特殊清掃「忠犬」を更新いたしました。
忠犬
「なんだか臭いんです」
電話の向こうから、女の人の声がした。
「でも、何の匂いなのか分からなくて……」
こういう電話を受けたとき、特掃業者としては、まず最悪の可能性から考える。
「どんな匂いでしょう?」
「うーん……なんというか、腐ったような……でも、魚とかじゃなくて……」
そこで一瞬、嫌な予感がした。
「人間の腐乱臭に近い感じですか?」
「そう! それです!」
即答だった。
嫌な予感が、ちょっとだけ成長した。
「場所はどちらでしょう?」
住所を聞いてみると、そこそこ立派な住宅街だった。
「一度、見に来ていただけませんか?」
依頼者は中年の女性だった。
電話で話した感じでは、死体がらみの案件ではなさそうだった。死体がある人の声というのは、なんとなく分かる。もちろん、私に超能力があるわけではない。単純に、死体を発見した人は、もっと切羽詰まっている。
今回の女性は、どちらかというと「誰かに話を聞いてもらいたい」という雰囲気だった。
現場に着いて、それがよく分かった。
家は豪邸と呼ぶほどではないが、一般庶民からすれば十分に立派だった。築年数も浅い。庭もきれいに手入れされている。
いや、手入れされているように見えた。
玄関に入ると、依頼者は開口一番、
「実は主人が海外赴任になりましてね」
と話し始めた。
「はい」
「二年間、家族で海外に行っていたんです」
「そうですか」
「主人は会社でもかなり責任のある立場でして」
「はい」
「向こうでも日本人会との付き合いがあって……」
「なるほど」
どうやら消臭の話は、まだ始まらないらしい。
依頼者は世間話をしたくて仕方がないようだった。
私は他人の自慢話を聞くのが、あまり得意ではない。
もちろん、人間として未熟だからである。
「それでですね、帰国して家に戻ったら、もう家中が臭くて」
ようやく本題に戻った。
二年間の海外暮らしの間、管理業者に庭の手入れと、定期的な窓開け、空気の入れ替えを依頼していたらしい。
ところが、実際にどこまで仕事をしていたのかは、かなり怪しい。
窓を開けて風を通し、市販の消臭剤を大量に置くと、一時的には臭いが薄くなる。
しかし、しばらくするとまた臭う。
これは珍しくない。
消臭剤というのは、場合によっては「臭いを消す」というより、「臭いに別の臭いを重ねる」だけになる。
カレーを食べた後に焼肉を食べれば、カレーの臭いが消えるわけではない。
ただ、本人が「今日は焼肉の家だ」と思い込めるだけである。
私はまず、臭いの発生源を探した。
鼻を利かせながら家の中を歩く。
リビング。
廊下。
和室。
収納。
洗面所。
トイレ。
外も確認する。
庭にも、それらしいものはない。
ただ、臭いには特徴があった。
程度は軽いものの、人間の腐乱臭に似ている。
仮に本当に人間の腐敗臭だったら、大変な話になる。
だから私は、確信が持てるまで何も言わなかった。
プロとは、分からないことを分からないと言う人間でもある。
たぶん。
臭いを追っていくと、どうも床下が怪しい。
外へ出て、床下の通気口を確認する。
何箇所かある。
しかし、どれも人間が入れるような大きさではない。
「ここ、臭いませんか?」
私が聞くと、依頼者は顔をしかめた。
「ええ……」
通気口に顔を近づける。
臭い。
室内より濃い。
どうやら臭いの根源は、床下にあるらしい。
そこで、私の頭に嫌な想像が浮かんだ。
――床下に白骨死体でもあったらどうしよう。
そう思った瞬間、動悸が始まった。
自分で想像して、自分で怖くなっている。
実に効率の悪い人間である。
幸い、家人が長期間不在だったため、和室の畳は上げられたままだった。
依頼者に承諾をもらい、床板の一部を剥がす。
そして懐中電灯を持ち、首だけ床下に突っ込んでみる。
暗い。
狭い。
臭い。
三拍子そろっている。
しかも、床下は基礎コンクリートによっていくつもの区画に仕切られている。
一箇所から全部を見ることはできない。
「やっぱり潜らないとダメか……」
心の中で誰かに代わってもらえないかと思った。
しかし、誰も来ない。
当たり前である。
結局、私は床下に潜った。
狭い場所を這って進む。
服は汚れる。
肘も痛い。
そして何より臭い。
「特殊清掃って、もっと社会貢献している感じの仕事だと思っていたんだけどな」
そんなことを考えながら進んでいく。
しばらくして、リビングの床下に、それを見つけた。
動物の死骸だった。
大きさと骨格からすると、犬らしい。
「……犬か」
まず、人間ではなかったことにホッとした。
それだけで、かなり気持ちが楽になった。
ただし、暗くて狭い床下で見る腐乱した犬の死骸は、それなりに強烈だった。
すでに腐敗は進んでいて、ウジもたかっている。
「これか……」
臭いの原因は、間違いなくこれだった。
私は作業を始めた。
骨を拾う。
床下にこびりついた毛や肉を取り除く。
コンクリートを清掃する。
最後に、何か手掛かりになればと思い、汚れた首輪をビニール袋に入れた。
床下から出てきて、それを依頼者に見せた。
「これ、犬の首輪だと思います」
依頼者は、少し気味悪そうに袋を眺めた。
ところが、数秒後。
表情が変わった。
「あ……」
首輪を凝視している。
「これ……」
何度も袋をひっくり返す。
「これ、うちの犬のです」
私は一瞬、意味が分からなかった。
「以前、飼っていた犬ですか?」
「そうです」
聞けば、その犬はかなり高価なブランド犬だったらしい。
犬にもブランドがある。
人間のバッグなら、古くなれば物置に入れられることもあるが、犬の場合は生き物なので、できればそういう扱いはしないでほしい。
ところが、海外赴任が決まった際、依頼者一家は犬をペットショップに引き取ってもらったという。
「海外には連れていけなかったので」
「なるほど」
それ以降、その犬がどうなったのかは知らない。
新しい飼い主に引き取られたのか。
ペットショップに残ったのか。
どこかへ譲渡されたのか。
そこまでは関知していないという。
そして二年後。
その犬が、元の家の床下で死んでいた。
どうしてここに戻ってきたのか。
どうやって戻ってきたのか。
そもそも、本当にこの家に戻ってきたのか。
私には分からない。
依頼者にも分からない。
犬自身にしか分からない。
ただ、少なくとも最後にその犬がいた場所は、以前自分が暮らしていた家だった。
依頼者は、それまでの自慢話が嘘のように静かになっていた。
「この子……」
小さな声で言った。
「ここに戻ってきたんですね」
私は何も答えなかった。
答えられなかった。
犬が何を思っていたのかなんて、分かるはずがない。
「飼い主に会いたかったんですよ」
などと言えば、いかにも感動的だ。
しかし、私はそんなことを簡単に言えるほど純粋でもない。
もしかしたら、ただ偶然だったのかもしれない。
犬には帰巣本能があるという。
嗅覚だって人間よりはるかに優れている。
昔暮らしていた場所を覚えていた可能性もある。
あるいは、たまたまこの家の近くに来て、床下に入り込み、そこで出られなくなっただけかもしれない。
そんな野暮な現実はいくらでも考えられる。
それでも。
死ぬ場所として、この家を選んだように見えてしまう。
私は、ビニール袋の中の首輪を見た。
汚れている。
腐敗臭も染みついている。
ブランド品だったのかどうかなんて、もう分からない。
その首輪を見ながら、妙な気持ちになった。
「お前、ここまで戻ってきたのか」
そんなことを心の中で呟いた。
袋の上から、首輪を撫でてやりたくなった。
もちろん、そんなことをしたら、私まで相当怪しい人間である。
依頼者も何か思うところがあったのだろう。
最初は「臭いを何とかしてほしい」という一点だけだった人が、最後には犬のことばかり気にしているようだった。
作業料金の話をして、必要な説明を終える。
帰り際、依頼者は丁寧に頭を下げた。
来たときとは、少し違う人に見えた。
玄関を出て、私は考えた。
人間は、誰かを裏切ることができる。
犬は、少なくとも人間ほど器用に裏切ることを知らない。
「三日の恩を三年忘れない」という言葉がある。
人間なら、三日どころか、三時間で忘れる人もいる。
逆に犬は、たった一度優しくされたことを、何年経っても覚えていることがあるらしい。
もちろん、これも人間が勝手に作った犬のイメージかもしれない。
犬に「恩」という概念があるのかどうか、私には分からない。
犬の頭の中を覗いた人はいない。
だから、これは犬を美化しているだけなのかもしれない。
それでも私は思う。
少なくとも、人間よりずっと不器用に生きている。
そして、不器用だからこそ、妙にまっとうに見えることがある。
人間は「仕方がなかった」と言いながら、誰かを捨てる。
「生活があるから」
「仕事があるから」
「海外赴任だから」
「面倒を見られないから」
理由はいくらでも作れる。
たいていの裏切りには、もっともらしい理由が付いている。
そして理由がもっともらしいほど、自分自身を納得させるのも簡単になる。
一方、犬はそんな言い訳をしない。
飼い主がいなくなった。
それでも待つ。
帰ってこない。
それでも待つ。
あるいは、帰ろうとする。
そんな単純な行動を、私たちは「忠誠心」なんていう立派な言葉で呼んでいる。
本当は、もっと単純なのかもしれない。
「好きだったから」
ただ、それだけなのかもしれない。
そう考えると、人間のほうがずいぶん複雑だ。
複雑で、賢くて、便利で、そのぶん自分に都合のいい理屈をいくらでも作れる。
私は安っぽいノーブランド人間である。
犬ほど立派でもない。
誰かに三日の恩をもらって、三年覚えていられる自信もない。
それどころか、三日前の昼飯すら思い出せない。
それでも。
せめて、誰かにしてもらったことを「当たり前」にしない人間ではいたいと思う。
誰かを捨てるときに、もっともらしい理由だけで自分を正当化しない人間でいたい。
まあ、そんな立派な人間になれるかどうかは分からない。
なにしろ、床下の犬の死骸を見つけただけで、白骨死体を想像して動悸を起こす程度の人間である。
偉そうなことを言える資格などない。
ただ、あの日以来、街を歩いていると野良犬を目で追うことが増えた。
道端に転がる轢死体を見ても、以前より少しだけ足を止めるようになった。
「こいつは、どこから来たんだろう」
「どこへ帰ろうとしていたんだろう」
そんなことを考える。
もちろん、答えはない。
犬は何も言わない。
死んだ犬は、もっと何も言わない。
それでも、何かを訴えかけているように見えることがある。
「人間さんよ」
「もう少しまっとうに生きろよ」
――と。
私はそのたびに、心の中で返事をする。
「分かってるよ」
「できるだけ、そうするよ」
そして、たぶん今日もまた忘れる。
人間だから。
だからせめて、忘れたことに気づいたら、もう一度思い出そうと思う。
床下から見つかった、あの汚れた首輪のことを。
二年間も誰にも知られず、暗く狭い場所で眠っていた、一匹の犬のことを。
そして最後まで、人間よりずっと不器用だったかもしれない、忠犬のことを。





