特殊清掃「ある日突然」を更新いたしました。
ある日突然
自殺者数に比べれば少ないものの、交通事故で亡くなる人も決して少なくはない。
私の知り合いでも、過去に交通事故で亡くなった人が何人かいる。
交通事故死にも、それぞれの事情があり、それぞれの人生がある。
ただ、テレビドラマのように最後には感動的な音楽が流れて、誰かが涙を拭きながら空を見上げる……などという都合のいい展開にはならない。
現実の事故は、もっと突然で、もっと理不尽だ。
そして何より、亡くなった本人だけではなく、残された家族や友人の人生まで大きく変えてしまう。
私が初めて遭遇した交通事故死は、二十歳前の女性だった。
まだ死体業を始めて間もない頃で、見習いとして先輩スタッフについて回っていた時代である。
何もかもが初めてだった。
何をすればいいのかも分からない。
どこに立っていれば邪魔にならないのかも分からない。
先輩の仕事を見ながら、とにかく自分の居場所を探していたような頃だった。
だから細かなことは、あまり覚えていない。
ただ、遺族が泣いていたこと。
そして、成人式に着る予定だったという振袖を、その女性に着せていたこと。
それだけは今でも覚えている。
そして、なぜか、その女性の姓名まで記憶に残っている。
別に覚えておきたかったわけではない。
むしろ忘れてしまったほうがいいのかもしれない。
ところが、人間の記憶というものは、こちらの都合を聞いてくれない。
「これは忘れなくてもいいから、こっちは忘れさせてくれ」
と思っても、そう簡単にはいかない。
この仕事をしばらく続けていると、若くして事故で亡くなる人には、ある共通点があるように感じることもあった。
ただし、それは私が遭遇したケースすべてに当てはまるわけではない。
科学的な根拠もない。
自分でも確信しているわけではない。
だから、ここではあえて書かないことにする。
多分、偶然がいくつか重なっただけだろう。
……気になる?
まあ、気にしないでいただきたい。
こういう話は、書いている本人が一番気になってしまうくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
若い男性が交通事故で亡くなった。
かなり大きな事故だった。
シートベルトをしていなかったのか、車内で大きく身体を動かされるほどの衝撃だったらしい。
私がその遺体を見たとき、顔や頭部には事故による大きな損傷があった。
細かなガラス片なども残っており、通常の状態とはかなり違っていた。
こういう仕事をしていると、「人間の身体はこんなにも変わってしまうのか」と驚くことがある。
ただ、そこで考えてしまうのは身体のことだけではない。
この人にも、昨日があり、今日があり、明日があったはずなのだ。
事故に遭う直前まで、本人はまさか自分がその日に人生を終えるなどとは考えていなかっただろう。
本人は比較的早く亡くなったのかもしれない。
しかし、残された家族には、その後の長い時間がある。
「どうして」
「あのとき、こうしていれば」
「なぜ、そんなことになったのか」
そんな答えの出ない問いを抱えて、生きていかなければならない。
事故というのは、亡くなった人だけで終わるものではない。
むしろ、残された人たちにとっては、その後から始まることのほうが多いのかもしれない。
幸い、相手を巻き込む事故ではなかった。
それだけが、せめてもの救いだった。
ただ、本人の状態から、家族には最後の姿をそのまま見せることができず、柩の中でも顔を覆っておく必要があった。
「最後に顔を見たい」という家族の気持ち。
「見せないほうがいい」という現実。
その間に立つのも、この仕事の一つなのだと思う。
別の事故では、年配の女性が亡くなった。
道路を歩いているところを車にはねられたという。
歩道のある道路の曲がり角で、スピードを出していた車が大きく外側に寄り、歩いていた女性に衝突したらしい。
加害者はほとんど無傷。
女性は意識が戻らないまま、数日後に亡くなった。
外から見て分かる大きな傷は、それほど多くなかった。
交通事故と聞かなければ、事故で亡くなったとは分からないほどだった。
遺族は突然の悲しみに呆然としながらも、加害者への怒りを抑えきれない様子だった。
私が事故のことを尋ねたわけではない。
それでも、作業をしている私に向かって、事故の状況を何度も話していた。
「どうしてあんな運転をしたのか」
「もっと注意してくれていれば」
「母は何も悪くないのに」
そんな言葉が続いた。
私はただ黙って聞いていた。
話すことで、少しでも気持ちを整理しようとしていたのだと思う。
悲しみが大きすぎると、人は何をしていいのか分からなくなる。
泣くことも、怒ることも、誰かに話すことも、全部ひっくるめて悲しみなのだろう。
その女性の表情は、眠っているように穏やかだった。
それだけに、事故という出来事との落差が大きかった。
一瞬の出来事が、何人もの人生を変えてしまう。
それが交通事故の怖さなのだと思った。
確かに、スピードを出して走るのは爽快だ。
社会的には追い越されっぱなしの私でも、道路の上なら他人を追い越すことができる。
会社では上司に追い越される。
同級生にも追い越される。
年下にも追い越される。
そのうち後輩にまで追い越される。
ところが車に乗れば、アクセルを踏むだけで人を追い越せる。
これはなかなか便利な仕組みである。
人生では味わえない優越感を、道路の上で味わえるわけだ。
……と書いてしまうと、我ながら少し寂しい。
しかし、その程度の優越感のために人生を危険にさらすのは、どう考えても割に合わない。
交通事故の悲惨さを仕事柄、人並み以上に知っている私は、車に乗っても無茶な運転はしない。
正確には、「しない」というより「できない」。
頭の中に勝手に交通事故の映像が浮かんでくるからだ。
後ろから急かされても、できるだけ気にしない。
追い越されても、
「どうぞ、お先に」
と思う。
割り込まれても、
「そんなに急いで、どこへ行くんだろう」
と思うくらいにしている。
一分や二分早く目的地に着いたからといって、人生が劇的に良くなるわけでもない。
だったら、無事に到着したほうがいい。
ただ、自分が気をつけていても、相手の運転まではコントロールできない。
車の間を縫うように走っていくバイク。
猛スピードで追い越していく大型車。
車間距離を詰めて走る車。
そんな車を見かけるたびに、
「事故んなよぉ」
と思う。
本当に、それだけである。
「事故んなよぉ。頼むから」
こちらまで巻き込まないでくれ。
交通事故は、加害者になっても被害者になっても大損だ。
ケガをしても大変。
ケガをさせても大変。
車が壊れても大変。
保険やら何やらで、その後も大変。
ましてや、他人の命を奪ったり、自分の命を失ってしまったら、取り返しがつかない。
一瞬の出来事で、一生が変わってしまう。
それが交通事故の怖さだ。
まるで警察の回し者のようなことを言うが、とにかく無理なスピードは出さないほうがいい。
「自分は運転が上手いから大丈夫」
という人もいる。
しかし、運転技術と事故に遭わないことは別問題だ。
自分が慎重に運転していても、相手から来ることがある。
だからせめて、自分から危険を増やさないことだ。
ここで少し余談。
「警察」といえば、仕事中に車を運転していて、警察に止められたことが何度かある。
高速道路出口での一時停止。
右折禁止交差点での右折。
踏切での一時停止。
携帯電話の使用。
こうして並べてみると、交通安全について偉そうに語る資格があるのか、だんだん怪しくなってくる。
「交通事故は怖いですよ」
と言っている本人が、交通違反で止められている。
警察官からすれば、
「お前が言うな」
という話である。
ただ、その頃は仕事で急いでいた。
そこで、
「人が亡くなったので、急いで向かわなければならない」
と説明すると、警察官が事情を理解してくれることもあった。
警察官も人間だから、「人が亡くなった」と聞けば、それなりに事情を考えてくれたのだろう。
ただし、これは決して交通違反を勧めているわけではない。
今振り返ると、
「よくまあ、そんなことを言ったものだ」
と思う。
死体を扱う仕事をしている人間が、「人が死んだ」を理由に交通違反を見逃してもらう。
ブラックユーモアとしては、なかなか出来がいい。
でも、実生活では真似をしないほうがいい。
そもそも仕事で急いでいたとしても、安全運転が基本である。
今の私は、昔より少しだけ利口になった。
少なくとも、そう思いたい。
そして、「ある日突然」という言葉を聞くと、私は一人の少年を思い出す。
小学生の男の子だった。
横断歩道を渡っている途中、車との事故に遭った。
運転手の不注意と信号無視が原因だった。
その事故は大きく、男の子は重傷を負った。
数日間、意識が戻らなかった。
やがて意識を取り戻し、家族と言葉を交わすことができた。
しかし、その後まもなく亡くなった。
身体は小柄だった。
でも、足が速かった。
野球が上手だった。
絵を描くのも上手だった。
学校の勉強もよくできた。
そして、幼稚園の頃からの幼馴染だった。
彼が亡くなったのは、もう四十数年前になる。
ちょうど今頃。
楽しい夏休みを目前にした、梅雨の季節だった。
四十数年も前の出来事なのに、時々思い出す。
不思議なものだ。
街も変わった。
車も変わった。
電話も変わった。
コンピューターも普及した。
世の中は、あの頃とはまるで違う。
私自身も当然変わった。
白髪も増えた。
体力も落ちた。
昔なら平気だったことが、今では翌日に響く。
若い頃の写真を見ると、
「こんなに髪があったのか」
と驚くこともある。
時間というものは、実に律儀に人を老けさせてくれる。
ところが、彼だけは変わらない。
私の記憶の中では、今でも小学生のままだ。
無邪気な笑顔。
これから先、いくらでも人生があると思っている顔。
当然である。
小学生なのだから。
夏休みになったら何をしよう。
友達と遊ぼう。
野球をしよう。
宿題は……まあ、そのうちやろう。
そんなことを考えていたのかもしれない。
まさか、その夏休みが来る前に、自分の人生が終わってしまうなどとは思っていなかっただろう。
「もし、彼が事故に遭わなければ……」
今でも、ときどきそう思う。
もし事故に遭わなければ。
もし車が信号を守っていたら。
もし運転手がもう少し注意していたら。
もし、あとほんの少しだけ時間が違っていたら。
人生には「もし」がいくらでもある。
しかし、「もし」の先を確かめることはできない。
彼が大人になった姿を見ることもできない。
どんな仕事をしたのか。
どんな人と出会ったのか。
結婚したのか。
子供ができたのか。
どんな老人になったのか。
何も分からない。
ただ、私の記憶の中には、あの頃の彼が残っている。
四十数年経っても、小学生のまま。
これは考えてみれば不思議なことだ。
私のほうは四十数年分、しっかり歳を取った。
彼は歳を取らない。
そう考えると、少し羨ましい気もする。
こちらは白髪やら体力低下やら、いろいろと人生の請求書を払わされているのに、彼はずっと少年のままだ。
ずるいと言えば、ずるい。
でも、そのずるさなら許してもいい。
むしろ、そのままでいてほしい。
彼の人生は途中で終わってしまった。
だからせめて、私の記憶の中では、あのときの笑顔のままでいてほしい。
交通事故というものは、本当に突然やって来る。
本人にとっても突然。
家族にとっても突然。
友人にとっても突然。
そして、その「突然」の後を生きていかなければならない人たちが残される。
私は仕事柄、事故で亡くなった人を何人も見てきた。
若い人もいた。
年配の人もいた。
事故の状況もさまざまだった。
しかし、共通していることが一つある。
誰も、その日に人生が終わるとは思っていなかったということだ。
朝、家を出るとき、
「今日は帰ってこられないかもしれない」
などと考える人は、ほとんどいない。
「行ってきます」
と言って家を出る。
それが普通だ。
そして、家族も、
「いってらっしゃい」
と送り出す。
その「普通」が、ある日突然、普通ではなくなる。
だからこそ、私は車を運転するとき、なるべく急がない。
追い越されてもいい。
煽られてもいい。
割り込まれてもいい。
一分、二分早く着いたところで、人生が劇的に変わるわけではない。
だったら、無事に着いたほうがいい。
道路で一番になる必要などない。
人生で追い越されっぱなしの私が、道路でも追い越されっぱなしになったところで、別に構わない。
目的地に無事に着けば、それで十分だ。
そして、今日もハンドルを握る。
前の車が少し遅ければ、少し待つ。
後ろから急かされれば、少し譲る。
割り込まれれば、
「まあ、急いでるんだろう」
と考える。
そして心の中で一言。
「事故んなよぉ」
自分にも、相手にも。
どうか無事に目的地へ着いてほしい。
梅雨が明ければ、夏休みが来る。
子供たちが外を走り回る。
自転車に乗る子もいる。
道路を渡る子もいる。
車も走る。
バイクも走る。
みんな、それぞれの目的地に向かっている。
どうか、無事に帰ってほしい。
急がなくてもいい。
誰かに追い越されてもいい。
少しくらい格好悪くてもいい。
生きてさえいれば、また明日が来る。
そして、明日が来れば、まだいろいろなことができる。
あの少年には、その「明日」が来なかった。
だからこそ私は、今ある「明日」を大切にしたいと思う。
人生は、こちらの都合など一切お構いなしに、
「ある日突然」
という出来事を持ってくる。
それならせめて、自分からその日を近づけるようなことだけはしないでおこう。
追い越されてもいい。
少し遅れてもいい。
格好悪くてもいい。
無事に帰ってこられること。
それだけで、十分なのだから。





