特殊清掃「K-1グランプリ ~世界一過酷なリングで戦う男の話~」を更新いたしました。
K-1グランプリ ~世界一過酷なリングで戦う男の話~
世の中には、実にたくさんの仕事がある。
スーツを着てパソコンに向かう仕事。
人と会話をして商品を売る仕事。
機械を操作する仕事。
人の命を守る仕事。
誰かの生活を支える仕事。
どの仕事にも、それぞれの苦労がある。
「仕事に楽なものなんてない」
そんなことは百も承知である。
しかし、世の中には昔から、ある種の仕事を分類する有名な言葉がある。
そう。
「3K」
キツイ。
汚い。
危険。
この三拍子。
ひと昔前、この言葉はかなり流行った。
「あんな仕事は大変だ」
「できればやりたくない」
「若い人が避ける仕事だ」
そんな扱いをされることも多かった。
もちろん、誰だって楽で綺麗で安全な仕事をしたい。
暑くない。
寒くない。
臭くない。
汚れない。
怒られない。
疲れない。
そんな仕事があれば、私だって真っ先に応募する。
履歴書の志望動機にはこう書くだろう。
「できるだけ苦労せず、できるだけ快適な環境で、できるだけ楽しく生きるためです」
……たぶん、面接官は笑顔で不採用通知を送ってくる。
世の中、そんな甘い話はない。
そして、ふと思った。
「では、私の仕事は何Kなんだろう?」
最初は軽い気持ちだった。
3K?
いやいや。
それでは全然足りない。
私の仕事を表現するには、たった3文字では情報量が少なすぎる。
例えるなら、巨大な荷物を小さな紙袋に入れようとしているようなものだ。
紙袋は当然破れる。
そこで、改めて考えてみた。
私の仕事に当てはまるKを。
すると出るわ出るわ。
まず基本の3K。
『キツイ!』
これは間違いない。
体力的にも精神的にも、楽な仕事ではない。
長時間の作業。
重いものを扱うこと。
集中力を切らせない緊張感。
「今日はちょっと疲れたな」
というレベルではなく、
「今日は自分という人間を何時間使い切ったんだろう」
と思う日もある。
次。
『汚い!』
これも外せない。
綺麗好きな人が見たら、たぶん数秒で心が折れる。
新品の服で来た人間が、数時間後には別人のような姿になる。
作業前の自分。
作業後の自分。
鏡を見ると、
「誰だ、この薄汚れた男は?」
と思う。
しかし残念ながら、それは自分である。
そして
『危険!』
これも当然。
油断すればケガにつながる。
判断を間違えれば事故になる。
「慣れ」が一番怖い。
毎日のことだからこそ、初心を忘れてはいけない。
ここまでは普通の3K。
問題はここからである。
考えれば考えるほど、Kが増えていく。
『臭い!』
これも立派なKだ。
いや、むしろ大きなKだ。
人間には五感というものがある。
視覚。
聴覚。
触覚。
味覚。
嗅覚。
その中でも嗅覚というものは強烈である。
目を閉じても臭いは感じる。
耳を塞いでも臭いは消えない。
鼻だけは逃げ場がない。
「臭い」という攻撃には、防御が難しい。
まさに無差別攻撃。
次。
『怖い!』
これもある。
普通の人なら近づきたくない場所。
見たくないもの。
触りたくないもの。
そういうものと向き合うこともある。
さらに。
『怪異』
『苛酷』
『気色悪い』
『気持ち悪い』
『気味悪い』
『苦しい』
『過激』
『奇怪』
『腐る』
『暗い』
『嫌悪』
……。
まだある。
一体、何Kあるんだ?
もう3Kどころではない。
これはもう、
「K-1グランプリ」
である。
世界最高峰のKの戦い。
リングに上がる選手は、
キツイ選手。
汚い選手。
危険な選手。
臭い選手。
怖い選手。
次から次へと襲ってくる。
普通なら1人でも倒せない相手が、次々と入場してくる。
これ、格闘技だったら反則ではないだろうか。
リング上には対戦相手が10人、20人。
しかも全員、個性が強すぎる。
「今日は臭い選手が来ました!」
「続いて、汚れ選手です!」
「さらに危険選手が乱入です!」
実況席も大忙しである。
もし、あの有名な格闘家たちがこのリングに上がったらどうなるだろう。
どんな強烈なパンチを受けても倒れない屈強なファイター。
どんな相手にも立ち向かう精神力。
鍛え抜かれた肉体。
しかし、このリングではどうだろう。
パンチではなく臭い。
キックではなく汚れ。
打撃ではなく精神攻撃。
どんなに強い選手でも、試合開始前の選手紹介だけで鼻を押さえるかもしれない。
「選手、入場!」
その瞬間、
「……ちょっと待ってください。これは聞いていたルールと違います」
となる可能性がある。
そして数分後。
リングサイドには、まさかの光景。
屈強な男たちが、
「これは無理だ……」
と言いながら倒れている。
原因はパンチではない。
臭いである。
そんな世界。
それが私の日常である。
そんな過酷なリングで戦っている私だが、実は作業中に意外とくだらないことを考えている。
「今日の相手はなかなか手強いな」
「この臭い攻撃は反則ではないのか?」
「今の自分の姿を誰かが写真に撮ったら、家族は本当に自分だと認識してくれるだろうか?」
そんなことを考えながら作業している。
普通なら、
「大変だ」
「つらい」
「もう嫌だ」
と考えそうな場面でも、頭の中で勝手に実況中継を始めてしまう。
自分専用の格闘技番組である。
実況アナウンサーは私。
解説者も私。
選手も私。
観客も私。
つまり全部、私一人。
かなり寂しい大会である。
しかし、この一人K-1グランプリのおかげで、精神的にはかなり助けられている。
人間、同じ状況でも考え方ひとつで感じ方は変わる。
もちろん、臭いものは臭い。
汚いものは汚い。
キツイものはキツイ。
そこを無理やり、
「これは素晴らしい経験だ!」
「私は社会貢献している!」
などと綺麗にまとめようとは思わない。
そんな毎日、正直疲れる。
臭いものを嗅いで、
「なんて爽やかな香りなんだ!」
と言えるほど、私は人間ができていない。
汚れた作業着を見て、
「これは人生の勲章だ!」
と毎回感動するほど、前向き人間でもない。
普通に、
「うわ……今日もすごいな」
と思う。
普通に、
「早く終わらないかな」
と思う。
普通に、
「今日は疲れた」
と思う。
でも、それでいいと思っている。
人間なのだから、嫌なものは嫌でいい。
苦しいものは苦しいでいい。
問題は、その気持ちをどう処理するかだ。
私は、その処理方法として笑いを使っている。
笑いというのは、不思議なものである。
状況そのものを変える力はない。
臭いものを無臭にすることもできない。
汚れを消してくれるわけでもない。
危険をなくしてくれるわけでもない。
でも、自分の気持ちの向きを少し変えることはできる。
「最悪だ」
だけで終わる一日と、
「最悪だったけど、まあネタにはなるな」
と思える一日では、疲れ方が違う。
同じ泥の中を歩くなら、文句を言いながら歩くより、くだらない歌でも歌いながら歩いたほうが少しだけ楽になる。
もちろん、周囲に人がいる時は気をつけている。
一人でニヤニヤしながら作業している姿。
客観的に見ると、かなり怪しい。
近くを通った人からすれば、
「何だ、あの人……」
となる可能性が高い。
「危険な作業をしている人」
ではなく、
「精神的に危険な人」
と思われるかもしれない。
これは避けなければならない。
だから笑う時は、基本的に一人の時。
誰もいない場所で、
「ふっ……」
と笑う。
もし誰かに見られたら、
「いや、大丈夫です。仕事のことで笑っていました」
と言うつもりだが、
その説明をしている時点で、さらに怪しく見える気もする。
結局、人間というのは周囲から見ればよく分からない生き物なのだ。
同じ仕事をしていても、
「大変そう」
と思う人もいれば、
「よくそんな仕事できるね」
と思う人もいる。
中には、
「そんな仕事、誰でもできるでしょ」
と言う人もいる。
こういう言葉を聞くこともある。
正直、気分が良いものではない。
やったことがない仕事ほど、人は簡単に評価できる。
外から見れば簡単そうに見える。
しかし、実際に中に入ってみなければ分からないことは多い。
例えば、プロ野球選手の投げるボールを見て、
「ただ投げているだけじゃん」
と言う人はいないだろう。
料理人が作った料理を食べて、
「切って焼いただけじゃん」
と言う人も少ない。
その道には、その道の技術と経験がある。
どんな仕事にも、外からは見えない部分がある。
私の仕事も同じだ。
華やかではない。
テレビで特集されるような仕事でもない。
子どもたちが、
「将来はこの仕事をしたい!」
と言うような職業でもないかもしれない。
でも、誰かがやらなければならない。
誰かが避ける仕事だからこそ、誰かが引き受けている。
そこに少しだけ意味があると思っている。
ただし、ここで勘違いしてほしくない。
「誰もやりたがらない仕事をしている俺は偉い」
と言いたいわけではない。
そんなことを言い始めたら、ただの自己満足である。
世の中には、もっと大変な仕事をしている人もいる。
命と向き合う仕事。
人の人生を背負う仕事。
極限状態で判断を求められる仕事。
それぞれの場所で、それぞれの人が戦っている。
私の仕事だけが特別なわけではない。
ただ、自分が立っているリングでは、自分が戦うしかない。
逃げても誰かが代わりにやってくれるわけではない。
だから今日もリングに上がる。
開始ゴングが鳴る。
第一ラウンド。
相手は臭い。
第二ラウンド。
相手は汚い。
第三ラウンド。
相手は疲労。
そして最終ラウンド。
最大の敵は、
「もう嫌だ」
という自分自身の気持ち。
この選手が一番強い。
外から来る敵より、自分の中から出てくる敵のほうが厄介である。
一番厄介な対戦相手。
それは、臭いでも汚れでも危険でもない。
実は、自分自身だったりする。
「今日はもうやりたくない」
「何で俺がこんなことをしているんだろう」
「もっと楽な仕事もあったんじゃないか」
そんな気持ちが出てくることは、当然ある。
人間だから。
聖人君子ではない。
毎日、太陽のような笑顔で、
「今日も最高の仕事日和だ!」
などと思えるほど、私はできた人間ではない。
雨の日は憂鬱になる。
疲れている日はため息も出る。
臭いものを前にすれば、
「うわ……」
と言う。
汚れれば、
「最悪だ」
と思う。
それが普通だと思う。
大事なのは、その感情を無かったことにしないことだ。
世の中には、
「弱音を吐くな」
「文句を言うな」
「前向きに考えろ」
という言葉がある。
確かに、それが必要な場面もある。
しかし、何でもかんでも我慢すればいいというものでもない。
人間には限界がある。
心にも容量がある。
ゴミ箱だって、いっぱいになれば溢れる。
それなのに、
「まだ入るだろう」
「気合いで押し込め」
と続ければ、いつか蓋が閉まらなくなる。
心も同じだと思う。
だから私は、自分の気持ちにはできるだけ正直でいたいと思っている。
ここで言う「正直」というのは、好き勝手に振る舞うという意味ではない。
嫌なことがあったから、誰かに八つ当たりする。
疲れたから、人に迷惑をかける。
気に入らないから、態度に出す。
それは違う。
それはただの甘えである。
そうではなく、
「今、自分は疲れているな」
「これは正直きついな」
「今日は少し気持ちが落ちているな」
と、自分自身の状態を認めるということだ。
自分の心の状態を確認する。
これは意外と大事な作業だと思う。
車だって、燃料が減れば給油する。
機械だって、調子が悪ければ点検する。
なのに人間だけは、
「まだ大丈夫」
「根性でいける」
と言って無理を続ける。
そして、ある日突然止まる。
人間にもメンテナンスは必要だ。
私の場合、そのメンテナンス方法の一つが笑いである。
くだらないことを考える。
自分の状況を少し離れた場所から見る。
「何だ、この状況。漫画か?」
と思う。
そうすると、不思議と少し余裕が生まれる。
例えば、作業中に自分の姿を見る。
汚れた服。
疲れた顔。
汗だくの体。
普通なら、
「悲惨だ」
と思う場面である。
しかし、そこで、
「これは映画の主人公ではなく、ただ汚れている作業員だな」
と自分でツッコむ。
このくらいの距離感が必要なのだと思う。
真剣に向き合うことと、深刻になりすぎることは違う。
仕事には真剣であるべきだ。
安全にも責任を持つべきだ。
手を抜いてはいけない。
しかし、自分自身まで追い込んで壊してしまっては意味がない。
戦うためには、戦える状態を維持しなければならない。
リングに上がる選手が、試合前に自分の体調管理をするように。
私も自分の心を整える必要がある。
そして、この仕事をしていて思うことがある。
人間は、意外と強い。
最初は絶対に無理だと思ったことでも、毎日向き合っていると少しずつ慣れてくる。
もちろん、好きになるわけではない。
臭いものは今でも臭い。
汚いものは今でも汚い。
危険なものは今でも怖い。
そこは変わらない。
しかし、
「できない」
と思っていたことが、
「やれる」
に変わる瞬間がある。
その積み重ねが、自分の力になる。
人間の成長とは、何か特別なことを成し遂げることだけではないと思う。
昨日できなかったことが今日できる。
昨日より少し冷静に対応できる。
昨日より少し笑える。
それも立派な成長だ。
派手な勝利ではない。
観客が総立ちになるような劇的なKO勝ちでもない。
でも、自分の中では確実に一勝である。
今日もリングに上がる。
相手は相変わらず強敵だ。
臭い攻撃。
汚れ攻撃。
疲労攻撃。
精神攻撃。
時には、自分自身からの弱気攻撃。
容赦なく襲ってくる。
しかし、こちらも簡単には倒れない。
なぜなら、こちらには武器がある。
経験。
慣れ。
仲間。
そして、笑い。
どんなに過酷な状況でも、少し笑える余裕が残っているなら、人間はまだ戦える。
だから今日も、
「よし、やるか」
とリングに向かう。
別に格好いいヒーローになりたいわけではない。
誰かから称賛されたいわけでもない。
「素晴らしい仕事ですね」
と言われなくてもいい。
ただ、自分で自分を少しだけ認められる仕事をしたい。
どんなに臭くても。
どんなに汚れても。
どんなに周囲から理解されなくても。
今日一日を逃げずに終えたなら、それで十分だ。
そしてまた明日、新しい試合が始まる。
ゴングが鳴る。
リングに上がる。
対戦相手は、また強烈なKを引き連れてやって来るだろう。
でも大丈夫。
こちらにも負けず嫌いという武器がある。
笑い飛ばすという技もある。
そして何より、
「まだ戦える」
という自分自身がいる。
いつか人生という大きな大会の最後のゴングが鳴った時、
「結構、面白い試合だったな」
と思えたら、それでいい。
金メダルもいらない。
観客からの拍手もいらない。
ただ、自分自身に向かって、
「よく最後までリングに立っていたな」
と言えればいい。
その時こそ、
人生のK-1グランプリ。
そのチャンピオンになれるのだと思う。





