特殊清掃「香りのソムリエ」を更新いたしました。
香りのソムリエ
一年熟成された腐乱臭の記憶 ―
マンションの大家さんから一本の電話が入った。
「一度、部屋を見てもらえませんか」
声の奥には、長い間抱えていた迷いや困惑が滲んでいた。
依頼内容を聞いた時点で、ある程度の想像はついた。いわゆる事故物件。その中でも、私たちの仕事の中では特に重い部類に入る現場だった。
場所は、とあるマンションの最上階。間取りは2DK。角部屋で、日当たりも風通しも悪くない、普通に暮らすなら決して悪い条件ではない部屋だった。
しかし、その部屋には「時間」が染み付いていた。
約一年前、この部屋で腐乱死体が発見された。
発見後、必要な処理は行われたものの、その後は本格的な手入れをされることなく、一年間そのまま放置されていたという。
通常なら、発見直後に特殊清掃や消臭作業が入ることが多い。ところが、この部屋は一年間という長い時間、誰の手も入らず眠っていた。
正直に言えば、珍しいケースだった。
大家さんはもちろん、隣近所の住民も、その部屋が存在しているだけで精神的な負担があったのではないだろうか。
「一年間放置された部屋……いったい中はどうなっているのだろう」
そう考えながら、私は現場へ向かった。
そして、そんな自分に少し苦笑した。
普通の人なら、腐乱死体が発見された部屋と聞けば、できるだけ近づきたくないと思うだろう。
ましてや一年も経過した現場など、想像するだけで嫌悪感を覚える人も多いはずだ。
しかし私は、そこへ向かう車の中で、別のことを考えていた。
「一年経過した腐敗臭は、どんな変化をしているのだろう」
職業柄、と言ってしまえばそれまでだが、興味が湧いていた。
腐敗臭というものにも、時間による変化がある。
発見直後の強烈な臭気。
数週間経過した時の重く湿った臭い。
さらに時間が経った時の、空間全体に染み込んだ独特の臭い。
では、一年という時間を経た腐敗臭とは、どんなものなのか。
もしかしたら、今まで経験したことのない「熟成された臭い」になっているのではないか。
そんな期待を抱きながら現場へ向かっている自分に気づき、また苦笑した。
我ながら、ずいぶん感覚が変わってしまったものだと思う。
昔の自分なら、想像するだけで顔をしかめていたはずの場所へ、今では「どんな臭いなのか」という好奇心を持って向かっている。
人は慣れる生き物だ。
毎日のように特殊な現場に関わっていると、普通なら避けるべきものを、冷静に観察するようになる。
もちろん、命が失われた場所であることを忘れているわけではない。
ただ、仕事として向き合うためには、感情だけで判断することはできない。
現場に到着し、玄関の扉を開けた。
その瞬間、少し期待していた自分の予想は見事に外れた。
「……あれ?」
一年という時間が経過したことで、何か特別な変化があるのではないかと思っていた。
しかし、室内に漂っていたのは、私がこれまで何度も経験してきた腐敗臭と大きく変わらないものだった。
一年間熟成された、未知の腐敗臭。
そんなものを勝手に想像していた自分が少し恥ずかしくなった。
「なんだ、いつもの臭いじゃないか」
そう思った瞬間、逆に別の感情が湧いてきた。
腐敗という現象の強さ。
一年という時間が流れても、簡単には消えない臭い。
人間の身体が自然へ戻っていく過程で生まれるものの力強さ。
改めて、その凄さを感じた。
時間が経てば何でも風化すると思いがちだが、臭いというものは簡単には消えない。
目には見えなくても、空間の中に記憶として残り続ける。
今回、時間の経過を感じさせたものはいくつかあった。
その一つが、床だった。
腐敗液を吸い込んだフローリングは変色し、部分的にはめくれ上がっていた。
木材というものは、普段は人間の生活を支えてくれる丈夫な存在だ。しかし、一度大量の水分や有機物を吸収すると、別の表情を見せる。
そこには、人間が生活していた部屋とは違う時間が流れていた。
さらに不思議だったのは、床に大量に落ちていた木くずのような粉だった。
虫によるものなのか、腐食によるものなのか、原因ははっきりしない。
ただ、一年間という時間がこの部屋に何かを残していったことだけは間違いなかった。
発見当時、この部屋には大量のウジが発生していたはずだ。
腐敗した身体に集まり、生命の循環の一部として活動する小さな命。
しかし、一年後の室内にはウジもハエも一匹もいなかった。
彼らは成長し、羽を持ち、この部屋を旅立っていったのだろう。
どこへ飛んで行ったのか。
近くの公園なのか。
別の建物なのか。
あるいは、また別の誰かの人生の終わりを見つける場所なのか。
ハエという存在は、人間から見ると嫌われ者だ。
しかし自然界の中では、死を分解し、次の生命へつなぐ役割を持っている。
私たちが嫌悪するものも、自然の大きな流れの中では必要な存在なのだ。
そう考えると、不思議な気持ちになる。
もしかすると、この部屋から飛び立ったハエの子孫たちと、私はいつかまた別の現場で出会うかもしれない。
「あれ? 以前どこかで会ったかな」
そんな再会があるかもしれない。
もちろん、亀が産卵のため故郷の浜へ戻ってくるとか、鮭が生まれた川へ帰ってくるとか、そういう美しい自然の物語とはまったく違う。
むしろ、できれば出会いたくない再会である。
それでも、生命のつながりという意味では、どこか奇妙な縁を感じてしまう。
「ハエさん、また会うことがあったとしても……どうかお手柔らかに頼むよ」
心の中でそう呟いた。
この仕事をしていると、人間の死だけではなく、その後に続く自然の営みにも向き合うことになる。
臭いは、単なる不快なものではない。
そこには、その場所で起きた出来事や、残された時間、人間の暮らしの痕跡が詰まっている。
私はよく「臭いを嗅ぎ分ける仕事」だと言われる。
確かに、現場では臭いから状況を判断することも多い。
しかし、本当の意味では、私は臭いそのものを見ているのかもしれない。
目には映らないものを、鼻で感じ取る。
そこに残された時間や、人の存在の跡を読み取る。
言ってみれば、私は「香りのソムリエ」なのだ。
ただし、ワインや花の香りを語る華やかなソムリエとは少し違う。
私が向き合うのは、人間の人生の最後に残された香りだ。
決して歓迎されるものではない。
できれば誰も経験したくないものだ。
それでも、その場所に残されたものを丁寧に受け止め、次に進むための環境を取り戻す。
それが、この仕事の意味なのだと思っている。
一年間眠っていた部屋は、特別な「熟成臭」を私に見せてはくれなかった。
しかし、その代わりに、腐敗という現象の強さと、時間が残す痕跡を教えてくれた。
そして私はまた一つ、現場という教科書から新しいページを学んだ。
次に向かう現場では、どんな「香り」と出会うのだろうか。
そんなことを考えながら、私はまた車を走らせる。





