特殊清掃「別れの時 」を更新いたしました。
別れの時
人は歳を取ると涙もろくなるという。
若い頃の私は、
「そんなもの気のせいだろう。」
くらいに思っていた。
むしろ、自分だけはそうならないと本気で信じていた。
もともと私は、熱しにくく冷めやすい性格だった。
流行に飛びつくこともなければ、何かに夢中になることも少ない。
周囲が盛り上がっていても、一人だけ
「へぇ。」
で終わるような、可愛げのない人間だった。
当時の私は、それを
「クール」
だと思っていた。
いや、正確には勘違いしていた。
若い頃というのは恐ろしいもので、少し冷めた態度を取っているだけで、自分は大人だと思い込める年頃でもある。
今思えば、ただ愛想が足りなかっただけかもしれない。
そんな私も、歳を重ねた。
気が付けば、テレビの動物番組で涙ぐみ、卒業式のニュースで鼻の奥がツンとし、甲子園で負けた高校球児が土を集めている姿を見るだけで、
「歳だな……。」
と苦笑いするようになってしまった。
昔の自分が今の自分を見たら、
「お前、どうした。」
と言うだろう。
しかし、不思議なもので、それを嫌だとは思わない。
人は年齢を重ねるにつれて、経験という荷物を背負う。
その荷物の分だけ、人の痛みが少しだけ分かるようになるのかもしれない。
もっとも、仕事だけは別だった。
私は長年、遺体に関わる仕事をしてきた。
一般の人なら一生見ることのない場面を、日常として見続けてきた。
だからといって、人の死に慣れるわけではない。
ただ、
「やるべきことをやる。」
その一点に集中するようになる。
感情に流されれば仕事はできない。
遺族は私の涙を見たいわけではない。
故人も、私の感傷を望んでいるわけではない。
だから私は、自分の感情を仕事場へ持ち込まないよう心掛けてきた。
これは今でも変わらない。
時々、
「その仕事は辛いでしょう。」
と言われる。
もちろん辛いこともある。
しかし、
「毎回泣いています。」
と言えば、それは嘘になる。
逆に毎回泣いていたら、この仕事は続けられない。
だから私は割り切る。
冷たいと思われても構わない。
仕事とはそういうものだ。
以前、こんなことを書いたことがある。
私は、遺族に合わせて必要以上に悲しい顔を作ることが苦手だ。
もちろん礼儀は尽くす。
言葉遣いも立ち居振る舞いも最大限気を配る。
しかし、悲しそうな顔を「演じる」ことだけはどうしてもできない。
これは性格なのだろう。
もし役者なら監督に怒られる。
「もっと悲しそうに!」
と言われても、
「いや、本当にそんな顔はできません。」
と答えてしまう気がする。
幸い、この仕事に監督はいない。
遺族だけである。
だから私は、できるだけ自然体で接する。
無理に笑わない。
無理に悲しまない。
ただ誠実であることだけを心掛ける。
それが一番相手に伝わると思っている。
冷酷だと言われるかもしれない。
だが正直に言えば、仕事でお会いする故人は私にとって赤の他人である。
気の毒だとは思う。
一人ひとりの人生に敬意も抱く。
しかし、自分の家族を亡くした悲しみとは全く違う。
それは当然だ。
もし知らない人が亡くなった時と、自分の父親が亡くなった時の悲しみが同じなら、それはそれで困る。
感情には距離がある。
その距離を理解することも、この仕事では大切なのだ。
だから二十代の頃の私は、現場で泣いた記憶がほとんどない。
泣く理由がなかった。
仕事は仕事。
処置は処置。
自分でも驚くほど淡々としていた。
ところが、長い仕事人生の中で、何度かだけ、その「距離」が突然消えてしまった出来事がある。
感情移入しようと思ったわけではない。
むしろ逆だった。
最後まで冷静でいようとしていた。
それなのに、気付けば涙が流れていた。
今回は、その中の一つを書いてみたい。
忘れることのできない、新婚夫婦との別れの話である。
亡くなったのは、当時の私とほぼ同年代の男性だった。
仕事中の事故。
事故死とは聞いていたが、実際に対面した故人の姿は、事故という言葉から想像するものとはまるで違っていた。
大きな外傷はない。
顔色も悪くない。
眠っていると言われれば、そのまま信じてしまいそうなほど穏やかな表情だった。
だからこそ、その現実が信じ難かった。
だが、その日、その部屋を包んでいた空気だけは、紛れもなく現実だった。
そして私は、その理由を知ることになる。
その男性は、つい数日前に結婚式を挙げたばかりだった。
「新婚です。」
そう聞いた瞬間、私は思わず耳を疑った。
結婚したばかり?
数日前?
頭では理解していても、どこか現実味がなかった。
人生には順番というものがある。
結婚をして、家庭を築き、子どもが生まれ、歳を重ねていく。
もちろん、その通りにいかないこともある。
それでも、多くの人は無意識のうちに、そんな未来を思い描いて生きている。
ところが、この夫婦には、その未来が突然断ち切られてしまった。
結婚式という人生で最も華やかな一日を迎え、その余韻に浸る間もなく、葬儀を迎えなければならない。
それが、どれほど残酷なことなのか。
私には想像することしかできない。
部屋には両家の家族が集まっていた。
故人の両親。
新妻の両親。
親族の方々。
誰もが故人の周りを囲み、泣き崩れていた。
「号泣」という言葉は、普段あまり使わない。
テレビドラマでも、ニュースでも、気軽に使われることがある。
しかし、本当の号泣とは、こういうことを言うのだと思った。
声にならない声。
言葉にならない言葉。
身体を震わせながら我が子の名を呼び続ける母親。
肩を落とし、何度も顔を覆う父親。
その姿を見ているだけで、胸が締め付けられる。
けれど、その場で最も静かだったのは、新妻だった。
泣いていなかった。
いや、泣けなかったのだろう。
涙というものは、あまりにも大きな悲しみの前では、かえって止まってしまうことがある。
彼女は故人のそばに座り、ただじっと夫の顔を見つめていた。
何かを考えているようにも見えた。
何も考えられないようにも見えた。
その表情だけは、今でも忘れられない。
仕事柄、悲しみに暮れる遺族を見ることは珍しくない。
しかし、この時ばかりは、部屋全体が悲しみという一つの感情で満たされていた。
まるで空気そのものが重くなったようだった。
その中で、私はいつも通り仕事を始めた。
感情に流されてはいけない。
やるべきことは決まっている。
故人の身だしなえを整え、丁寧に死後処置を施し、ご家族が安心して送り出せる姿にする。
そのために私はいる。
それだけを考えた。
遺族の様子を見ながら、処置を進める。
誰かが故人の手を握っている。
泣きながら頬に触れている。
そのたびに手を止める。
少し待つ。
また作業を始める。
その繰り返しだった。
普段より何倍もの時間がかかった。
焦ることはできない。
急ぐ理由もない。
その一つひとつが、この家族にとっては最後の時間なのだから。
やがて処置が終わり、納棺の時を迎えた。
静かに故人を柩へお納めする。
周囲では再びすすり泣く声が聞こえ始めた。
私は蓋を閉める準備をした。
あと数十秒。
それで、この姿を見ることは誰にもできなくなる。
その時だった。
「……すみません。」
小さな声が聞こえた。
私は手を止めた。
新妻だった。
申し訳なさそうに私を見つめ、
「少しだけ……。」
そう言って、部屋の隅へ歩いて行った。
そして、一着のスーツを両手で抱えて戻ってきた。
黒でも礼服でもない。
ごく普通のスーツだった。
彼女は、そのスーツを大切そうに胸へ抱きながら、小さく微笑んだ。
その微笑みが、かえって切なかった。
そして夫のそばへ膝をつく。
「これね……。」
そう語りかけるように言った。
「結婚式場へ着て行ったスーツだよ。」
少し間を置いて、
「天国へも着て行ってね。」
誰に聞かせるわけでもない。
夫だけに届けばいい。
そんな小さな声だった。
彼女は、そのスーツをそっと故人の身体へ掛けた。
皺を伸ばすように、何度も優しく手を滑らせる。
まるで朝、出勤前の夫の背広を整える妻のように。
その何気ない仕草が、あまりにも日常で、あまりにも愛情に満ちていた。
次の瞬間だった。
彼女は静かに身をかがめると、夫の頬へそっと口づけをした。
長い口づけではなかった。
ほんの一瞬だった。
けれど、その一瞬には、言葉では言い尽くせない想いが込められていた。
ありがとう。
いってらっしゃい。
さようなら。
また会おうね。
そんな無数の言葉が、その口づけ一つに重なっているように見えた。
私は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
冷静でいようと思っていた。
仕事中なのだから。
職業人として最後まで役目を果たそうと思っていた。
ところが、その時だった。
視界がぼやけた。
最初は疲れ目かと思った。
しかし違った。
頬を、温かいものがゆっくり流れていく。
涙だった。
泣こうと思ったわけではない。
悲しい顔を作ろうとしたわけでもない。
まして遺族に同調しようなどとは、一瞬たりとも考えていなかった。
それなのに、涙だけが勝手に流れていた。
自分でも驚いた。
「なぜだ……。」
そう思った。
けれど、答えは出なかった。
私は黙ったまま、その涙を拭った。
そして静かに柩の蓋へ手を掛けた。
私は静かに柩の蓋を閉めた。
部屋には再び泣き声が響いた。
その声を聞きながら、私は道具を片付け、深く一礼をして部屋を後にした。
いつもと同じ仕事。
いつもと同じ流れ。
それなのに、あの日だけは、胸の中に何かが残り続けていた。
帰りの車の中でも考えた。
なぜ涙が流れたのだろう。
自分は遺族に感情移入したのだろうか。
いや、少し違う。
もちろん新妻には同情した。
ご両親にも胸が痛んだ。
だが、それだけなら、今までにも同じような場面はいくらでも見てきた。
では、何が違ったのか。
考えても答えは見つからなかった。
もしかすると、人は悲しいから泣くのではないのかもしれない。
あまりにも理不尽な出来事を目の当たりにすると、心が理解する前に身体が反応してしまうことがある。
そんな気がした。
人は「理由」が分かれば、ある程度は受け入れられる。
病気だった。
高齢だった。
寿命だった。
もちろん、それでも悲しい。
しかし、どこかで「そういうこともある」と自分を納得させようとする。
ところが、人生には、その理屈がまったく通用しない出来事がある。
数日前まで結婚式で笑っていた二人。
親族や友人に祝福され、写真を撮り、未来の話をしていたはずの二人。
その数日後には、同じ人たちが喪服を着て集まっている。
こんなことがあっていいのか。
その理不尽さに、私の感情が追いつかなかったのだろう。
「なぜ、この人だったのか。」
「なぜ、このタイミングだったのか。」
「なぜ、この奥さんが、こんな別れを受け入れなければならないのか。」
誰に問いかけても答えは返ってこない。
だからこそ、人は「運命」という言葉を使うのかもしれない。
けれど私は、「運命」という便利な言葉だけでは片付けたくなかった。
あの日の涙は、悲しみというより、理不尽さへの戸惑いだったような気がする。
怒りとも違う。
絶望とも違う。
人間の力ではどうにもならない現実を前にした時の、どうしようもない無力感。
それが一番近い表現なのかもしれない。
もっとも、今でも「これが正解だ」と言い切ることはできない。
あれから何十年という時間が過ぎた。
数え切れないほどの別れに立ち会ってきた。
それでも、あの日の涙の本当の意味は、まだ自分でも分からない。
もしかすると、一生分からないまま終わるのだろう。
それでいいのかもしれない。
人生には、答えの出ない問いもある。
私はそう思っている。
もう一つ、忘れられない話がある。
これは私自身が担当した仕事ではない。
以前、一緒に働いていた女性スタッフから聞いた話だ。
ある日、出産を終えたばかりのお母さんが亡くなった。
そして、生まれたばかりの赤ちゃんも。
原因は聞いていない。
聞く必要もなかった。
その事実だけで十分だった。
その現場では、お母さんが赤ちゃんを胸に抱いた姿のまま、お二人を一つの柩へ納めたという。
赤ちゃんは、お母さんの腕の中で眠るように。
お母さんは、赤ちゃんを守るように。
その姿は、とても穏やかだったそうだ。
その話を聞いた私は、しばらく言葉が出なかった。
また、あの感覚だった。
「なんでだ。」
「どうしてなんだ。」
それしか思い浮かばない。
子どもを授かるということは、多くの家庭にとって、この上ない喜びである。
新しい命の誕生を待ち望み、名前を考え、小さな服を買い、未来を夢見る。
その幸せの絶頂から、一瞬で奈落へ突き落とされる。
残されたご主人の気持ちを考えると、軽々しく言葉など掛けられない。
慰めの言葉というものは、ときに無力だ。
「頑張って。」
その一言さえ、言えなくなることがある。
ただ、一つだけ救いがあるとすれば、お母さんと赤ちゃんが別々ではなく、一緒に旅立てたことだった。
それだけが、ほんのわずかな救いだった。
この仕事をしていると、「死」に慣れるのではないか、と聞かれることがある。
私は、そのたびにこう答える。
死には慣れない。
慣れるのは仕事の手順だけだ。
処置の順番。
道具の扱い。
ご遺族への接し方。
そうした技術は身に付く。
しかし、一人ひとりの人生まで、作業として見ることはできない。
できるようになったら、この仕事は辞めた方がいい。
私はそう思っている。
だからといって、毎回涙を流すわけでもない。
感情を抑えることも仕事の一つだからだ。
それでも、時として心の奥深くに入り込んでくる別れがある。
それは経験年数とは関係がない。
年齢とも関係がない。
理由も説明できない。
ただ、人間だからなのだと思う。
私は、遺体を前にするとき、いつも考えることがある。
この人にも、昨日までの日常があった。
笑った日があり、怒った日があり、家族と食卓を囲んだ日があり、友人と酒を飲んだ夜があった。
未来の予定もあっただろう。
約束もあっただろう。
そのすべてが、ある日突然止まる。
残された人たちは、その止まった時間を抱えながら、それでも前を向いて生きていかなければならない。
それは、とても過酷なことだ。
だから私は願う。
あの日の新妻が、いつか心から笑える日を迎えていてほしい。
深い悲しみを忘れることはできなくても、その悲しみと共に生きる術を見つけていてほしい。
母子を見送ったご主人もまた、どこかで人生を歩み続けていてほしい。
人生は残酷だ。
しかし、それだけではない。
残された人には、生きていく時間がある。
それは、亡くなった人が託した時間でもあるのだと思う。
今日も、どこかで誰かが生まれている。
そして、どこかで誰かが人生を終えている。
その「別れ」の一場面に、私は立ち会う。
目立つ仕事ではない。
拍手をもらう仕事でもない。
けれど、人生最後の身支度を整えるという責任だけは、誰にも負けないつもりで向き合ってきた。
泣くために、この仕事をしているわけではない。
悲劇を集めるために、この仕事をしているわけでもない。
ただ、故人が安らかな表情で旅立ち、ご遺族が「ありがとう」と見送れる時間を支える。
それが私の仕事であり、私にできる精一杯の務めである。
そして明日もまた、私は誰かの「別れの時」に立ち会う。
その一度きりの時間を、大切にしながら。





