の人生の「終わり」ばかり見ている人間である。
だから逆に思う。
最期というのは、不思議なくらい、その人の人生が表れる。
一人で亡くなる人。
家族に囲まれて旅立つ人。
何年も会っていなかった子どもが慌てて駆け付ける人。
相続の話が先に始まる人。
泣き崩れる人もいれば、涙ひとつ見せず淡々と手続きを進める人もいる。
どれが正解という話ではない。
悲しみ方は人それぞれだからだ。
ただ、この老夫婦の現場には、どこか安心感があった。
「最後まで二人一緒だったね。」
誰もそんな言葉を口にはしなかったが、部屋中にそんな空気が漂っていた。
死体業という仕事は、悲惨な現場ばかりと思われがちだ。
もちろん、そういう現場は少なくない。
「今日は精神的にきつかったな。」
そう思う日もある。
だが一方で、人の人生の締めくくりに立ち会う仕事でもある。
だから、ときどき人生そのものを考えさせられる。
この老夫婦を見ていると、「夫婦とは何だろう」と考えずにはいられなかった。
結婚式の日に交わした誓いを、一生覚えている人は少ないだろう。
結婚記念日を忘れる夫も多い。
私の知人など、毎年忘れて奥さんに怒られ、そのたびに花屋へ全力疾走している。
学習能力というものは、人によってかなり個人差があるらしい。
それでも、何十年も一緒にいる。
若い頃の「好き」という感情だけでは説明できない何かが、そこにはある。
情なのか。
責任なのか。
習慣なのか。
あるいは、それら全部なのか。
そんなことを考えながら作業を終えた。
現場を後にするとき、私は珍しく少しだけ穏やかな気持ちになっていた。
死体業の仕事で「心が温まる」という表現は、あまり似合わない。
それでも、この日はそうだった。
だから余計に、その数日後に向かった現場との落差が大きかった。
同じ夫婦。
同じ二人一緒の最期。
しかし、そこには温もりではなく、重苦しい静寂だけが流れていた。
その現場で私を待っていたのは、年老いた母親と、取り乱して泣き続ける娘さんたちだった。
「夫婦」という言葉から連想するものは人それぞれだろう。
仲睦まじい老夫婦を思い浮かべる人もいれば、「毎日ケンカしています」と胸を張る夫婦もいるかもしれない。
どちらが正常かと聞かれれば、おそらくどちらも正常だ。
他人同士が一つ屋根の下で何十年も暮らすのだから、ぶつからないほうが不思議である。
そんなことを考えていた矢先、私はまったく対照的な現場へ向かうことになった。
依頼内容は、ご夫婦の遺体処置。
それだけ聞けば、数日前の老夫婦と似たような現場を想像してしまう。
しかし、現場に着いた瞬間、その考えは消えた。
家全体が静かだった。
静かなのに、重い。
空気そのものに鉛が混じっているような、何とも言えない圧迫感がある。
玄関先には脱ぎ散らかされた靴。
廊下には慌ただしく人が出入りした形跡。
リビングでは年老いたお母さんがうつむき、肩を震わせていた。
その周りには成人した娘さんたち。
誰一人として顔を上げられない。
泣くというより、嗚咽だった。
「どうして……。」
その言葉だけが、何度も何度も聞こえてくる。
私は仕事柄、遺族の涙を見る機会は多い。
だが、この現場の涙は少し違っていた。
悲しい。
悔しい。
信じられない。
怒りたい。
でも怒る相手がいない。
そんな感情が全部混ざり合っているように見えた。
亡くなったのは五十代くらいのご夫婦だった。
まだ若い、とは言わない。
しかし「寿命だったね」と納得できる年齢でもない。
目立った外傷は見当たらなかった。
私は心の中で考える。
「薬かな。」
「いや、練炭か。」
「あるいは別の方法か……。」
もちろん、その場で聞くような野暮なことはしない。
遺族にとっては、それどころではない。
私たちは、目の前の仕事を淡々と進めるだけだ。
二人を丁寧に納棺する。
服の乱れを整える。
髪を整える。
顔を拭く。
生前の面影が少しでも残るよう、できる限りのことをする。
その間も、ご家族は泣きながら話しかけ続けていた。
「なんで相談してくれなかったの……。」
「お母さんを残してどうするの。」
「まだ一緒に旅行に行く約束してたのに。」
返事は返ってこない。
もちろん分かっている。
それでも、人は話しかけずにはいられない。
もう聞こえていないと分かっていても、言葉にしなければ気持ちの置き場がないのだ。
こういう場面に立ち会うたび、私は自分の仕事が嫌になる。
遺体に触れることは慣れる。
腐敗臭にも、そのうち鼻は慣れる。
防護服を着ることも、血液を見ることも、仕事として割り切れる。
しかし、遺族の涙だけは、何年やっても慣れない。
慣れたくもない。
もし平気になってしまったら、人として何か大切なものまで失ってしまう気がするからだ。
私はできるだけ視線を下げ、作業に集中した。
余計な言葉は掛けない。
慰めの言葉も言わない。
「頑張ってください。」
そんな言葉ほど、空虚に聞こえる場面はない。
頑張れるなら、とっくに頑張っている。
だから私は、黙って仕事をする。
それしかできない。
死体業という仕事は、「何でも見てきた人」と思われることがある。
確かに、普通の人よりは多くの死を見てきた。
だが、見慣れることと、平気になることは違う。
現場が終わるたびに、「人の死」というものの重さだけは変わらない。
むしろ、年々重く感じるようになってきた。
作業を終え、私はふと考えた。
数日前の老夫婦も、今日のご夫婦も、「二人一緒に旅立った」という事実だけ見れば同じである。
しかし、その意味はまるで違う。
片方は、長い人生を歩き切った末の自然な別れ。
もう片方は、残された家族の時間まで止めてしまう別れだった。
同じ「夫婦」でありながら、その光景はあまりにも対照的だったのである。
現場を離れても、あの夫婦のことが頭から離れなかった。
仕事柄、「なぜ亡くなったのか」を知ることは、本来それほど重要ではない。
私たちに与えられた役目は、亡くなった方を丁寧に送り出すことだ。
探偵でもなければ刑事でもない。
ましてや人生相談員でもない。
だから、本来なら理由など知らなくても仕事はできる。
それでも、人間というのは厄介な生き物だ。
理由が分からない出来事に出会うと、頭の中で勝手に空白を埋めようとしてしまう。
「あの夫婦に何があったんだろう。」
「病気だったのか。」
「介護疲れだったのか。」
「借金でもあったのだろうか。」
家の中は、ごく普通だった。
豪邸ではないが、荒れ果ててもいない。
家具も生活用品も整然としていて、切羽詰まったような雰囲気は感じられない。
もちろん、それだけで家庭の事情が分かるほど、私は人生経験豊富ではない。
外から見える景色と、家の中で起きていることは、たいてい一致しない。
近所から「理想の家族ですね」と言われていた家庭が、実は崩壊寸前だったという話は珍しくない。
逆に、「毎日ケンカしてます」と笑っている夫婦ほど、いざという時には誰よりも支え合っていたりする。
人生は見た目では判断できない。
現場にいると、それを嫌というほど思い知らされる。
数日後、その夫婦の死因を耳にした。
レンタカーを借り、車内で練炭を使って亡くなったという。
そうだったのか……。
ようやく点と点がつながった。
自宅ではなくレンタカー。
家族に現場を見せたくなかったのか。
自宅を事故物件にしたくなかったのか。
近所への影響を考えたのか。
本当の理由は本人たちしか分からない。
今となっては、誰にも聞くことはできない。
その後、偶然レンタカー会社の担当者と話をする機会があった。
「こういう車って、どうなるんですか?」
以前から少し気になっていたので聞いてみた。
すると担当者は、あっさり答えた。
「廃車ですね。」
「えっ、まだ新しい車でもですか?」
「はい。状態が良くても関係ありません。」
思わず聞き返してしまった。
事故で大破したわけでもない。
走行距離だって少ない。
丁寧に洗浄すれば、見た目は何事もなかったように戻る車もあるだろう。
それでも営業には使えない。
会社としては、お客様に貸し出すわけにはいかないのだという。
なるほど、と納得する一方で、職業病なのか別のことも考えてしまう。
「もったいないなぁ……。」
新品同様の車でも、その一件だけで商品価値を失ってしまう。
機械には罪はない。
ただ、その車に乗る人の気持ちを考えれば、レンタカー会社の判断も理解できる。
……とはいえ、世の中というのは、表もあれば裏もある。
「本当に全部廃車なのかな?」
そんな意地の悪い考えも、一瞬だけ頭をよぎる。
もしかしたら、どこか遠くの中古車店で、
「ワンオーナー! 禁煙車! 走行距離一万キロ!」
なんて札を付けて並んでいることは……。
いや、さすがにそれはないと思いたい。
思いたいが、人間という生き物は時々、期待を裏切る方向へ全力疾走する。
だから私は中古車を見に行くたびに、
「この車、前のオーナーはどんな人だったんだろう。」
などと余計なことを考えてしまう。
職業病とは、実に面倒なものである。
もっとも、それを言い出したら家も同じだ。
ホテルも同じ。
椅子も電車も飛行機も、誰が使っていたかなんて分からない。
知らないほうが幸せなことは、この世に案外たくさんある。
だから私は、それ以上考えるのをやめた。
考えたところで、亡くなった夫婦が戻ってくるわけではないのだから。
あの二組の夫婦は、どちらも「二人一緒」に人生を終えた。
けれど、その景色はまるで違っていた。
一組は、長い人生を最後まで並んで歩き切った夫婦。
もう一組は、自ら人生に幕を下ろした夫婦。
結果だけを見れば同じように見えるかもしれない。
しかし、残された人たちの表情は、あまりにも対照的だった。
老夫婦のご家族は泣いていた。
でも、その涙の中には「ありがとう」があった。
一方、自殺した夫婦のご家族は泣き崩れていた。
そこにあったのは、「どうして」という答えのない問いだった。
人は、自分が死んだあとの世界を見ることはできない。
だから、自分の死が家族にどれほどの影響を与えるのか、実感することもできない。
もし一日だけでも見ることができたなら、死という選択を思いとどまる人は少なくないのではないか。
そんなことを考える。
もちろん、人には人の事情がある。
病気もある。
経済的な問題もある。
家族にも言えない苦しみだってある。
「生きればいいじゃないか。」
そんな簡単な話ではないことくらい、私にも分かっている。
現場では、その「簡単ではない人生」の結末を何度も見てきたからだ。
だから私は、自殺した人を責める気にはなれない。
責める資格もない。
ただ、残された家族の涙だけは、何度見ても胸に残る。
あの現場で泣き続けていた娘さんたちは、その後どうしているだろう。
年老いたお母さんは、少しは眠れるようになっただろうか。
そんなことを、ときどき思い出す。
仕事というのは不思議なもので、作業そのものは忘れても、人の表情だけは何年経っても残っている。
さて、ここまで夫婦の話を書いてきた。
読んでいる方の中には、
「うちは毎日ケンカしてます。」
というご夫婦もいるだろう。
安心してください。
実は、それほど珍しくない。
というより、たぶん普通である。
「また靴下を脱ぎっぱなし!」
「テレビのリモコンは元の場所に戻して!」
「トイレットペーパー、あと五センチしかないのに替えないの?」
世の中には、世界平和より先に解決すべき夫婦問題が山ほどある。
私も現場で、
「この夫婦、生前は絶対こんなことでケンカしてたんだろうな。」
と勝手に想像してしまうことがある。
もちろん、答え合わせはできない。
できないからこそ、少し笑える。
夫婦というのは、不思議な関係だ。
他人なのに家族になり、
毎日顔を合わせるのに、相手の考えていることは意外と分からない。
腹が立つ日もあれば、感謝する日もある。
話したくない日もあれば、隣にいてくれるだけで安心する日もある。
そんな毎日を何十年も積み重ねていく。
実は、「一緒に死ぬ」ことより、「一緒に生き続ける」ことのほうが、ずっと難しいのかもしれない。
だからこそ、あの老夫婦の姿は印象に残った。
何十年という時間をかけて、「一緒に生きる」という難題を最後までやり遂げた二人だったのだろう。
死体業をしていると、「人生で本当に大切なものは何か」と聞かれることがある。
そんな大げさなことは分からない。
分からないが、一つだけ言えることがある。
人は、いつか必ず別れる。
夫婦も、親子も、友人も。
順番は誰にも選べない。
だからこそ、今日という一日は案外貴重なのだと思う。
もし隣に大切な人がいるなら、その時間は「当たり前」ではない。
帰宅したら、「おかえり」と言ってみる。
出掛ける前に、「行ってきます」と言う。
照れくさいなら、「晩ご飯、何?」でもいい。
その何気ない一言を交わせること自体が、実はとても幸せなことなのだから。
そして、もし今日も夫婦ゲンカをしたなら……。
仲直りは、できれば今日のうちに。
意地を張って寝ると、翌朝もっと面倒になる。
これは特殊清掃員としての教訓ではない。
人生の先輩方をたくさん見送ってきた、一人のおじさんからの、ささやかな経験談である。





