ヒューマンケアの事例紹介Example
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特殊清掃 遺品整理 消毒・消臭
古い木造アパートにおける孤独死事例76 【千葉県市川市 】
築60年以上を経過した木造アパートにおいて、生活保護を受給していた70代男性が居住していた。
推定死亡後約一週間が経過した状態で発見された孤独死であった。
当該物件では、数年前に隣室で孤独死が発生しており、その際にも室内整理および原状回復作業が行われている。
今回は、その隣接する部屋で再び同様の事案が発生した形となる。
構造は老朽化した木造アパートであり、床材は畳敷き、下地には合板および木製の根太が使用されていた。
故人の発見時点で、室内には腐敗が進行した形跡が認められ、体液および脂分が畳表面を越えて床下地まで浸透していた。
畳には広範囲に変色および臭気の付着が確認され、通常の清掃や表面処理では対応が困難な状態であった。
また、長期間締め切られていた影響により、室内全体に強い臭気が滞留していた。
依頼者は当該アパートの大家であり、今後当該室を第三者へ賃貸する予定はなく、管理上の最低限の対応を希望されていた。
具体的には、生活用品等の残置物処理および汚染物の撤去を主目的とし、消臭・消毒については簡易的な対応で構わないため、可能な限り費用を抑えたいとの要望であった。
現地確認の結果を踏まえ、作業内容は以下の範囲に限定して実施することとした。
まず、室内に残されていた家具、寝具、衣類、生活雑貨等については、汚染状況を確認したうえで分別し、再利用不可能な物品は廃棄処分とした。
汚染が軽微な物品についても、依頼者の意向により保管や再利用は行わず、全て処分とした。
次に、床面については、畳をすべて撤去し、体液および脂分の浸透が確認された下地材についても部分的に解体・撤去を行った。
構造材そのものに深刻な腐食は認められなかったため、必要最小限の範囲での撤去とし、建物全体への影響を抑える対応とした。
消臭・消毒作業については、依頼者の要望に基づき、専門的な長期消臭処理やオゾン燻蒸等は行わず、簡易的な薬剤散布および拭き取り作業にとどめた。
これにより、強い腐敗臭の低減を図りつつ、費用面での負担を抑えた施工内容としている。
作業期間は延べ3日間、作業員3名体制で実施した。
周辺住民への配慮として、搬出作業は時間帯を調整し、臭気が外部に漏れにくいよう養生および密閉処理を行った。
本件は、再賃貸や居住を目的とした原状回復ではなく、建物管理上の最低限の環境改善を目的とした事例である。
依頼者の要望を踏まえ、作業範囲および施工方法を限定することで、コストを抑えつつ必要な処理を実施した案件となった。
| 作業場所 | 木造アパート |
|---|---|
| 依頼内容 | 特殊清掃 |
| 作業時間 | 延べ3日 |
| 作業人数 | 延べ3名 |
| 作業料金 | ― |
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賃貸物件での孤独死事例まとめ編⑭
賃貸物件で部屋の住人が孤独死し、重度の汚染が発生してしまった案件。
本来、「死」のタイミングに良し悪しはないもの。
場所もそう。
しかし、孤独死の場合は、そう言いきれない事象がある。
真夏を筆頭に、高温多湿の季節は、遺体は傷みやすく、その分、汚染も重症化しやすい。
逆に、真冬を筆頭に、低温低湿の季節は、遺体は傷みにくく、それだけ、汚染は軽症で済むことが少なくない。
場所も、玄関、台所、風呂、トイレ、居室等々、狭い部屋にも色々あり、どこでだって起こり得る。
また、床もフローリング・カーペット・畳の違いがあり、ベッドや布団の上かどうかでも、その後の作業は変わってくる。
ちなみに、「押入」とか「ベランダ」という事例には遭遇したことがない。
とにもかくにも、重症汚染の場合は、作業は、それだけハードなものになるのである。ゴミ屋敷清掃
ゴミ部屋・ごみ屋敷事例まとめ編㉗
住人が自宅にゴミを溜めてしまった案件。
一件は賃貸マンションで、根本的な原因は、住人の怠け癖だと思われた。
もう一件は分譲マンションで、老齢と持病による体力の衰えが一因だと思われた。
どちらにしろ、この状況を放っておいていいことはない。
状況は悪化する一方で、その後始末は困難になるばかり
このままにしておくとどうなるか、先が見えているわけだから、どこかのタイミングで片付けるしかない。
とは言え、ゴミを溜めた本人が、そのキッカケをつくるのは難しい。
抗いようがない外からの要因がないと、そう簡単に行動に移せるものではない。
ただ、そういったキッカケが「有る」のと「無い」のでは、その先の明暗が、まったく異なるわけで、大袈裟な言い方になるが、「運命の分かれ道」にもなりかねないのである。









