特殊清掃「ま、間違えたーッ!」を更新いたしました。
ま、間違えたーッ!
25年ほど前に書いたブログを、久しぶりに読み返してみた。
「こんなこと、書いたっけ?」
……と思った。
いや、書いた。確かに書いた。
そして読み返してみて思った。
よくまあ、こんな失敗をブログに書いたもんだ。
今なら多少は体裁を整えて書こうとするところだが、当時の私は、恥ずかしいことも失敗したことも、わりとそのまま書いていたらしい。
今回は、その頃の文章を少し手直ししてみる。
ただし、立派な「感動秘話」に仕立てるつもりはない。
何しろ、登場するのは私自身である。
しかも、二話とも結論から言えば、
「ま、間違えたーッ!」
という話なのだから。
もう随分と前のことになる。
遺体を自宅から葬儀式場へ搬送する依頼が入った。
病院へのお迎えは「今すぐお願いします」というケースが多いが、自宅へのお迎えは、あらかじめ時間を決めて伺うことがほとんどだった。
だから、時間厳守。
遺族にとっては大切な時間である。
こちらとしても、約束の時間に遅れるわけにはいかない。
当時は、今のようにカーナビが当たり前にある時代ではなかった。
私が頼りにしていたのは、縮尺一万分の一の地図。
これを広げて、住所を確認し、道路をたどって目的地を探す。
今思えば、よくそんなもので知らない家を探していたものだ。
それでも、当時はそれで何とかなっていた。
今回も地図を確認し、時間に余裕を持って現地へ向かった。
指定された地番に到着。
名字の入った表札も確認した。
「よし、ここだ」
そう思った私は、インターフォンを鳴らした。
しばらくすると、初老の女性が出てきた。
少し疲れた様子だった。
私は、故人をお迎えに来たことを伝えた。
ところが、どうも話がうまく通じない。
女性も少し怪訝そうな顔をしている。
「あれ?」
とは思ったものの、住所も合っている。
名字も合っている。
だから、私はそのまま家の中へ通してもらった。
そして、仏間へ。
私は当然、そこに布団が敷かれ、その上に故人が安置されているものだと思っていた。
ところが――
何もない。
布団もない。
遺体もない。
よく見ると、扉の開いた仏壇の前に、お骨と遺影が置かれている。
「……?」
私は少し戸惑いながら尋ねた。
「あのぉ……故人様は?」
女性はお骨に目をやった。
そして、
「こんなに小さくなってしまって……」
と、今にも泣きそうな声で言った。
「……?」
私の頭の中の「?」が、さらに大きくなった。
女性はそのまま、
「○日前に火葬して……」
と、葬儀の話を始めた。
私は黙って話を聞きながら、頭の中で情報を整理していた。
住所は間違っていない。
名字も合っている。
しかし、迎えに来たはずの故人は、すでに火葬され、お骨になっている。
「どういうことだ?」
頭の中でいろいろな可能性を考えた。
そして、しばらくして――
ようやく気づいた。
「ま、間違えたーッ!」
そう。
私は、行く家そのものを間違えていた。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
しかし、呆然としている場合ではない。
問題は、
どうやって、この家から帰るか。
である。
「すみません、家を間違えました!」
と正直に言えばいい。
……いや、もちろん、それが一番正しい。
だが、その瞬間の私は、なぜかそれができなかった。
そこで私は、ゆっくりと仏壇の前に正座した。
そして、うやうやしく焼香した。
「……。」
線香の煙を眺めながら、必死で考える。
どうする?
どう説明する?
どうやって帰る?
冷汗をかきながら考えた末、私は、
「葬儀を無事に終えられて、少し落ち着かれた頃に、改めて焼香だけでもさせていただきたいと思いまして……」
というような話をした。
そして、お骨になったことで、かえって喪失感が強くなることもあるだろうから、あまり気落ちされないように、といった趣旨のことまで話した。
……今思うと、かなり苦しい。
何しろ私は、ついさっき、
「故人を迎えに来ました」
と言って家に入ってきた男である。
それが数分後には、
「焼香に伺いました」
になっている。
用件が変わっている。
しかも、自分の名前すら名乗っていない。
怪しい。
どう考えても怪しい。
もしかすると女性の方は、
「この人、誰だったんだろう?」
と思っていたかもしれない。
いや、たぶん思っていた。
それでも、その場では何とか取り繕い、
「それでは、私はこれで失礼します」
と深々と頭を下げて玄関を出た。
女性も、
「わざわざ、ご丁寧に……」
という感じで頭を下げてくれた。
……優しい方だった。
私は逃げるようにその家を離れた。
車に戻って、ようやく大きく息を吐いた。
「……危なかった。」
いや。
危なかったも何も、
完全に私のミスである。
そして、ここからがまた大変だった。
私は家を間違えた。
つまり、本当の目的地にはまだ到着していない。
急いで地図を確認する。
すると、本当の目的地は、さっきの家のすぐ近くだった。
しかも――
番地も同じ。
そして、
名字も同じ。
なるほど。
同じ番地の家が複数ある地域は、決して珍しくない。
名字が同じということもある。
しかし、よりによって、
同番地・同姓。
そして、そのうち一軒は、たまたま葬儀を終えたばかり。
そんな偶然ある?
……あるんですね。
私は気を引き締め、今度は故人のフルネームを慎重に確認した。
「○○様ですね?」
今度は間違いない。
ようやく本当の目的地に到着。
幸い、約束の時間から大幅に遅れることもなく、無事に搬送することができた。
「よかった……」
と、ホッと一息。
ところが。
すぐに、別の問題に気づいた。
さっき間違えて訪ねた家は、
この家のすぐ目と鼻の先。
もし、あの女性が近所を歩いていて、
「まあ、さっきの人がこんなところに……」
となったら――
アウト。
私は妙に周囲の人影が気になった。
通行人を見る。
自転車を見る。
車を見る。
窓を見る。
「……あの人、さっきの家の人じゃないよな?」
完全に挙動不審である。
とにかく急いで搬送を済ませ、車を出した。
そして、ようやく少し遠くまで来て、
「……終わった。」
と息を吐いた。
幸い、どちらの家にも私のミスは気づかれずに済んだ。
しかし、私の胃には、かなりのダメージがあった。
まさに、
自業自得。
後から考えれば、間違って訪ねた家の女性がかなり憔悴していたことが幸いしたのだと思う。
私の説明を深く追及する余裕もなかったのだろう。
……それにしても、女性の方は後になって、
「そういえば、あの人……何だったの?」
と思ったことだろう。
本当に申し訳ない。
今さらながら、
ゴメンナサイ。
ただ、あのときの私は、それどころではなかった。
「人間、焦るとここまで判断力がなくなるのか」
ということを、自分自身で思い知らされた出来事だった。
そしてもう一つ。
こちらも、もう随分と前の話。
今度は、遺体処置の依頼だった。
地図を見ながら現地へ向かう。
今回は迷うことなく家を発見。
家族も私の到着を待っていて、話もスムーズに通った。
「今回は大丈夫そうだ。」
そう思いながら、家の中へ案内していただいた。
玄関から近い、少し薄暗い和室。
そこには布団が敷かれていた。
そして、掛布団が盛り上がっている。
私は、
「ここだな」
と思った。
布団の前に正座する。
遺体は、頭まですっぽり掛布団をかぶっている。
私は、いつものようにうやうやしくお辞儀をした。
そして、掛布団を取ろうとした――
その瞬間。
ゴロン。
布団の中の人が寝返りを打った。
「うッ!?」
思わず体が反った。
「……動いた?」
いや、動いたどころではない。
生きている。
私が固まっていると、後ろから遺族の女性が入ってきた。
そして、
「そっちじゃない! そっちじゃない!」
「こっち! こっち!」
と、笑いながら手招きしている。
「……。」
はい。
もう分かった。
「ま、間違ったーッ!」
そう。
私は、
お昼寝中のお爺さんを、故人と間違えていた。
家の奥からは、
「爺さんはまだ生きてるよぉー。殺しちゃダメだよぉー(笑)」
という中年男性の笑い声まで聞こえてきた。
完全に笑い話になっている。
いや、私としては笑えない。
今回の故人はお婆さん。
私が「故人だ」と思い込んでしまったお爺さんは、そのお婆さんのご主人だった。
つまり私は、
奥さんを亡くしたばかりのお爺さんを、本人がまだ生きている段階で故人認定してしまった。
何という失礼。
しかも、寝ているところを。
家族からすれば、
「この人、いったい何をしてるんだ?」
である。
普通なら、気まずいどころの話ではない。
ところが、このご家族がまた、ものすごく大らかだった。
先ほどの男性は、昼寝から起きてきたお爺さんに、
「さっき、この人、爺さんが死んでると思って間違ったんだぞ」
と、笑いながら報告している。
お爺さんは、
「ああ、そうかい……」
と、あまり気にする様子もない。
女性は女性で、声を殺して笑っている。
肩がものすごく揺れている。
もう、完全に笑っている。
私はどういう顔をしていいのか分からず、ただ苦笑いしながら、
「すみません……」
と、ペコペコするしかなかった。
何というか――
このご家族の雰囲気は、あえて言えば、
「ちびまる子ちゃん一家」
みたいだった。
誰かが大変なことをやらかしても、
「何やってんの!」
と怒るより先に、
「何やってんだよ(笑)」
と笑ってしまう。
その大らかさに、私は本当に救われた。
もし厳しい雰囲気のご家族だったら、あの場は相当つらかったと思う。
もっとも、私が笑っていい立場ではないので、ひたすら苦笑いだった。
本来なら、その場の主役は亡くなったお婆さんである。
ところが、最初の失敗のせいで、しばらくの間、
「お爺さんが死んだと思われた事件」
の方が強烈な印象を残してしまった。
申し訳ない。
でも、そんなご家族のやり取りを見ていて、ふと思った。
「このお婆さんは、生前もこんな家族に囲まれていたんだろうな」
きっと、賑やかで、多少の失敗は笑い飛ばしてしまうような家庭だったのだろう。
もちろん、亡くなった方を前にしている以上、笑ってばかりはいられない。
遺体処置の準備を整え、家族の皆さんにも集まっていただいた。
そして、ようやく本来の仕事に入った。
さっきまで笑い声が聞こえていた部屋が、少しずつ静かになっていく。
そこで私は、亡くなったお婆さんと、その横にいるお爺さんを見た。
二人とも、80歳を過ぎていた。
長い年月を一緒に過ごしてきた夫婦だった。
お爺さんは、冷たくなった妻の額に手を伸ばした。
そして、弱々しく何度も撫でた。
「……あっという間だった……なぁ、婆さん……」
その一言が、今でも残っている。
さっきまで私の失敗を笑っていたお爺さん。
そのお爺さんが、今は何度も妻の額を撫でている。
そこには、何十年もの夫婦の時間が詰まっているように見えた。
私は、その光景を見ながら、
「長い間、一緒にいたんだな」
と思った。
そして、同時に、
「さっき生きているお爺さんを死人と間違えた自分は、いったい何をやっているんだ」
とも思った。
何しろ、ほんの少し前まで、
「爺さんはまだ生きてるよぉー」
と笑われていたのだから。
それなのに、そのお爺さんが妻の額を撫でながら、
「あっという間だった……なぁ、婆さん……」
と呟く。
その落差に、胸を打たれた。
人は、いつか必ずいなくなる。
それは分かっている。
けれど、長年一緒に暮らしてきた人がいなくなるというのは、頭で理解するのとは全然違うのだろう。
「こんなに小さくなってしまって……」
と、お骨を見つめていた一軒目の女性。
妻の額を何度も撫でていた二軒目のお爺さん。
どちらも、失った人を前にしていた。
私は仕事としてそこへ伺った。
遺体を搬送する。
遺体を処置する。
それが私の仕事だった。
だからこそ、こちらにとっては「業務」であっても、ご家族にとっては、その瞬間が一生に一度しかない大切な時間なのだということを、何度も思い知らされた。
……まあ、それなのに私は、
家を間違えたり、昼寝中のお爺さんを死人と間違えたりしているわけだが。
我ながら、かなりひどい。
今だったらカーナビがある。
住所を入力すれば、目的地まで案内してくれる。
家の前まで来れば、スマートフォンで確認することもできる。
当時より、間違いはずっと減っただろう。
それでも、最終的に確認するのは人間である。
住所だけではなく、名前を確認する。
故人のフルネームを確認する。
家族に確認する。
当たり前のことを、当たり前にやる。
あの二つの失敗は、私にとってかなり恥ずかしい思い出だ。
できれば忘れてしまいたい。
でも、25年も経って思い出してみると、単なる失敗談だけでもない。
一軒目では、「同番地・同姓」という偶然に遭遇した。
二軒目では、昼寝中のお爺さんを故人と間違えた。
どちらも、私自身の確認不足が原因だ。
だから、笑い話にしていいのかどうか、今でも少し迷う。
ただ、当時のご家族が笑って受け流してくれたことには、本当に感謝している。
そして、今になって思う。
葬儀や遺体に関わる仕事というと、どうしても「悲しい」「重い」「厳粛」というイメージになりがちだ。
もちろん、それは間違っていない。
けれど、そこにいるのは、亡くなった人だけではない。
泣く人もいる。
疲れ切っている人もいる。
ぼんやりしている人もいる。
そして、時には、どうしようもない失敗を笑ってくれる人もいる。
悲しみの中にも、笑いがある。
笑っているから悲しくないわけではない。
悲しいからといって、ずっと泣いていなければならないわけでもない。
あの「ちびまる子ちゃん一家」のようなご家族を見て、私はそんなことを感じた。
そして最後に、25年前の自分に一言だけ言っておきたい。
仕事に行く前に、住所だけじゃなく、もっとちゃんと確認しろ。
そして、
布団が盛り上がっていても、いきなり故人だと思うな。
……いや、これは当たり前か。
それにしても。
25年経っても、思い出すと冷汗が出る。
あのときの私は、本当に、
「ま、間違えたーッ!」
だった。





