特殊清掃「Go to heaven 」を更新いたしました。
Go to heaven
誰の死であっても、その死は誰かにとって耐え難い悲しみであり、誰かにとっては必ずしもそうではない。
これは冷たい話ではなく、現実の話だ。
亡くなった人との関係や、その人が歩んできた人生、残された人の立場によって、死の重さは一人ひとり違う。
私は長年、仕事柄、多くの遺体と向き合ってきた。
老衰で静かに旅立った人もいれば、病に苦しみ抜いた人もいる。
事故や突然死、自ら命を絶った人もいた。
その一つひとつに、それぞれの人生があり、それぞれの家族があり、それぞれの悲しみがあった。
だから、「老人より子供の命が重い」などと言うつもりは全くない。
命に軽いも重いもない。
年齢で命の価値が変わることなど、決してない。
しかし、それでも正直に言えば、私にとって子供や若者の死は、今でも特別に重い。
この感覚だけは、何年経験を積んでも変わることがなかった。
幸いなことに、私は子供の腐乱遺体に遭遇したことはない。
そして、そんな現場には、この先も決して遭いたくないと思っている。
だが、病気や事故、突然死で亡くなった子供たちとは何度も向き合ってきた。
現場へ行くと、まず目に入るのは布団である。
子供用の布団は、大人の布団より一回りも二回りも小さい。
その小ささを目にした瞬間、まだ布団の中を見てもいないのに胸が重くなる。
「この布団の中に、小さな命がある。」
そう思うだけで、言葉にならない感情が押し寄せる。
静かに掛け布団をめくる。
そこには、まるで眠っているかのように目を閉じた子供がいる。
ほんの数時間前まで笑っていたのかもしれない。
友達と遊ぶ約束をしていたのかもしれない。
明日の給食を楽しみにしていたのかもしれない。
そんな想像が自然と頭をよぎる。
死因はさまざまだ。
病死。
事故死。
突然死。
一人として同じ最期はない。
顔色が真っ白な子もいた。
唇が紫色になっている子もいた。
医学的な根拠はないのかもしれないが、私には老人の遺体よりも子供の遺体のほうが、どこか血の気が失われて見えることが多かった。
それは単なる印象なのかもしれない。
だが、その印象は今でも変わらない。
私が初めて担当した子供の遺体は、小学校中学年くらいの男の子だった。
その日のことは、今でも鮮明に覚えている。
現場で泣くことはなかった。
仕事だからである。
しかし心の中は複雑だった。
「なぜ、この子なのか。」
その問いだけが何度も頭を巡っていた。
経験を積めば慣れると思っていた。
だが、それは違った。
子供の死にだけは、最後まで慣れることはなかった。
片手で抱えられるほど小さな子もいた。
長い闘病で痩せ細り、苦しそうな表情のまま亡くなった子もいた。
細い腕には、数え切れないほどの点滴や注射の痕が残っていた。
幼い体で、どれほど痛みに耐えてきたのだろうと思う。
手術の傷がまだ完全には塞がっていない子もいた。
「あと少し。」
家族も医師もそう願っていたに違いない。
しかし、その願いは届かなかった。
交通事故で身体の損傷が激しい子もいた。
現場にいた誰もが言葉を失った。
夢を書いた作文や、学校で描いた将来の絵が部屋に残っていたこともある。
「サッカー選手になりたい。」
「ケーキ屋さんになりたい。」
「お父さんみたいなお巡りさんになりたい。」
そんな何気ない夢が、その子の人生そのものだった。
それらを見るたびに、胸が締め付けられた。
子供の遺体以上につらいものがある。
それは親の姿である。
我が子の額に自分の額を合わせ、何時間でも離れようとしない母親。
小さな手を握ったまま、「寒くない?」「起きて。」と何度も声を掛け続ける父親。
その姿を見ていると、「親より先に子供が亡くなる」という現実が、どれほど残酷なのかを思い知らされる。
涙を流さない親もいる。
気丈に振る舞っているように見える。
しかし、その沈黙の奥にある悲しみは、声を上げて泣くよりも深いことがある。
幼い弟や妹から、
「○○ちゃんはどこへ行ったの?」
と聞かれたこともある。
私は言葉が出なかった。
仕事では説明できることがたくさんある。
しかし、その問いだけは答えられなかった。
ある現場では、私自身も親と一緒に泣いてしまった。
涙が止まらず、仕事にならなかった。
職業人として失格だったのかもしれない。
それでも、人間としてはどうしても感情を抑えられなかった。
「人生は太く短く。」
「人生は細く長く。」
そんな言葉を耳にすることがある。
どちらが正しいのか。
人それぞれ考え方は違うだろう。
私は思う。
できることなら、人生は太く、そして長いほうがいい。
人には生きたいという本能がある。
苦しくても、生きようとする力がある。
だからこそ、子供たちが精いっぱい生きようとしていた姿を思い出すたび、「もっと生きてほしかった」という気持ちが湧いてくる。
しかし現実には、その願いが叶わない子供がいる。
今日もどこかで、小さな命が人生を終えている。
それが現実である。
私は、子供の死に向き合うたびに思う。
人生と闘っているのは大人だけではない。
子供もまた、毎日、目には見えないさまざまな敵と闘っている。
病気。
障害。
事故。
生まれながらに背負った運命。
私たちには想像もできない苦しみと向き合いながら、小さな体で精いっぱい生きている。
だから、亡くなった子供を見て「負けた」とは思わない。
死は敗北ではない。
最後まで生き抜いた、その人生の終着点である。
人生の長さだけでは、人の価値は決まらない。
何歳まで生きたかより、どれだけ懸命に生きたかのほうが、私には大切に思える。
子供の死と向き合う時間は、私にとって「生きる」ということを最も強く考えさせられる時間でもある。
人はいつか必ず死ぬ。
それは避けられない。
だからこそ、今日という一日は決して当たり前ではない。
朝、家族と「行ってきます」と言えること。
学校へ行けること。
仕事ができること。
食事ができること。
笑えること。
そのすべてが奇跡の積み重ねなのだと思う。
現場で多くの死を見てきたからこそ、私は以前よりも「生きていること」そのものに感謝するようになった。
命は、失って初めて重さを知るものではない。
生きている今、その尊さに気付くべきものなのだ。
私は宗教家ではない。
だから「死後の世界」について語る資格はない。
天国が本当にあるのかも分からない。
それでも、あの子たちのことを思い出すたびに願わずにはいられない。
どうか、安らかな場所で笑っていますように。
痛みも苦しみもない世界で、思い切り走り回っていますように。
偽善と言われても構わない。
それが長年、多くの子供たちの最期に立ち会ってきた、一人の現場人間としての、飾らない本音である。
そして、この文章を読んでくださった方が、今日だけでも大切な人に「ありがとう」と伝え、家族と笑い合い、自分自身の命も誰かの命も少しだけ大切に思ってくださるなら、それ以上にうれしいことはない。





