特殊清掃「どうすりゃいいんだよぉ」を更新いたしました。
どうすりゃいいんだよぉ
想像を超えた孤独死現場――慣れたはずの私が言葉を失ったトイレの中
小規模な賃貸マンションの一室。
依頼者は、そのマンションを所有しているオーナー様だった。
これまで何度も経験してきた種類の現場だった。孤独死、発見の遅れ、強烈な臭気、室内の汚染。特殊清掃の仕事を続けていると、さまざまな現場に遭遇する。
もちろん、毎回気持ちが楽なわけではない。
しかし、長年この仕事をしていると、現場へ向かう時にはある程度の覚悟と準備ができるようになる。
「今回はこういうケースだろう」
「まずここを確認して、次にこの作業をする」
「必要な資材はこれとこれ」
頭の中で自然に作業工程を組み立てながら現場へ向かう。
それが、いつもの流れだった。
この日も、私はいつものように現場検証と見積もりのため、そのマンションへ向かった。
依頼内容を聞いた時点では、特別変わった案件だとは思っていなかった。
亡くなられた方はトイレ内で発見されたという。
発見までにはある程度の時間が経過していたため、臭いや汚染については覚悟していた。
特殊清掃の現場では、発見場所によって作業内容が大きく変わる。
フローリングなのか、畳なのか、カーペットなのか。
床材にどれだけ染み込んでいるのか。
建物構造に影響が出ているのか。
臭いがどこまで広がっているのか。
現場を見る前に、ある程度の予測を立てる。
ただ、この時の私は、これまでの経験から少し油断していたのかもしれない。
「まあ、いつもの現場だろう」
そんな気持ちがどこかにあった。
玄関ドアを開けた瞬間、鼻を突く強烈な臭いがした。
特殊清掃では避けて通れない臭い。
腐敗臭。
何度も経験してきた臭いだった。
玄関を開けた瞬間に、その現場の状況がある程度分かることもある。
臭気の強さ。
空気の重さ。
室内に入った瞬間の違和感。
経験を積むほど、五感から得られる情報は増えていく。
この時も私は、いつものように室内へ入った。
すると、オーナー様が心配そうに声を掛けてくださった。
「マスクとかしなくても大丈夫ですか?」
その気遣いはありがたかった。
しかし私は、いつもの調子で答えた。
「現場見積もりで毎回マスクしていたらきりがないんで、大丈夫ですよ」
今思えば、その時の私は完全にいつもの感覚でいた。
経験があることは強みになる。
しかし、経験があるからこそ生まれる油断もある。
この後、自分の予想を大きく超える光景を見ることになるとは、その時は思っていなかった。
室内を確認しながら、私はトイレへ向かった。
亡くなられた場所を確認するためだった。
トイレのドアの前に立つ。
「ここか……」
そう思いながら、ゆっくりとドアを開けた。
その瞬間だった。
言葉が出なかった。
想像していた状態とは、まったく違っていた。
一般的な水回りの汚染現場であれば、床や壁、隙間などへの染み込み具合を確認しながら作業方法を判断する。
しかし、そこはユニットタイプのトイレだった。
その構造が、逆に状況を特殊なものにしていた。
通常なら床材や建物内部へ流れ込んでしまうものが、逃げ場を失い、その空間の中に残っていた。
目の前に広がっていたのは、想像をはるかに超えた量の腐敗液だった。
頭では理解していた。
亡くなられた後、時間が経過すれば身体には変化が起こる。
特殊清掃の仕事では、その現実と向き合わなければならない。
しかし、実際に目の前にすると、知識として理解していたことと、現実を見ることには大きな差がある。
「どうするんだ、これは……」
思わず心の中でそう呟いた。
いつもなら、現場を見た瞬間に作業手順が頭の中に浮かぶ。
除菌はどうするか。
撤去範囲はどこまでか。
必要な資材は何か。
人員は何人必要か。
しかし、この時ばかりは、すぐに答えが出てこなかった。
それほどまでに想定を超えていた。
そして、珍しいことだが、その場で強烈な吐き気を感じた。
私はこれまで、数多くの現場を経験してきた。
決してすべてが平気だったわけではない。
だが、吐き気を感じるほどの現場は多くなかった。
それでも、人間である以上、限界はある。
慣れというものは、すべてを無くしてくれるわけではない。
ただ、その感情に飲まれてしまえば、この仕事はできない。
私は改めて、この仕事の厳しさを感じた。
決して慣れることのできない作業
現場を見た後、まず考えなければならなかったのは、この状態をどう処理するかということだった。
通常、腐敗による汚染であれば、吸収剤を使用し、固形化させながら少しずつ除去していく。
その後、清掃、消毒、消臭作業へ進む。
しかし、今回ばかりは通常の方法では対応できなかった。
量が違った。
これは「拭き取る」というレベルではない。
まずは、内部に溜まったものを取り除かなければならない。
つまり、汲み出す必要があった。
作業方法が決まれば、あとはやるしかない。
特殊清掃の現場では、「嫌だから避ける」という選択肢はない。
誰かがやらなければならない仕事である。
私は準備を整え、作業に取り掛かった。
小さな容器を使い、少しずつ取り除いていく。
一回。
また一回。
しかし、作業を進めても、なかなか終わりが見えない。
普段の清掃作業とは違う。
精神的な負担が大きい。
目の前にあるものが単なる汚れではないと分かっているからだ。
そこには、確かに一人の人間が生きていた証がある。
その現実が、作業をより重くする。
途中、汚染された場所に残されていた眼鏡が目に入った。
それを見た瞬間、単なる作業対象ではなく、「そこに生活していた人」が急に現実味を持って感じられた。
眼鏡を掛けていた人がいた。
その人にも日常があった。
朝起きて、食事をして、生活をしていた。
しかし、最後は誰にも気付かれない時間を過ごしてしまった。
特殊清掃の現場では、こうした瞬間がある。
臭いや汚れだけを見てしまえば、作業として処理できる。
しかし、そこには必ず人の人生がある。
だからこそ、この仕事では技術だけではなく、精神的な向き合い方も必要になる。
作業中に余計なことを考えすぎると、手が止まってしまう。
もちろん故人への敬意は忘れてはいけない。
しかし、作業を完了させるためには、自分自身の感情を一度整理しなければならない。
私の場合、こういう現場では「何も考えない」ことを意識する。
無感情になるという意味ではない。
目の前の作業に集中するということだ。
「これは腐敗液だ」
そう考え続けてしまえば、精神的に耐えられなくなる。
だから、一つ一つの工程だけを見る。
容器を持つ。
取り除く。
処理する。
清掃する。
作業者として淡々と進める。
それが、この仕事を続けるために身につけた方法だった。
特殊清掃は、単に部屋を綺麗にする仕事ではない。
そこに残されたものを整理し、次の生活につなげる仕事でもある。
現場を終えて感じたこと
この現場では、最終的にトイレユニットそのものを交換する必要があった。
表面的な清掃だけでは解決できない問題があったからだ。
臭いは目に見えない。
しかし、確実に残る。
建物の構造や素材によっては、通常の清掃では取り切れない場合もある。
だからこそ、現場ごとに正しい判断をしなければならない。
「どこまで撤去するのか」
「何を残してはいけないのか」
「どうすれば次の入居者が安心して暮らせるのか」
それを考えることが、特殊清掃業者の役割だと思っている。
そして、この仕事でもう一つ避けられないものがある。
それは臭いだ。
作業中、腐敗臭は衣服にも身体にも染み付く。
もちろん、鼻にも残る。
作業を終えて車に乗った時。
自宅へ帰る時。
その臭いが自分についていることを強く感じる。
そのまま家に帰ることには抵抗がある。
途中で飲食店に寄ることもためらう。
周囲の人には分からないかもしれない。
しかし、作業者本人には分かる。
「自分は今、この臭いをまとっている」
という感覚がある。
だから、現場後の洗浄や消臭も仕事の一部になる。
道具を片付ける。
車両を清掃する。
自分自身もできる限り臭いを落とす。
そこまで終えて、ようやく一つの現場が完了する。
特殊清掃という仕事は、決して華やかな仕事ではない。
人から感謝される一方で、多くの人が避けたいと思う現実と向き合う仕事でもある。
しかし、誰かがやらなければならない。
孤独死された方の部屋を、そのまま放置することはできない。
残されたご家族やオーナー様が、次へ進むためにも必要な仕事である。
今回の現場は、私自身にとっても忘れることのできない経験になった。
どれだけ経験を積んでも、すべての現場に対応できるわけではない。
現場には、それぞれ違った事情がある。
そして、その一つ一つに向き合うことが、この仕事の責任なのだと思う。
あの日、玄関を開けた時。
私はいつもの現場だと思っていた。
しかし、扉の向こうには、経験だけでは測れない現実が待っていた。
特殊清掃という仕事は、単なる清掃ではない。
人の最期と、その後に残された現実に向き合う仕事である。
だからこそ、慣れてはいけない部分がある。
どれだけ経験を積んでも、そこにあった命への敬意だけは失ってはいけない。
それが、この仕事を続ける上で最も大切なことだと思っている。





