特殊清掃「女心」を更新いたしました。
女心
女性は、「いつまでも、できれば死ぬまで、きれいでありたい」と思う生き物なのではないか。
……などと書くと、いきなり女性の皆さんから総スカンを食らいそうである。
「お前に女心の何が分かる」
はい、その通り。
私は男なので、女心について語る資格があるのかと言われれば、甚だ怪しい。
そもそも男心だって、本人である私がよく分かっていない。
ただ、長年、死者と向き合う仕事をしてきて、「これは男女で少し違うのかもしれないな」と感じたことがある。
今回は、そんな話である。
私は、遺体の服を着せ替えることを、原則としてしない。
特に女性の遺体の場合は、できるだけ元の服装のままにしておく。
もちろん、必要があれば話は別だ。
遺族の希望があれば着替えをすることもあるし、遺体の状態によっては、どうしても着替えなければならない場合もある。
しかし、できることなら、余計なことはしない。
私にとって、目の前にあるのは「遺体」である。
けれど、遺族にとっては違う。
それは、愛する母親だったり、妻だったり、姉妹だったり、娘だったりする。
私にとっては仕事の対象でも、遺族にとっては、かけがえのない一人の人間なのだ。
まして、どこの馬の骨とも知れない男が、娘さんの服を脱がせたり着せたりしている姿を想像したら、遺族としては、あまり気持ちのいいものではないだろう。
「仕事ですから」
と言ってしまえば、それまでなのだが、仕事だから何をしてもいいというものでもない。
死者にも、それまで生きてきた人生がある。
そして、その人生を大切に思っている人が、必ずどこかにいる。
……などと偉そうなことを書いているが、現場というものは、そんな悠長なことばかり言っていられない。
「女心を尊重して……」
などと考えている余裕が一瞬で吹き飛ぶような現場もある。
その一つが、今回のようなケースだった。
ある二十代の女性が病気で亡くなった。
私が現場に出向いたのは、亡くなった翌日だった。
病名は敗血症。
医学的なことを詳しく説明できるほど、私は医者でも科学者でもない。
仕事柄、必要な知識として専門家から教えてもらったり、自分でも調べたりしている程度である。
だから、ここでは医学講座を始めるつもりはない。
私が説明すると、たぶん専門家から、
「そこ、ちょっと違います」
と赤ペンを入れられる。
そういうことは避けたい。
ただ、敗血症というものが、場合によっては非常に急激に身体へ影響を及ぼすことくらいは知っている。
そして、その現場は、まさにその「急激」という言葉を目の前に突きつけられるような状態だった。
遺体は、驚くほど膨れ上がっていた。
「驚くほど」なんて、ずいぶん簡単な言い方をしているが、実際には、そんな生易しいものではなかった。
身体全体が大きく膨張し、元の身体の二倍どころか、場所によっては三倍、四倍にもなったように見える。
体表には無数の水疱ができていた。
その一つ一つに黄色や橙色の体液が溜まり、破れたところから液体が流れ出ている。
布団にも染み出している。
そして、当然ながら臭いもある。
かなり強烈な臭いだった。
現場に慣れている私でも、「これはなかなかだな」と思うほどだった。
こういうとき、人間というのは妙なものである。
鼻をつまみながら仕事をするわけにもいかない。
「臭いですねえ」
などと感想を言っている場合でもない。
結局、黙って作業する。
仕事というのは、時として感情より先に身体が動く。
それがプロということなのか、それとも単に慣れてしまっただけなのか。
本人にも、たぶん分からない。
遺体の傍には、お母さんが一人で付き添っていた。
そして、そのお母さんが、とても困惑していた。
当然である。
前日の夜までは、生きていたときとほとんど変わらない姿だった。
「まるで眠っているようだった」
それが一夜にして、目の前のような状態になってしまった。
お母さんは、何度も同じことを繰り返していた。
「昨日の夜は、生きていたときと同じだったのに……」
「眠っているみたいだったのに……」
誰かに話しているわけではない。
私に質問しているわけでもない。
ただ、自分自身に言い聞かせるように、何度も繰り返していた。
たぶん、頭の中で現実を整理しようとしていたのだと思う。
娘が死んだ。
そのことは理解している。
でも、
「娘が死んだ」
ことと、
「死んだ娘の身体が、こんな姿になってしまった」
ことは、別の問題だった。
人間というのは、案外、そこまで想像して死を受け入れているわけではない。
「いつか死ぬ」
ということは理解できても、
「死んだ後、身体がどうなるか」
まで具体的に考えている人は、ほとんどいないだろう。
まして、自分の娘の身体が一晩でこれほど変わってしまうなど、想像しろというほうが無理である。
お母さんには、娘さんの余命が分かっていたらしい。
だから、娘さんが亡くなるまでの時間を、ある意味では少しずつ心の準備に使ってきたのだと思う。
看病をしながら、
「いつか、この日が来る」
ということを覚悟していた。
もちろん、覚悟したからといって悲しくないわけではない。
そんな簡単な話ではない。
それでも、人間は不思議なもので、時間をかけて少しずつ別れの準備をすることができる。
娘が死ぬ。
悲しい。
でも、苦しみから解放された。
これで、もう痛くない。
ゆっくり休める。
そんなふうに、悲しみの中にも、ほんの少しの安堵があったのではないかと思う。
そして、娘が亡くなった後に、お母さんが思い描いていたのは、おそらく穏やかな死に顔だったのだろう。
生前と同じような顔で、静かに眠っている娘。
最後にもう一度、娘の顔を見て、
「よく頑張ったね」
と声をかけて送り出す。
たぶん、そんな別れだったのではないか。
ところが、現実は違った。
想像していなかったところから、もう一度、娘との別れを突きつけられた。
それも、亡くなった翌日である。
「死」という一度目の別れがあり、その後に「変わってしまった身体」という二度目の別れがやってきたようにも見えた。
それは、かなり残酷なことだと思った。
現場では、とにかく遺体の処置を優先しなければならなかった。
身体の状態が状態なので、通常のように、
「できるだけきれいにして、きれいな服を着せて……」
などと悠長にやっている場合ではない。
浴衣を脱がせることについても、お母さんに説明して了承をもらった。
作業そのものは、私にとっては経験のある範囲だった。
珍しいことではあるが、極端に珍しいわけでもない。
こういう仕事をしていると、一般の人からすると「そんなことまで経験しているのか」と思うような経験が、いつの間にか仕事の引き出しに入ってくる。
最初の頃は、
「こんなこと、本当にあるんだな」
と思う。
何度か経験すると、
「また、このパターンか」
になる。
さらに経験すると、
「はいはい、次はこれね」
となる。
人間、慣れというのは恐ろしい。
ただし、慣れることと、何も感じなくなることは違う。
少なくとも私は、そう思っている。
作業をしている間も、お母さんは何度も同じ言葉を繰り返していた。
そして、しばらくして、一枚の写真を持ってきた。
生前の娘さんの写真だった。
私に見せながら、
「見てください。こんなに可愛らしい娘だったんですよ」
と言った。
写真には、元気だった頃の娘さんが写っていた。
確かに可愛らしい女性だった。
写真の中では笑っている。
当然だが、写真の中の娘さんには、病気の影も死の影もない。
ただ、若い女性が、普通に笑っている。
それが、ほんの少し前までの現実だった。
一方、私たちの目の前にある身体は、その写真とはあまりにもかけ離れていた。
同じ人間だと頭では分かっていても、生前の面影を探すことさえ難しい。
しかも、それが何年もかけて変わったのではない。
たった一晩である。
お母さんにしてみれば、
「昨日までの娘」と
「今日の娘」
が、頭の中でどうしても結びつかなかったのだと思う。
写真を見せたのも、
「この子なんです」
と、私に確認してほしかったのかもしれない。
あるいは、自分自身に確認していたのかもしれない。
「この子は、本当はこんな子だった」
と。
ここで、少し不思議なことを思った。
死んだことについては、時間をかけて覚悟できても、死体が変わることについては、ほとんど誰も覚悟できない。
私たちは「人が死ぬ」ということを知っている。
でも、「死んだ身体が、その後どう変化していくか」ということは、意外と知らない。
学校でも教えてくれない。
テレビでも、映画でも、たいていは適当に省略される。
棺の中に入った人は、最後まできれいな顔をしている。
だから、多くの人が、
「死ぬ=眠るような状態になる」
というイメージを持っているのかもしれない。
もちろん、そういう最期を迎える人もいる。
でも、そうならない場合もある。
そして、そうならなかったとき、残された家族は、それまで準備してきた「死」を、もう一度やり直さなければならないことがある。
これは、かなり酷なことだ。
通常なら、遺体を棺に納めても、顔だけは見えるようにする。
最後のお別れだからである。
顔を見て、
「さようなら」
と言う。
「ありがとう」
と言う。
「またね」
と言う。
人によって言葉は違うが、最後に顔を見ることには意味がある。
しかし、この現場では、私は顔も身体も見えないように棺に納めることを提案した。
理由は単純だった。
「この状態を、これ以上、人前にさらさないほうがいい」
と思ったからである。
これは、遺体に対して失礼な表現かもしれない。
「醜くなったから隠す」
と聞けば、冷たい話にも聞こえる。
でも、私が考えていたのは、むしろ逆だった。
この姿を、娘さん本人が望むだろうか。
もし生きていた娘さんが、鏡を見て、
「私、こんな姿になってしまったのね」
と知ったら、どう思うだろう。
たぶん、見られたくないのではないか。
少なくとも、私はそう思った。
女性の気持ちは分からない。
分からないが、女性が美容院で髪型を少し変えただけでも、
「どう? 変じゃない?」
と確認することがあるのは知っている。
いや、これは私の偏見かもしれない。
「お前は美容院の話と死体を一緒にするな」
と怒られそうだ。
その通りである。
でも、きれいでいたい、少しでも自分らしくいたい、人前に出るならそれなりの姿でいたい。
そういう気持ちは、年齢に関係なく、人間の中にあるのではないかと思う。
だから私は、
「この姿を見せないことも、一つの弔い方なのではないか」
と考えた。
お母さんにも説明した。
そして、お母さんも同意してくれた。
棺に納める作業が終わった。
さっきまで写真の中で笑っていた娘さんが、今は棺の中にいる。
けれど、もう身体の状態をお母さんに見せる必要はない。
少なくとも、これ以上、娘さんの姿が記憶に焼きつかないようにはできた。
それが正解だったのかどうかは、今でも分からない。
死者にとって何が正解なのかなんて、誰にも分からない。
本人に聞けないからである。
「どうですか?」
と聞いて、
「それでいいよ」
と返事をしてくれれば一番簡単なのだが、そうはいかない。
だから、残された人間が考えるしかない。
「この人だったら、どうしてほしいだろう」
と。
結局、葬送というものは、そういう想像の積み重ねなのかもしれない。
最後に、私はお母さんに一言だけ伝えた。
大したことは言えなかった。
気の利いた言葉も浮かばなかった。
「お悔やみ申し上げます」
だけでは、あまりにも形式的に感じた。
かといって、人生について語るほど私は立派な人間でもない。
そこで、私なりに思ったことを伝えた。
「身体はあのようになってしまったけれど、娘さんの魂は、生前と同じようにきれいなままだと思いますよ」
今振り返ると、少しきれいごとだったかもしれない。
もしかしたら、偽善的だったかもしれない。
「魂」というものを、私が見たことがあるわけでもない。
まして、死後の世界について、私に何か確かな知識があるわけでもない。
それでも、そのときは、それしか言葉がなかった。
そして、お母さんは黙って聞いてくれた。
何かを納得したのか。
少し慰められたのか。
それとも、そんな言葉など耳に入らなかったのか。
今となっては分からない。
ただ、私が帰るとき、お母さんは娘さんの棺のそばにいた。
あれから二十五年。
この文章を書いた当時の私は、今より若かった。
当然だが、仕事についても、人生についても、今ほど分かっていなかった。
いや、今だって分かっているとは言えない。
人間というものは、歳を取れば何でも分かるようになると思っていたが、どうやらそういう仕組みにはなっていないらしい。
分かることが増える代わりに、
「分からないことが、こんなに多かったのか」
ということが分かってくる。
それだけは、かなりよく分かった。
二十五年前の私は、「女心」というタイトルを付けた。
今でも、このタイトルが適切だったのかは分からない。
女性だからきれいでいたいのか。
男性だって、できれば格好よく死にたいと思うかもしれない。
「死んだ後まで髪型を気にするなんて」
と言われれば、それもそうだ。
死んでしまえば、本人にはもう鏡を見る必要はない。
でも、残された人間にとっては違う。
最後に見た姿は、いつまでも記憶に残る。
だから、最後の姿をどうするかということは、死者のためであると同時に、生きている人のためでもあるのだと思う。
そして私は、あのとき、お母さんが見せてくれた写真を今でも覚えている。
写真の中の娘さんは、元気で、可愛らしく、普通に笑っていた。
病気になる前の娘さん。
死ぬ前の娘さん。
そして、お母さんの記憶の中にいる娘さん。
たぶん、そちらが本当の娘さんなのだ。
いや、「本当の」という言い方も変かもしれない。
目の前にあった遺体も、間違いなく娘さんの身体だった。
でも、人間は身体だけではない。
少なくとも、残された人間の中では、そうなのだろう。
母親の中にいる娘。
家族の記憶の中にいる娘。
友人の思い出の中にいる娘。
笑った顔。
怒った顔。
泣いた顔。
くだらないことで笑った時間。
病気になる前の日常。
そういうものが全部集まって、一人の人間になる。
だから、最後の身体がどれほど変わってしまったとしても、それだけで、その人の人生まで変わってしまうわけではない。
身体は変わる。
最後には、必ず変わる。
それは避けられない。
でも、思い出まで腐敗するわけではない。
写真の中の笑顔まで変わるわけではない。
私は今でも、女性の遺体の着せ替えをするときには、少し慎重になる。
もちろん仕事だから、必要ならやる。
やらなければならないときは、やる。
そこに感傷を持ち込みすぎても仕事にならない。
ただ、
「この人にも、きれいにしていたいという気持ちはあったかもしれないな」
くらいのことは考える。
それを「女心」と呼ぶのが正しいのかどうかは分からない。
ひょっとしたら、ただの男の勝手な想像なのかもしれない。
それでも私は、あの二十代の女性についてだけは、今でもこう思う。
最後に残った身体の姿よりも、あの写真の中で笑っていた姿のほうを覚えていてほしい。
お母さんにも。
家族にも。
そして、もし私の記憶の中に彼女が残っているのだとしたら、私自身もそうしておきたい。
二十五年前の私は、最後にこう言った。
「身体はあのようになっても、娘さんの魂は生前と同じように綺麗なままだと思いますよ」
今なら、もう少しだけ違う言い方をするかもしれない。
魂のことなど、私には分からない。
でも、これだけは言える。
娘さんが生きていたときの姿は、誰にも壊せない。
一晩で身体が変わってしまっても、
写真の中の笑顔は変わらない。
お母さんの記憶の中にいる娘さんも変わらない。
そして、二十五年経っても、私が覚えている娘さんは、あの日の棺の中の姿ではなく、写真の中で笑っていた、あの可愛らしい女性である。
それでいいのだと思う。
たぶん、それが「女心」なのかもしれない。
……いや。
もしかすると、これは女心ではなく、単なる人心なのかもしれない。
男の私には、そのくらいのことしか分からない。





