特殊清掃「ゴミがごみごみ」を更新いたしました。
ゴミがごみごみ 【ゴミ屋敷 ごみ部屋片づけ 糞尿 尿ペットボトル処分 処理 梱包 搬出 運搬 特殊清掃】
少し前、テレビでは「汚部屋」や「ゴミ屋敷」を片付ける番組がよく放送されていた。芸能人や片付けのプロが家に入り、「こんな家が本当にあるのか」と視聴者を驚かせる。部屋いっぱいに積み上がったゴミの山、床を覆い尽くす生活用品、悪臭に顔をしかめる出演者――そんな映像は、ある意味では格好のエンターテインメントになるのだろう。
しかし、現場にいる私からすると、テレビで見るゴミ屋敷は現実のほんの一部分でしかない。
私の仕事は特殊清掃と遺品整理が中心である。孤独死や事故現場の清掃を行い、故人の遺品を整理・回収する。だから「ゴミ屋敷専門」の業者ではない。
それでも、仕事柄、ゴミ屋敷に足を踏み入れる機会は少なくない。
依頼内容は「遺品整理」であっても、実際に現場へ行ってみれば家全体がゴミ屋敷だった、ということは珍しくないのである。
玄関を開けた瞬間から、仕事の難易度が分かる。
まず、家に入れない。
玄関のたたきから新聞紙やチラシ、空き缶、ペットボトル、コンビニの弁当容器、衣類、段ボールが積み重なり、人一人が横向きになってようやく通れる程度の隙間しかない。
床がどこにあるのか分からない。
靴を脱ぐ場所もない。
その一歩目を踏み出すことすら慎重になる。
何を踏むか分からないからだ。
ガラスが割れていることもある。
注射針が混ざっていることもある。
腐敗した食品が袋の中で液状化していることもある。
ゴキブリやハエはもちろん、ネズミが走り回る現場だってある。
テレビならモザイクや効果音で済むが、現場では臭いも湿気も虫も全部こちらが受け止めなければならない。
それが仕事なのである。
もっとも、私はこの仕事があまり得意ではない。
特殊清掃は精神的な負担こそあるが、仕事そのものは原因と対策が比較的明確だ。汚染箇所を除去し、洗浄・消毒・消臭を行い、原状回復へ向けて進めていく。
ところがゴミ屋敷は違う。
終わりが見えない。
延々と同じ作業の繰り返しである。
ゴミを分別する。
袋へ入れる。
運び出す。
トラックへ積む。
また分別する。
また袋へ入れる。
また運び出す。
この繰り返しだ。
しかも、運び出しても運び出しても、まるで家の中の景色が変わらない。
一台目のトラックが満載になっても、部屋の中を見ると「本当に減ったのか?」と思うほど変化がない。
二台目、三台目になってようやく、「ああ、床だったのか」と見えてくる。
この達成感の薄さが、私には少々堪える。
もちろん、ゴミと言っても何でも一緒ではない。
自治体によって分別方法は異なるが、可燃ごみ、不燃ごみ、資源ごみ、家電、危険物など細かく仕分けなければならない。
袋を開ければ、その中にさらに別の袋があり、その中から空き缶と生ごみと書類が一緒に出てくる。
一つひとつ手で分けていく。
地味で根気の要る仕事である。
しかも、その途中で思わぬものが見つかる。
現金。
商品券。
貴金属。
株券。
昔の写真。
権利書。
そして、遺族が一番探しているもの。
印鑑。
預金通帳。
年金手帳。
保険証券。
遺言書。
こうした物がゴミと一緒に埋もれていることは決して珍しくない。
だから「全部ゴミだから機械で一気に処分」というわけにはいかない。
一袋一袋、人の目で確認しなければならないのである。
そして、この「探し物」が始まると、一気に作業効率が落ちる。
遺族から言われる。
「印鑑を探してください。」
「通帳がどこかにあるはずなんです。」
「写真だけは残したいんです。」
気持ちはよく分かる。
しかし、言うのは簡単でも、現場では山のようなゴミの中から数センチ四方の物を探す作業になる。
例えるなら、砂浜で一粒の米を探すようなものだ。
しかも、その砂浜が何十平方メートルもある。
だから私は最初に必ず説明する。
「もちろん探します。ただし、見つからない場合でも責任は負えません。」
さらに、
「探し物が多い場合は、一緒に探してください。」
ともお願いする。
値引きはしない。
その代わり、依頼者にも現場へ入ってもらう。
最初は「お願いします」と言っていた遺族も、実際にゴミの山を前にすると表情が変わる。
臭い。
暑い。
汚い。
虫がいる。
袋を開けるたびに何が出てくるか分からない。
想像以上の重労働である。
一時間もすると無口になり、二時間もすると疲れ切った顔になる。
そして、だんだんとイライラし始める。
「あれ、本当に必要だった?」
「もう探さなくてもいいんじゃない?」
「いや、やっぱり探そう。」
兄弟姉妹や親族同士で意見が割れ始める。
「いる。」
「いらない。」
「残す。」
「捨てる。」
故人が亡くなった悲しみよりも、目の前の現実に疲弊してしまうのである。
ところが、そんな空気が一変する瞬間がある。
通帳が見つかった時だ。
しかも残高が思った以上に残っていたりすると、それまで疲れ切っていた人が急に元気になる。
「もう少し探しましょう。」
「他にもあるかもしれない。」
人間というのは、実に正直な生き物である。
もちろん私も例外ではない。
見つかれば依頼者は喜ぶし、こちらも苦労が報われた気持ちになる。
だから一緒になって探す。
聖人君子ぶるつもりはない。
現場では、きれいごとだけでは仕事はできないのである。
ゴミ屋敷の現場にいると、人間の本音がよく見える。
故人がどんな生活を送ってきたのか。
家族との距離はどうだったのか。
そして、お金というものが、人の感情をどれほど左右するのか。
テレビでは感動のBGMが流れ、「家族の絆」が強調されることが多い。
だが、現場はそんなに単純ではない。
泣きながら作業をする人もいれば、開始早々に相続の話を始める人もいる。
兄弟げんかになることもある。
誰も部屋に入りたがらず、私たちだけが黙々と片付けることもある。
どれも現実であり、どれも人間らしい姿なのだ。
ゴミ屋敷とは、単にゴミが積み上がった家ではない。
その山の下には、その人が積み重ねてきた生活があり、家族との歴史があり、誰にも見せなかった孤独や執着が眠っている。
私たちは、そのすべてを片付ける仕事をしているのである。
ゴミ屋敷の片付けをしていると、必ずと言っていいほど聞かれることがある。
「どうして、こんなになるまで放っておくんですか?」
もっともな疑問である。
私もこの仕事を始めた頃は同じことを思っていた。
「ゴミの日に出せば済む話じゃないか。」
「どうして捨てないんだろう。」
「どうして片付けないんだろう。」
ところが、現場を何百件と見てきた今では、その考えは少し変わった。
もちろん、ゴミをため込むことを肯定するつもりはない。
近隣に迷惑を掛けることもあるし、火災の危険もある。悪臭や害虫の発生で周囲の生活環境まで悪化させる。誰かが困っている以上、「本人の自由だから」で済ませられる問題ではない。
それでも、「だらしない人だから」の一言では説明できない現場があまりにも多いのである。
私たちが入る現場は、住人が亡くなった後であることがほとんどだ。
だから、生前に本人へ直接理由を聞くことはできない。
残されているのは、部屋の様子だけである。
しかし、その部屋は案外よく語る。
例えば、新聞が何年分も積み重なっている家がある。
最初は毎日きちんと読んでいたのだろう。
ところが途中から束ねなくなり、玄関へ積み始め、やがて部屋中に広がる。
郵便物も同じだ。
最初は封を開けていた形跡がある。
次第に開封しなくなり、最後はポストから持ってきたまま床へ置く。
請求書も督促状も行政からのお知らせも、全部そのままだ。
まるで、時間がある日を境に止まってしまったように見える。
それを見ていると、「片付けられない人」ではなく、「途中で片付ける気力を失った人」という印象を受けることがある。
もちろん全員ではない。
買い物依存のように次から次へ物を買い込み、自分でも何を持っているのか分からなくなっている人もいる。
「もったいない」が口癖で、壊れた家電も空き箱も捨てられない人もいる。
新聞や雑誌を資料として残しているうちに、気付けば部屋が埋まっていたという人もいる。
理由はさまざまだ。
一つだけ共通しているものはない。
だから私は、「ゴミ屋敷になる人はこういう人です」と簡単に断言する評論家の話はあまり信用していない。
現場はもっと複雑だからである。
むしろ共通しているのは、「誰にも止められなかった」という点かもしれない。
家族と疎遠。
近所付き合いもない。
仕事を辞めてから人と話す機会がなくなった。
配偶者に先立たれた。
子どもは遠方に住んでいる。
気が付けば、一週間誰とも会話をしていない。
そんな生活を何年も続けているうちに、家の中だけが少しずつ変わっていく。
最初はゴミ袋一つだった。
それが二つになり、三つになり、やがて床が見えなくなる。
本人にとっては、毎日少しずつ変化しているだけだから異常だとは思わない。
しかし、何年ぶりかに家へ入った親族は愕然とする。
「なんだ、この家は。」
その頃にはもう、一人ではどうにもならない状態になっている。
テレビでは「一日で片付きました」と放送される。
だが、そのゴミは一日でたまったわけではない。
十年、二十年という時間が積み重なった結果なのである。
だから、片付けるのも簡単ではない。
以前、ある遺族からこんなことを言われた。
「父はケチだったんです。」
確かに部屋を見ると、コンビニの割り箸、輪ゴム、スーパーの袋、食品トレー、空き瓶、紙袋…。
「いつか使う。」
そう思って取っておいたのであろう物が山ほど残っていた。
しかし、不思議なことに、それらは結局ほとんど使われていない。
「いつか」は来なかったのである。
人は年齢を重ねるほど、「捨てる」という判断が難しくなることがある。
戦中戦後の物のない時代を経験した世代なら、なおさらだ。
物を大切にすること自体は悪いことではない。
私自身、まだ使える物を簡単に捨てるのは好きではない。
だが、「大切に保管する」と「ただ積み上げる」は似ているようで全く違う。
積み上げた瞬間から、それは管理できていない物になる。
管理できない物は、やがてゴミになる。
この違いは大きい。
片付けの途中で、昔のアルバムが出てくることがある。
若い頃の結婚写真。
運動会の写真。
子どもの七五三。
家族旅行。
笑顔ばかりが並んでいる。
すると遺族が立ち止まる。
「ああ、この頃は良かった。」
そう言ってしばらく写真を眺める。
だが、現実には、その家族が最後まで一緒に暮らしていたケースは決して多くない。
子どもは独立し、夫婦のどちらかが先に亡くなり、一人暮らしになり、やがてゴミ屋敷になる。
アルバムの笑顔と、目の前の部屋との落差は、何とも言えない気持ちになる。
だから私は思う。
ゴミ屋敷は、一日でできるものではない。
人間関係も、一日で壊れるものではない。
どちらも少しずつ積み重なり、気が付いた時には元へ戻せなくなっている。
そんな現場を、私は何度も見てきた。
とはいえ、「かわいそう」で終わらせるつもりもない。
ゴミ屋敷は本人だけの問題では済まない。
悪臭で近所に迷惑を掛ける。
ネズミやゴキブリが周囲へ広がる。
放火されれば大惨事になる。
消防隊が中へ入れず、救助が遅れることだってある。
実際、ゴミの山の中で倒れ、そのまま誰にも発見されなかった人もいる。
私たちが特殊清掃で入る現場の中にも、そういうケースは少なくない。
だから、「本人の生き方だから放っておこう」という考えにも私は賛成できない。
他人が勝手に片付けることもできない。
本人が拒否すれば行政も簡単には介入できない。
その難しさが、ゴミ屋敷問題をさらに深刻にしているのである。
現場で仕事を終え、きれいになった部屋を見ると、いつも思うことがある。
この部屋が十年前に片付いていたら。
五年前でもよかった。
誰かがもう少し早く手を差し伸べていたら。
そんな「もしも」を考えても意味はない。
だが、人が亡くなった後の部屋に立っていると、どうしても考えてしまうのである。
「ゴミ屋敷なんて、自分には関係ない。」
そう思っている人は少なくないだろう。
正直に言えば、私もこの仕事を始めるまではそうだった。
テレビの中の話。
どこか遠くの町で起きている特殊な出来事。
そんな程度の認識しかなかった。
ところが、この仕事を続けていると、その考えは完全に覆された。
ゴミ屋敷は決して珍しい存在ではない。
それどころか、誰の身近にあっても不思議ではない。
住宅街を歩いていても、一見すると普通の家に見える。
庭木は伸び放題になっているが、それほど違和感はない。
雨戸が閉まったままでも、「留守なのかな」と思う程度である。
ところが玄関を開けると、そこには別世界が広がっている。
外からでは分からない。
だから近所の人も気付かない。
あるいは、気付いていても見て見ぬふりをしている。
「余計なお世話だと思われたくない。」
「関わると面倒になる。」
その気持ちも理解できる。
現代では、隣近所との付き合いが希薄になっている。
昔のように、お互いの家へ気軽に上がることも少なくなった。
だから、部屋の中で何が起きているのか誰も知らない。
結果として、ゴミは少しずつ積み重なり、孤独もまた少しずつ積み重なっていく。
そして、ある日突然、その家が「ゴミ屋敷」として認識される。
しかし、本当に突然なのは、近所の人にとってだけだ。
本人にとっては、何年もかけて出来上がった日常なのである。
だから私は、ゴミ屋敷は「ゴミ」の問題というより、「時間」の問題だと思っている。
一日でできたゴミ屋敷はない。
一日で孤立した人もいない。
一日で家族が疎遠になったわけでもない。
少しずつ、少しずつ積み重なった結果なのである。
特殊清掃の現場でも同じことを感じる。
孤独死した部屋へ入ると、時計だけが止まっているわけではない。
その人の生活そのものが、ある時期から止まってしまっている。
カレンダー。
新聞。
郵便物。
薬。
冷蔵庫の中身。
どれも時間を物語っている。
ゴミ屋敷も、それとよく似ている。
違うのは、時間が「積もる」という形で残っていることだ。
私は何度も、片付けが終わった部屋を振り返ってきた。
床が見える。
畳が見える。
窓から光が入る。
「こんな部屋だったんですね。」
遺族がそうつぶやくことがある。
何年ぶりに床を見たのだろう。
本人ですら忘れていたかもしれない。
その光景を見ると、不思議な気持ちになる。
私たちは片付けをしているのではなく、その家が本来持っていた姿を取り戻しているだけなのかもしれない、と。
もっとも、私は「片付ければ人生が変わる」などという、どこかの自己啓発本のようなことを言うつもりはない。
現場はそんなに甘くない。
片付いたところで、亡くなった人は帰ってこない。
壊れた家族関係が元に戻るわけでもない。
相続問題が解決するわけでもない。
片付けとは、あくまで終わった出来事を整理する作業でしかない。
だから私は、仕事の中で感動話を作ろうとは思わない。
「家族の絆を取り戻しました。」
「部屋がきれいになって新しい人生が始まりました。」
もちろん、そういうケースが全くないとは言わない。
だが、それを期待して仕事をしているわけでもない。
私たちの役目は、現実を現実として受け止め、必要な作業を淡々と行うことである。
その方が、故人にも遺族にも誠実だと思っている。
時々、「大変なお仕事ですね」と言われる。
確かに楽な仕事ではない。
臭いもある。
汚れもある。
夏は暑く、冬は寒い。
虫も出る。
重たい荷物を何時間も運ぶ。
それでも、私が一番疲れるのは肉体ではなく、人間の暮らしの終わりを何度も目にすることかもしれない。
誰も最初からゴミ屋敷に住みたいと思っているわけではない。
誰も孤独死を望んでいるわけではない。
ところが人生は、本人が思い描いた通りには進まない。
病気になる。
仕事を辞める。
家族を亡くす。
人付き合いが減る。
気力がなくなる。
そんな出来事が重なった結果として、ゴミ屋敷になる人もいる。
だからといって、「仕方がない」で済ませるつもりもない。
近隣へ迷惑を掛ける以上、どこかで歯止めは必要だ。
行政も、家族も、地域も、それぞれができることを考えなければならない。
ただ一つだけ言えるのは、ゴミ屋敷を笑ってはいけないということだ。
「だらしない人。」
「変わった人。」
そんな一言で片付けられるほど、現実は単純ではない。
笑っているうちは、自分とは無関係だと思っている。
しかし人生は何が起きるか分からない。
事故や病気で体が思うように動かなくなることもある。
大切な人を失い、何もする気が起きなくなる日もある。
その時、自分だけは絶対に大丈夫だと言い切れる人がどれほどいるだろうか。
私は仕事柄、多くの家の最後を見てきた。
豪邸もあれば、古いアパートもある。
資産家もいれば、生活保護を受けていた人もいる。
学歴も職業も関係ない。
共通しているのは、「人生の終わり方は、誰にも分からない」ということだけである。
だから今日も、ゴミ屋敷の片付けが終わると、私は最後に何もなくなった部屋を見渡す。
そして心の中で思う。
ここには確かに、一人の人間の人生があった。
その人生を良い悪いと裁く資格は、私にはない。
私にできるのは、その人が最後まで暮らした場所を、きちんと次へ引き渡せる状態に戻すことだけである。
それが特殊清掃業者である私の仕事であり、現場で学んだ、ごく当たり前の結論なのである。





