特殊清掃「冷暗室」を更新いたしました。
冷暗室
「霊安室」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
言うまでもなく、亡くなった人を一時的に安置しておく部屋である。
霊安室という名前の部屋がある施設といえば、まず思い浮かぶのは病院だろう。火葬場にもある。葬儀専用の式場にもある。
そして、これは私の勝手なイメージなのだが、「霊安室」という言葉には、どうしても少しばかり不穏な響きがある。
「会議室」と言えば、人が集まって話をする場所。
「休憩室」と言えば、コーヒーでも飲んで一息つく場所。
「霊安室」と言えば……まあ、言葉を聞いただけで、だいたい何をする部屋なのか分かる。
しかも、「霊」という字が入っている。
「遺体安置室」でも意味は通じるのに、わざわざ「霊安室」と呼ぶところに、日本人独特の「直接的に言わない」文化を感じる。
死体を置く部屋です。
……とは、やっぱり言いにくい。
だから「霊安室」。
名前だけなら、少し神秘的ですらある。
しかし、実際の霊安室は、名前から想像するほど神秘的でも荘厳でもない。
部屋の造りは施設によって実にバラバラだ。
ホテルのラウンジのように妙に立派なところもあれば、倉庫の片隅に申し訳程度に設けられているようなところもある。
遺体を保管するための大型保冷庫が設置されているところもあれば、ただのテーブルをベッド代わりにしているようなところもある。
要するに、
「死んだ人を置いておく場所」
という目的さえ果たせば、それでいいらしい。
考えてみれば当然なのかもしれない。
生きている人間が快適に過ごす場所には、いろいろとお金がかかる。
明るい照明、空調、椅子、テーブル、テレビ、観葉植物……。
しかし、霊安室を利用する人は基本的にそこへ「生活しに行く」わけではない。
だから、施設の優先順位としてはどうしても低くなる。
そんな霊安室で、私は仕事をしていた。
私の仕事は、亡くなった方に死後処置を施し、ご自宅や葬儀先まで送り届けること。
今から25年ほど前の話になる。
当時はまだブログなどというものも今ほど一般的ではなく、私は自分の仕事で見たこと、感じたことを、かなり好き勝手に書いていた。
今読み返してみると、
「若かったなあ」
と思う。
文章もそうだが、何よりも、よくこんなことを平気で書いていたものだと思う。
とはいえ、今回もあえて飾らずに書いてみたい。
なぜなら、死体を扱う仕事というものは、きれいな言葉だけでは説明できないからだ。
これは、とある老人病院の霊安室での話。
「老人病院」と呼ばれるだけあって、入院患者のほとんどは高齢者だった。
当然ながら、亡くなる人も少なくない。
死人が出ない月のほうが珍しいのではないかと思うほどだった。
俗に、
「この病院に入ったら、生きては出られない」
などと冗談半分、いや、半分どころかかなりブラックな冗談として言われるような病院がある。
もちろん、病院に入ったから死ぬわけではない。
病院なのだから、重い病気を抱えた高齢者が集まるのは当然で、亡くなる人が多いのも当然だ。
頭では分かっている。
しかし、毎日のように死を扱っている側からすると、「当然」という言葉だけでは片付けられない何かがある。
ある日、その病院から遺体搬出の依頼が入った。
病院の職員から、
「故人は霊安室の保冷庫の中です。霊安室には何人かいますけど、行って見れば分かりますから」
と言われた。
……何人かいます。
今考えると、かなりざっくりした説明である。
「右から二番目ですよ」とか、
「名前は○○さんです」とか、
そういう説明ではない。
「何人かいますけど、行けば分かります」
である。
病院の職員も忙しい。
ナースステーションでは次から次へと仕事があるだろう。
「遺体を搬出する業者に付き添って霊安室まで行き、故人を確認する」
という仕事に時間を使わせるのも申し訳ない。
そこで私は一人で霊安室へ向かった。
霊安室には遺体用の大型保冷庫が設置されていた。
イメージしやすく言えば、家庭用の大型冷蔵庫を、そのまま横にして巨大化させたようなもの。
横長の長方形をした大きな冷蔵庫だと思ってもらえばいい。
一般的には、一人につき一つの空間に遺体を納める構造になっている。
私は指定された故人を探すため、その保冷庫の扉を開けた。
そして、固まった。
「……え?」
一人用のスペースに、複数の遺体が折り重なるように納まっていた。
一人分のカプセルホテルに、5人くらいが無理やり入って寝ているような状態。
もちろん、ホテルと違って「寝返りを打つ」ところではない。
死体のミニ山。
そんな表現が一番近かった。
「うわぁ……」
思わず声が出た。
「ヒドイことするもんだなぁ……」
すべての遺体には浴衣が着せられていた。
そして判別しやすいように、襟元には大きな字で姓名が書かれている。
なるほど。
つまり、
「この中から名前を見て、目的の人を探してください」
ということらしい。
私は心の中で、
「そういうシステムですか……」
と、少し不満に思った。
もちろん、保冷庫の数以上に死亡者が出れば、こうなることもあるのだろう。
病院側も好き好んで遺体を積み重ねているわけではない。
保冷庫が足りなければ、現実的にはどうにかして対応するしかない。
理屈では分かる。
分かるのだが。
もし、自分の家族が亡くなって、そのあと遺族としてこの光景を見せられたら……。
「まあ、仕方ないですよね」
と笑って済ませられる人は、そう多くないだろう。
「もう少し何とかならないのか」
と思うのが普通ではないだろうか。
ドライアイスを使うとか、別の方法を考えるとか。
もっとも、当時の私には病院側の事情など知る由もない。
今なら、
「保冷庫の容量を超える死亡者が出た場合の運用」
という、いかにも病院らしい事情がいくつもあったのだろうと思う。
しかし現場にいる人間からすれば、そんな事情より先に目の前の光景がある。
「死んだ人を何人も重ねて置く」
という事実だけが、やけに生々しい。
そして、その中から自分が担当する故人を探さなければならない。
これが結構大変だった。
老人とはいえ、人間一人分の大きさと重さがある。
それが狭いスペースに何人も折り重なっている。
一人を動かせば、その下の人が動く。
その下の人を動かせば、さらに別の人が動く。
パズルなら、
「これは難問だ」
と言って放り出したくなるところだ。
しかし、これはパズルと違って、全部「人」である。
私は故人を探しながら、
「○○さぁ~ん、どこですかぁ?」
と独り言を言っていた。
これは昔からの私の癖である。
誰かが聞いていたら、かなり変な光景だっただろう。
霊安室で、一人で死体に向かって、
「○○さ~ん」
と呼びかけている。
しかも、返事はない。
当たり前である。
返事をされたら、それはそれで大問題だ。
ようやく目当ての故人を見つけた。
しかし、見つければ終わりではない。
そこから取り出さなければならない。
「ごめんなさいね。ちょっとどいててくださいね」
などと、他の故人に話しかけながら、
「ヨイショ!」
「ヨイショ!」
と作業する。
生きている人間を相手にしていたら、
「何をしているんだ、この人は」
と思われるところだが、相手は何も言わない。
それがまた妙に寂しい。
死体を扱う仕事をしていると、こういう妙な感覚に慣れてしまう。
最初のうちは、
「死体を扱う」
ということ自体に神経を使う。
ところが、仕事として何度も繰り返していると、次第に作業として処理できるようになる。
「重い」
「狭い」
「動かしにくい」
「この体勢では持ち上げられない」
そういう、極めて現実的な問題に意識が向く。
死という、とてつもなく大きな出来事が、作業現場では、
「どうやってこの人を運ぶか」
という問題に変わっていく。
それが良いことなのか悪いことなのかは、今でもよく分からない。
ただ、人間というのは、そうやって現実に適応していく生き物なのだろう。
また別の日、別の病院でのこと。
この病院では、霊安室を経由せず、病室まで直接故人を迎えに行った。
これも珍しいことではない。
私はストレッチャーを押して病院内を歩く。
ストレッチャーを押している人間を見れば、
「何か普通ではない仕事をしている」
ということは誰にでも分かる。
病院には、患者さんも家族も職員も大勢いる。
そんな中を、空のストレッチャーを押して歩いていると、自然と視線が集まる。
そして、ある日、一階から患者さんと同じエレベーターに乗った。
私は何も言っていない。
ところが、その患者さんは私を見るなり、私が押しているストレッチャーを見て、
私が行く階のボタンを押してくれた。
そして、
「○階に行くんでしょ」
と言った。
私は、
「え?」
となった。
霊安室のある階なら分かる。
しかし、私が向かっていたのは一般病棟の一般病室だった。
「この人、超能力でもあるのか?」
本気でそう思った。
すると、その患者さんは追い打ちをかけるように、
「今日で○日連続なんですよぉ。○階で死人が出るのはぁ」
と言った。
そして、自分の病室がある階で降りていった。
……余計な最新ニュースを聞いてしまった。
私はしばらくエレベーターの中で固まっていた。
「嫌なこと聞いちゃったなぁ……」
と思った。
別に私のせいではない。
その階で何日連続して人が亡くなろうが、私にはどうすることもできない。
それでも、その情報を知ってしまったことで、これから向かう階が妙に気味悪く感じられる。
人間の心理とは不思議なものだ。
知らなければ、ただの「○階」である。
知ってしまった瞬間、
「死人が続けて出る○階」
になる。
同じ廊下なのに、意味が変わってしまう。
目的階に着く。
扉が開く。
私はストレッチャーを押して廊下へ出た。
気のせいだと思う。
本当に気のせいだと思うのだが。
患者さんたちの視線が、いつもより鋭く感じる。
「また来た」
「また誰か死んだのか」
そんな目で見られているような気がする。
私は誰とも目が合わないように、わざとうつむいて歩いた。
もちろん、患者さんたちは私のことなど大して気にしていなかったのかもしれない。
人間というものは、自分が思っているほど他人を見ていない。
それでも、あのときの私は妙に居心地が悪かった。
目的の病室へ入る。
そこには亡くなった患者さんがいる。
家族がいる。
看護師もいる。
病室の空気が、普段とは違う。
私は仕事をする。
ストレッチャーへ移す。
必要な処置をする。
そして、搬出する。
看護師も、なんとなく神経質になっているように見えた。
「早く終わらせてください」
「早く出ていってください」
と、言葉には出さないものの、そんな雰囲気を感じる。
遺族も、早くここから出て行かなければならないような、妙な圧迫感を感じていたのかもしれない。
もちろん、誰も悪くない。
看護師は看護師で仕事がある。
病院は病院で日常業務を続けなければならない。
遺族は遺族で、突然家族を亡くした。
私だって仕事をしなければならない。
死という大きな出来事が起きた直後なのに、病院という場所では時間が止まらない。
ナースコールは鳴る。
点滴は交換される。
別の患者さんには食事が運ばれる。
廊下では誰かが歩いている。
エレベーターが来る。
そして、その中を私はストレッチャーを押して通る。
死んだ人が一人出ても、病院そのものは止まらない。
これは、ある意味では当然のことなのだろう。
しかし、25年前の私は、その「当然」に少し違和感を覚えていた。
死体を扱う仕事をしていると、人間の「表」と「裏」を見る機会が増える。
表では、
「大切な患者さんです」
「ご家族のために」
「心を込めて」
など、きれいな言葉が並ぶ。
もちろん、それらが全部嘘だとは思わない。
医師も看護師も葬儀関係者も、みんなそれぞれの立場で真面目に仕事をしている。
ただ、どんな仕事にも「現実」がある。
死体はきれいな言葉だけでは運べない。
重いものは重い。
狭い場所に何人も入れば、取り出すのは大変。
保冷庫が足りなければ、どこかに置かなければならない。
そして病院には、亡くなった人だけでなく、今まさに生きている人がたくさんいる。
その人たちの治療も続けなければならない。
だから、死は病院の中でも「業務」の一部になっていく。
それを冷たいと言ってしまえば簡単だ。
しかし、そうしなければ病院は回らない。
だから私は、病院で働く人たちを一方的に責める気にはなれない。
むしろ、25年前の自分が見ていたのは、病院という巨大なシステムの、ごく小さな一部分だったのだと思う。
当時の私は、
「なんてひどいんだ」
と思った。
今なら、
「そうならざるを得ない事情も、きっといろいろあったのだろう」
と思う。
ただし、それで当時感じた違和感が消えるわけでもない。
人間は、表側だけを見ているうちは、世の中をかなりきれいに見ることができる。
ところが、一度裏側を見てしまうと、
「なるほど、こうなっていたのか」
と、少しだけ世界の見え方が変わる。
レストランの厨房を見てしまったら、料理ができるまでの苦労が気になる。
工場を見れば、商品が棚に並ぶまでの工程が気になる。
そして病院の霊安室を見れば、
「人が亡くなったあと、どうなるのか」
という、それまで考えなかったことまで見えてしまう。
死体業の実態が面白い、と言ってしまえば不謹慎かもしれない。
実際、面白い話ばかりではない。
笑ってはいけない場面も多い。
それでも、現場には妙におかしなことが起こる。
死という、とても重い出来事を扱っているのに、そこで働く人間は結局、生きている人間である。
お腹も減る。
眠くもなる。
腰も痛くなる。
「ヨイショ」と声も出る。
死体に向かって、
「ちょっとどいてくださいね」
などと話しかけることもある。
そんな自分を後から思い出すと、
「俺はいったい何をしていたんだ?」
と笑ってしまう。
死というものは、本来なら荘厳で、悲しく、厳粛なものなのかもしれない。
でも、その周辺で動いているのは、結局、生身の人間なのだ。
だから、妙なことも起きる。
ブラックな冗談も出る。
そして、時には笑ってしまうような場面もある。
それが「死を軽く扱う」ということとは、私は少し違うと思っている。
むしろ、あまりにも重いものを扱い続けるために、人間の側が少し笑わないと持たないことがある。
25年前にこの文章を書いた自分は、たぶん「病院の裏側」を見たつもりになっていた。
けれど、今考えてみれば、見たのはほんの一部分だ。
病院には病院の事情があり、葬儀社には葬儀社の事情があり、遺族には遺族の事情がある。
誰かが悪いから裏側が生まれるのではない。
人が大勢集まり、仕事が複雑になれば、必ず表からは見えない部分ができる。
そして、そこには往々にして、人に見せたくないものが集まる。
汚いもの。
面倒なもの。
臭うもの。
怖いもの。
そして、死。
社会というものは、そういうものをできるだけ人目につかないところへ押し込んで成り立っているのかもしれない。
ゴミはゴミ収集車が持っていく。
汚水は下水へ流れる。
工場の廃棄物は処理される。
そして、亡くなった人は霊安室へ運ばれる。
どれも、私たちが普段生活している表側からは見えにくい。
見えないからこそ、私たちは安心して暮らせる。
だから「裏側を知らないほうが幸せ」というのも、あながち間違いではない。
全部知ってしまったら、何を食べても、
「この料理も誰かが裏で……」
などと考えてしまう。
病院へ行っても、
「この先に霊安室が……」
などと考えてしまう。
ホテルに泊まっても、
「この建物の裏側では……」
などと考え始めたら、キリがない。
知らないことで保たれている平穏もある。
だから私は、今でも「裏側を全部知る必要はない」と思っている。
ただし、自分がたまたま見てしまった裏側については、忘れないでおきたい。
そこには、表側だけでは分からない現実があるからだ。
そして、そこで働いているのも、結局は人間である。
完璧でもない。
聖人でもない。
時には手を抜くこともあるし、愚痴も言う。
失敗もする。
それでも、その人たちがいなければ、社会は回らない。
25年前の私は、そんなことまで考えていなかった。
ただ、
「保冷庫に5人も入っている」
ことに驚き、
「○日連続で死人が出ている階」
という情報を聞いて嫌な気分になり、
「病院の裏側って、いろいろあるんだな」
と思った。
それだけだった。
でも、25年経って振り返ってみると、あの霊安室は単なる「死体を置く部屋」ではなかったように思う。
そこは、人間が死んだ後に、社会がその人をどう扱うのかが、ほんの少しだけ見える場所だった。
表側では、人は「患者」であり、「家族」であり、「お客様」であり、「故人」と呼ばれる。
裏側へ行くと、それが一人の「遺体」になる。
そして、その遺体を誰かが運び、誰かが処置し、誰かが棺に納め、誰かが火葬場へ運ぶ。
その一連の作業を、誰かがやらなければならない。
そして、その「誰か」は、たいてい人目につかないところにいる。
霊安室の入口も、たいてい病院の表玄関ではない。
明るく賑やかな場所から少し離れた、冷たく暗い裏側にある。
それでいいのだと思う。
少なくとも、25年前の私はそう思った。
できれば知らずに済ませたい。
できれば見ないで済ませたい。
でも、誰かがそこを担当しなければならない。
そして、そこにもまた、普通の人間の日常がある。
「○○さ~ん、どこですかぁ?」
「ちょっとどいてくださいね」
「ヨイショ!」
……そんな、なんとも締まらない日常が。
霊安室という冷たく暗い場所にも、確かに存在していた。
そして25年経った今、昔の自分の文章を読み返して思う。
人間というのは、死んだ後まで、なかなか大変である。
そして、生きているうちも、それなりに大変だ。
だからせめて、生きている間くらいは、表も裏も含めて、少しくらい笑って過ごしたい。
死んだ後には、もう「ヨイショ!」と言われながら運ばれるしかないのだから。





