特殊清掃「明日があるさ 」を更新いたしました。
明日があるさ
私たちのほとんどは、今日が来ることを当たり前のように思って生きている。
朝になれば目が覚める。
顔を洗い、飯を食い、仕事に行く。
嫌な上司の顔を見て、ため息をつき、帰宅して酒を飲み、テレビやスマホを眺める。
そして一日が終わる。
「また明日」
そう言って眠る。
明日も、今日と同じようにやって来ると思っている。
たぶん、それでいいのだと思う。
毎朝、「今日も生きていられる保証はありません」などと考えながら起きていたら、精神的にもたない。朝飯どころではない。
しかし、死体業を長くやっていると、どうしても一般の人より「明日」というものを意識せざるを得なくなる。
死んだ人を何人も見ていると、
「自分に明日があることは、決して保証されたものではない」
という、ごく当たり前のことを、嫌というほど思い知らされるからである。
だから私は時々、
「できるだけ悔いを残さないようにしよう」
「やれることは、やれるうちにやっておこう」
などと殊勝なことを考える。
……考えるだけなら、私にもできる。
問題は、その後である。
「今日は疲れたから明日やろう」
「今度でいいか」
「まあ、そのうち何とかなるだろう」
となる。
人間というのは実に便利な生き物である。
死を身近に見ている私でさえ、明日の保証がないことを知りながら、今日をダラダラ過ごしてしまう。
分かっているのに、できない。
これが人間というものなのだろう。
いや、もしかしたら私だけかもしれないが……。
そんな私が、30年以上経った今でも時々思い出す現場がある。
ある若い男性が亡くなった。
自宅二階のベッドの上だった。
自殺ではない。
自然死だった。
私が現場に入ったのは、その日の夕方近くになってからだった。
依頼は特殊清掃だった。
しかし、実際に現場を見てみると、ベッドマット、つまり敷布団の一部が糞尿で汚れている程度だった。
私たちの仕事からすれば、それほど珍しいことでもないし、正直なところ、
「これは専門業者に頼むほどでもないんじゃないかな」
と思う程度の汚れだった。
依頼者は、亡くなった男性のお母さんだった。
息子さんが急に亡くなった。
しかも、つい昨日まで普通に生きていた。
それが信じられないのだろう。
悲しいというより、まだ現実そのものを受け入れられていないように見えた。
夢の中にいるような、どこかボーッとした表情。
私が話しかけても、聞いているのか聞いていないのか分からない。
返事もはっきりしない。
当然である。
自分の息子が突然死んだのである。
頭がパニックになっている、という表現では足りない。
パニックを通り越したパニック。
そんな状態だった。
私は、とにかく依頼された仕事を始めた。
汚れを処理し、必要なところを清掃する。
仕事をしている間だけは、余計なことを考えずに済む。
こういう仕事をしていると、「何を考えていいのか分からない現場」というものがある。
だからこそ、手を動かす。
手を動かしていれば、頭の中が少し静かになる。
幸い、作業そのものはすぐに終わった。
普通なら、
「終わりました。ありがとうございました」
で帰るところである。
ところが、その日は帰れなかった。
お母さんを見ていると、とても一人残して帰る気にはなれなかったからだ。
人間は、精神状態によっては、普段なら絶対にしないような行動を取ることがある。
それが良い方向に出るとは限らない。
むしろ、極端な精神状態のときには、本人にも予想できないことをしてしまうことがある。
外はだんだん暗くなってきた。
正直に言えば、私自身も早く帰りたかった。
仕事は終わった。
もう帰っても誰にも文句は言われない。
「今日は長居したなぁ」
などと思いながら、心の中では帰る準備をしていた。
ところが、結局、ご主人が帰ってくるまで待つことにした。
待っている間、電話が何本もかかってきた。
どこからか、この家に起きた不幸を知った友人や知人、関係者から電話が入ってくる。
電話が鳴る。
お母さんが出る。
そして、
「うちの○○が死んじゃったのよぉ」
と話す。
その口調が、何とも言えなかった。
まるで、
「うちの○○が結婚することになったのよ」
とか、
「この前、旅行に行ってきたのよ」
とでも話しているような感じなのである。
もちろん本人にふざけているつもりなど一切ない。
悲しみが大きすぎて、まだ自分の中で現実として処理できていないのだろう。
電話を切って、また次の電話。
「死んじゃったのよぉ」
また電話。
「うちの○○が……」
そのやりとりを聞いているうちに、
「やっぱり、この人を一人にして帰るわけにはいかないな」
と、ますます思った。
ご主人も当然、仕事どころではない。
亡くなった息子さんのことで、あちこち走り回っていたらしい。
ご主人が帰ってくるまで、私はお母さんの話を黙って聞いていた。
息子さんは、前日の夜、少し風邪っぽかった。
そこで市販の風邪薬を飲んだ。
そして、いつも通り二階の自分の部屋に入って寝た。
特別なことなど何もなかった。
家族からすれば、
「ちょっと風邪をひいたかな」
程度の認識だったのだろう。
ところが翌朝。
いつもなら起きてくる時間になっても、息子さんが一階へ降りてこない。
お母さんは、
「寝坊しているのかな」
と思った。
仕事に遅れてはいけない。
そう思って、息子さんを起こすため二階へ上がった。
そして、ベッドに寝たままの息子さんを見つけた。
もう、息をしていなかった。
救急車を呼ぶ。
家の中が騒然となる。
しかし、結局、息子さんは帰ってこなかった。
たった一晩。
たった一晩である。
昨日まで生きていた人が、今日はいない。
「明日がある」ということが、どれほど不確かなものなのか。
そのときの私は、そんなことを改めて考えさせられた。
お母さんの話を聞きながら、私は何度も言葉を探した。
しかし、何も出てこない。
こんなとき、
「元気を出してください」
などと言えるはずもない。
元気を出せる状況なら、とっくに出している。
「お気持ちは分かります」
なんていうのも、とても言えない。
分かるわけがない。
自分には、その人の痛みを経験したことがないのだから。
だから私は、黙ってそこにいた。
人間には、何も言わないことが必要な時間もある。
やがて、冷たくなった息子さんが葬儀社の寝台車に乗せられ、ご主人と一緒に帰ってきた。
私は、部屋の布団に安置するのを手伝った。
検死を受けていたため、息子さんは裸だった。
そこに、同年代くらいの若い男が二人いた。
一人は私。
死体業をやっていて、生きている。
もう一人は故人。
会社員で、死んでいる。
年齢もそう大きく違わない。
ほんの少し前まで、同じように飯を食い、仕事をし、眠っていたはずの二人である。
なのに今は、片方は立っていて、片方は横たわっている。
その光景を見たときの、何とも言えない感覚は、今でも覚えている。
強い同情心が湧いた。
同時に、
「人間なんて、本当に分からないものだな」
とも思った。
父親は比較的冷静だった。
もちろん、深い落胆は隠しきれない。
私はお悔やみを伝え、自分が行った清掃作業の内容を説明した。
そして、帰ろうとした。
もう外は真っ暗だった。
「それでは、これで失礼します」
そう言って帰ろうとした、そのときだった。
背後から、ご両親の声が聞こえた。
「裸のままじゃ可哀想だなぁ……」
その言葉を聞いて、私は足を止めた。
自分でも不思議だった。
別に、そこまでやる義務はない。
清掃の仕事は終わっている。
帰っても誰にも責められない。
それでも、足が止まった。
私にも、一応、良心というものが残っていたらしい。
普段はどこに隠れているのか分からない良心が、そのときだけ出てきた。
私は、ご両親に、
「私、遺体処置もできますから」
と伝えた。
そして、故人が愛用していた、洗いたてのパジャマを出してもらった。
そのパジャマを着せ、死後処置をした。
それは仕事というより、人として自然にやったことだった。
ここまで来れば何かの縁である。
これでお金をもらおうなんて、少しも思わなかった。
ご両親は、深い悲しみの中で、何度も感謝の言葉を伝えてくれた。
私は、
「それじゃあ……」
とだけ言って、その家を出た。
外は暗かった。
車に乗り込み、エンジンをかける。
そして、いつものように家路についた。
あれから30年以上が経った。
それでも、あの現場のことを時々思い出す。
なぜだろう。
仕事では、もっと悲惨な現場もあった。
もっと強烈な現場もあった。
もっと長く記憶に残る出来事もあった。
それなのに、あの若い男性のことは、時々ふっと思い出す。
たぶん、特別なことが何もなかったからなのだと思う。
自殺でもない。
事故でもない。
事件でもない。
前の晩に少し風邪っぽくて、薬を飲んで、いつものように寝た。
そして朝、起きなかった。
それだけである。
人生というのは、案外そんなものなのかもしれない。
何か大きな予告があって、
「明日、あなたは死にます」
と教えてもらえるわけではない。
だから私たちは今日を生きる。
「明日もあるさ」
と思って生きる。
それでいいのだと思う。
明日があると思わなければ、今日を生きることさえ苦しくなる。
ただ、ときどきでいい。
「明日が来るとは限らないんだよな」
と思い出してみる。
そうすれば、家族に一言くらい優しくできるかもしれない。
「ありがとう」と言えるかもしれない。
「ごめん」と言えるかもしれない。
ずっと先延ばしにしていたことを、少しだけやってみる気になるかもしれない。
会いたい人に会いに行くかもしれない。
……まあ、私は「明日やろう」と思ったことを、翌日になってもやらないことが多いのだが。
そこはもう、長年の性格なので仕方がない。
死体業をやっているからといって、悟りを開いているわけではない。
死をたくさん見てきたからといって、立派な人間になれるわけでもない。
今日も腹が減れば飯を食い、眠くなれば寝る。
面倒なことは後回しにする。
嫌なことがあれば愚痴も言う。
時には、自分でも呆れるほど怠ける。
それでも、あの若い男性のことを思い出すと、
「明日があるさ」
という言葉の意味が、少しだけ違って聞こえる。
明日がある。
だから今日は無理をしなくてもいい。
明日がある。
だから今日は失敗してもいい。
明日がある。
だから、もう一度やり直せばいい。
でも、その「明日」は、決して約束されたものではない。
だからこそ、今日できる小さなことくらいは、今日やっておいたほうがいい。
大げさな人生訓など、私には語れない。
人様に、
「悔いのない人生を送りましょう」
なんて偉そうなことを言えるほど、私は立派に生きていない。
むしろ、自分自身が悔いだらけである。
「あのとき、もっとちゃんとしておけばよかった」
「あの人に、あんな言い方をしなければよかった」
「あれもやっておけばよかった」
そんなことはいくらでもある。
だから私は、「悔いを残すな」とは言えない。
人間、多少の後悔を抱えて生きていくものだと思っている。
ただ、どうせ後悔するなら、
「やっておけばよかった」
という後悔より、
「やってみたけど、ダメだった」
という後悔のほうが、少しだけマシなのかもしれない。
……などと偉そうに書きながら、今日も私は、
「これは明日でいいか」
と思っている。
人間なんて、そんなものである。
それでもいい。
明日があると思って、今日を生きる。
そして、ときどき思い出す。
その明日は、誰にでも必ず来るわけではないということを。
「死」というものは、老若男女を問わない。
年齢も、社会的地位も、財産も関係ない。
どんなに金持ちでも、どんなに偉くても、どんなに貧しくても、どんなに若くても、死は平等にやって来る。
それが、明日かもしれない。
だからといって、今日から急に聖人君子になる必要もない。
毎日を完璧に生きる必要もない。
ただ、今日という日を普通に生きられたこと。
家族と飯を食べられたこと。
くだらないことで笑えたこと。
誰かと話せたこと。
それらを、
「当たり前」
で終わらせないこと。
それだけでも十分なのかもしれない。
そして、明日になったら、また、
「明日があるさ」
と言って生きればいい。
ただし、その「明日」に全部を丸投げするのは、ほどほどにしておこう。
何しろ私たちは、明日が来るという保証書を、一度ももらったことがないのだから。





