特殊清掃「親」を更新いたしました。
親
人は、必ず誰かの子である。
どんなに偉そうにしている人でも、どんなに一人前の顔をしている人でも、どこかの誰かから生まれてきた「子供」だった時代がある。
これは当たり前の話なのだが、普段の生活では、そんなことをいちいち意識することはない。
ところが、私の仕事をしていると、時々、その「親と子」という関係を嫌というほど見せつけられることがある。
今回も、そんな現場だった。
また、とある腐乱現場。
亡くなったのは、独居の中年男性。死後、かなりの時間が経過していたようだった。
遺体はすでに警察が搬送した後だったので、現場に残されていたのは、遺体そのものではない。
腐乱の痕跡。
強烈な異臭。
汚染された床。
そして、それらを「ここにあったもの」として黙々と処理していく私。
もちろん今回も、私とは旧来の喧嘩友達であるハエ君と、その親戚筋と思われるウジちゃん達が大勢お越しくださっていた。
「おう、また会ったな」
「今回はずいぶん大所帯だな」
などと、こちらとしては挨拶したくもない相手なのだが、向こうは向こうで、私のことなど全く気にしていない。
彼らにしてみれば、私の方が「後から来た邪魔者」なのかもしれない。
そんなことを考えながら作業を始めた。
遺族は4人。
故人の両親と、故人の姉妹らしき中年女性が2人だった。
見積もりの時も、作業当日も、4人全員が現場に来た。
両親は、もうかなりのご高齢。
見た目にも完全に「おじいさん、おばあさん」という感じである。
一方、姉妹たちはというと、見積もりの時も作業の時も、玄関から中へ入ろうとはしない。
ハンカチで鼻と口を押さえ、いかにも「私はここに居たくありません」という顔をして、少し離れたところから私の作業を眺めている。
いや、眺めているというより、
「なんで私までこんなところに……」
と、全身で訴えている感じだった。
その表情を見ていると、こちらまで妙に気まずくなる。
こっちだって好き好んで腐乱現場にいるわけではない。
仕事だから来ているのである。
だから、
「そんなに居たくないなら、別に立ち会わなくてもいいんだけどなぁ……」
と思ってしまった。
しかし、家族の会話を聞いているうちに、どうやら姉妹たちは自発的に来たわけではないらしいことが分かってきた。
どうも父親が、半ば強制的に連れてきたようだった。
父親の雰囲気から察するに、
「兄弟の死の実態を、身内としてちゃんと見ておけ!」
「現実から逃げるな!」
「後始末は我が家の責任なんだ!」
と言っているような感じである。
まさに昔ながらのガンコ親父。
娘たちからすれば、
「いやいや、見なくても分かるでしょう……」
という話なのかもしれない。
それでも父親は、娘たちを連れてきた。
私は作業をしながら、なんとなくその様子を見ていた。
そして、少し意外だったのが、その両親だった。
二人とも、私の作業の邪魔にならないように部屋の中に入り、ずっと作業を見ている。
もちろん、部屋の中は臭い。
ホコリっぽい。
衛生的にもよろしくない。
高齢のお二人には、あまり長時間いてほしくない環境である。
そこで、
「外で待っていても大丈夫ですよ」
と声を掛けた。
すると、
「大丈夫ですから」
と。
そして、出て行こうとしない。
私は、
「何か貴重品でも出てくるかもしれないから、確認しておきたいのかな?」
などと、相変わらず浅はかなことを考えながら作業を続けた。
ところが、しばらくすると父親が目を閉じ、合掌し始めた。
そして、何やら経文のようなものを唱え始めた。
私は、
「ああ……亡くなった息子さんの冥福を祈っているんだな」
と思った。
ところが、どうも様子がおかしい。
私が部屋のあちこちを移動すると、父親も顔の向きを変える。
私がこちらへ移動すれば、父親もこちらを向く。
あちらへ行けば、あちらを向く。
そして、合掌したまま読経を続けている。
ん?
私はだんだん気になってきた。
「……もしかして、私を拝んでる?」
そう。
どうやら、父親は故人ではなく、私に向かって拝んでいたのである。
いやいやいや。
待ってください。
私は仏様ではありません。
しかも、床を拭いたり、汚染物を片付けたり、ハエ君とウジちゃん達と格闘している、ただの作業員です。
そんな私を拝まれても困る。
どうしていいのか分からない。
しばらくして読経が終わると、父親が私に話しかけてきた。
「この作業に、こんな若い人が来るとは思っていなかった」
そして、
「貴方が何故この仕事をしているかは分からないが、社会から嫌な思いを受けることも少なくないでしょう」
と言った。
そして、傍にいた奥さんに、私を指して、
「死んで極楽に行けるのは、この人のような人間なんだよ」
と。
私は心の中で、
「いやいや、ちょっと待ってください」
となった。
すると奥さんが、
「……そんなこと言ったら失礼よ!」
とたしなめた。
そして私に、
「縁起でもないことを言って、すみません……」
と謝ってくれた。
いや、そこじゃない。
私が戸惑っているのは、そこじゃない。
なんで私は、仕事中に極楽行きの話をされているんだ。
まだまだ現役で生きるつもりなんだけど。
しかも、その後も父親は私への労いと感謝の言葉を続けた。
「こういう仕事をしてくれる人がいるから、家族は後始末ができる」
「本当にありがたい」
そんな話の中には、
「親として、もっと何かしてやれなかったのではないか」
という自責のような言葉も混じっていた。
それは、決して芝居がかったものではなかった。
きれいな言葉を並べているわけでもない。
むしろ、かなり不器用で、ストレートな言葉だった。
だからこそ、余計に伝わってきた。
この人は、自分の息子がこんな状態になってしまったことを、ただ悲しんでいるだけではない。
その死によって、周囲に迷惑を掛けてしまったことまで、自分のこととして受け止めている。
だから、悪臭の漂う部屋から逃げない。
高齢の身で、私の作業をずっと見ている。
そして、自分ができることをしようとしている。
「親として、最後まで責任を取る」
そんな気持ちだったのだろう。
それを見ていると、こちらの方が頭が下がった。
もちろん、子供の死に対して親が責任を負わなければならない、という単純な話ではない。
大人になった子供の人生まで、親がすべて背負えるわけでもない。
人間は、それぞれ自分の人生を生きている。
まして独居の中年男性ともなれば、親だからといって何もかも分かるわけではない。
それでも、
「自分の子供の最後に、自分のできることをしよう」
という親心は、痛いほど伝わってきた。
その一方で、玄関の外には娘さんたち。
相変わらずハンカチで鼻と口を覆い、仏頂面。
そのギャップが、なんとも……。
私は思わず、
「お父さん、娘さんたちにはちょっと酷じゃないですか(笑)」
と言いたくなった。
でも、口には出さなかった。
たぶん娘さんたちにも、娘さんたちなりの気持ちがある。
怖いものは怖い。
臭いものは臭い。
見たくないものは見たくない。
それもまた、正直な人間の感情だ。
人間、誰だって立派な人間でいられるわけではない。
私だってそうだ。
仕事だから淡々とやっているように見えて、心の中では、
「今日も臭いなぁ……」
「早く終わらないかなぁ……」
「ハエ、どっか行けよ!」
などと、かなり俗っぽいことを考えている。
時には、
「俺はいったい何をしているんだろう」
と思うことだってある。
だから、父親からあれほど立派に評価されると、正直、困ってしまう。
私はそんな聖人君子ではない。
ただの仕事人だ。
割り切るところは割り切る。
時にはふざけた邪心も持つ。
作業が終わったら腹も減る。
帰ったら飯も食う。
そんな普通の人間である。
それなのに、
「死んで極楽に行けるのは、この人のような人間だ」
なんて言われたら、そりゃあ恐縮する。
「いやいや、私、そこまでの人間じゃありませんから」
と言いたくなる。
しかし、その言葉は、妙に心に沁みた。
一般には、できれば関わりたくないと思われる仕事。
人の死の痕跡を片付ける仕事。
臭い。
汚い。
気味が悪い。
そして、時には遺族からも、こちらが悪いことをしているような目で見られることがある。
そんな仕事をしている私に、
「ありがとう」
と言ってくれる人がいる。
それだけでも十分なのだ。
まして、その人が、あれほど深々と頭を下げるような気持ちで言ってくれる。
それは、効いた。
本当に効いた。
惨めな気持ちになりやすい仕事だからこそ、こういう言葉は強力なカンフル剤になる。
そして私は、父親の言葉を聞きながら、涙が出てきた。
もちろん、そんな姿を見られるのは恥ずかしい。
作業中に泣いている作業員なんて、どう考えても格好がつかない。
床の腐敗液を拭きながら、下を向いていた。
すると、
「どうしました? 大丈夫ですか?」
と、お母さんが声を掛けてくれた。
私は、
「ちょっと薬剤が目に染みちゃいまして……」
と答えた。
薬剤のせいではない。
完全に、お父さんのせいである。
いや、正確には、お父さんの「親心」のせいである。
泣いていることを悟られたくなくて、そんなくだらない言い訳をした。
こういうところは、我ながら実に情けない。
でも、まあ、それでいいのだと思う。
立派なことを言われたからといって、急に立派な人間になるわけではない。
泣いたからといって、聖人になるわけでもない。
私は私。
明日になれば、またハエ君やウジちゃん達と喧嘩しながら仕事をする。
それでいい。
「自分のケツを他人に拭かせるような親」
などという言葉を使いたくなるような場面を、昨今は時々見かける。
しかし、今回のように、
「最後くらいは、親としてできることをする」
という人にも出会う。
それを知ることができたのは、私にとってもありがたいことだった。
そして同時に、
「ああ、まだまだ捨てたもんじゃないな」
と、少しホッとした。
もちろん、今回のことだけを見て、
「だから親はこうあるべきだ」
なんて偉そうなことを言うつもりはない。
親子関係なんて、それぞれ違う。
仲の良い親子もいれば、疎遠な親子もいる。
事情を抱えている家族もいる。
外から見ただけでは分からないことも、たくさんある。
だから、他人の親子関係を簡単に評価することなんてできない。
ただ、このお父さんの姿を見て、
「親って、やっぱり親なんだな」
と思った。
子供が何歳になろうが、親にとって子供は子供。
そして、どんなに年老いても、親がいる人間にとっては、その人は「親」である。
子供の方も、いい歳をしたオッサンになっても、親から見れば、もしかしたらいつまでも子供なのかもしれない。
今回亡くなった男性も、生前は中年の立派な大人だった。
でも、そのお父さんからすれば、最後まで「息子」だった。
その息子の最後の後始末を、自分の責任として引き受けた。
そこには、親としての意地もあったのだろう。
後悔もあったのだろう。
自責の念もあったのだろう。
そして何より、
「息子だから」
という、理屈では説明できない何かがあったのだと思う。
人間は、死んだら何もかも終わりなのかもしれない。
けれど、残された人間の中には、その人との関係が残り続ける。
親なら、子供が亡くなっても「親」であり続ける。
子なら、親が亡くなっても「子」であり続ける。
そう考えると、「家族」というものは、案外しぶとい。
良くも悪くも、なかなか縁が切れない(笑)。
今回の現場で、私は一人の親の姿を見せてもらった。
そして、仕事をしていただけの私にまで、合掌してくれた。
正直、あんなことをされるほど立派な人間ではない。
だから、あのお父さんの期待に応えられるような人間になろう、などと大それたことも言えない。
ただ、あの日いただいた言葉だけは、しばらく忘れないと思う。
人から感謝されることなど、そう多くはない仕事だ。
だからこそ、たまに誰かから、
「ありがとう」
と言ってもらえると、もう少し続けてみようかと思える。
単純なものである。
結局、人間なんてそんなものなのかもしれない。
褒められれば嬉しい。
感謝されれば救われる。
臭い現場で泣いたって、最後には腹も減る。
そして帰れば、普通に飯を食う。
そんな普通の人間である私が、今回ひとつだけ強く感じたこと。
いくつになっても、親は親。
子は子。
親がいる人は、親が元気なうちに、たまには顔を見せてあげればいい。
子供がいる人は、子供が何歳になっても、たまにはくだらない話でもしてやればいい。
「親孝行しろ」
なんて偉そうなことは言わない。
私自身、そんなに立派なことをしてきたわけではないからだ。
ただ、
「もう少し話しておけばよかった」
「もう少し優しくしておけばよかった」
と後から思うより、
「まあ、あの時はくだらない話をしたな」
と笑える方がいい。
親子なんて、たぶんそれくらいでいいのだと思う。
そして、いつかどちらかが先にいなくなった時、
「まあ、いろいろあったけど、親子だったな」
と思えれば、それで十分なのかもしれない。
……などと、柄にもなく親子愛について考えながら、私は今日も床を拭く。
横ではハエ君が飛んでいる。
ウジちゃんもいる。
「お前ら、また来たのかよ」
と文句を言いながら、私は作業を続ける。
人は、必ず誰かの子である。
そして、誰かの親でもある。
その当たり前のことを、腐乱現場で改めて教えられた。
なんとも皮肉な話である。
でも、こういう仕事をしているからこそ見える人間もいる。
今回のご両親には、私の方こそ、
「ありがとうございました」
と伝えたい。
そして最後に一つだけ。
親のある人は、親がいるうちに。
子を持つ人は、子が元気なうちに。
たまには、ちゃんと顔を見ておこう。
照れくさければ、くだらない話でいい。
「飯食ったか?」
「元気か?」
その程度でいい。
親子なんて、案外そういう小さなことで十分なのかもしれない。





